2015年12月、医療従事者向けに発表された
「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」の中に、こんな注意喚起がある。

高齢者では代謝低下による最大血中濃度の上昇や排泄低下による
半減期の延長から薬物血中濃度が上昇しやすい

実際の投与に際しては(中略)高齢者では少量(一般成人量の1/3~1/2程度)から開始して、
効果と有害事象をチェックしながら増量する心がけが重要である

一般的に副作用が少ないとされる市販薬でも、高齢者には効き過ぎるケースがある。
効果の強い処方薬になればそのリスクも大きくなる。
だからこそ一律に「成人」ということで薬の処方量をガチガチに固めてしまうことが危険なのだ。

今春、降圧剤の“過剰服用”でヒヤリとした体験をしたのは、都内在住の永田宏氏(仮名・68歳)だ。

永田氏が降圧剤の服用を始めたのは約10年前。
当時、血圧は上165mmHg、下105mmHgだったが、医師に指示された量の降圧剤を服用し続けた結果、
今では上140mmHg、下85mmHgで安定したという。
しかし──。

「今年3月のことでした。夕飯後、風呂に入ろうと自宅1階の脱衣所で服を脱いでいたところ、
突然意識を失ったのです。転倒して頭を打ったようですが、
幸い脱衣所のカーペットの上だったので大事には至りませんでした」

大学病院で精密検査を受けた結果、担当医から失神の原因は
「必要量以上の降圧剤の服用による副作用」の可能性を指摘されたという。

永田氏が大学病院の医師に1日の服用量を説明したところ、
「あなたの年齢では多すぎる。60歳を過ぎれば、肝・腎機能が衰えて薬を分解する力も弱まるのだから、
年齢とともに量も制限したほうがいい」と注意されたという。
これまで服用量を守ることで安心を得ていた永田氏はひどく驚いたという。

高血圧治療の専門家で新潟大学名誉教授の岡田正彦氏が話す。

「降圧剤を服用している60歳以上の中で、薬が効き過ぎている人は非常に多いというのが私の実感です。
加齢に伴って血管が硬くなると、全身に血液を巡らせるポンプ役の心臓がいくら動いても
血液が脳や腎臓などに届きにくくなります。
そこに必要量以上の降圧剤を服用してさらに血圧を下げると、全身に血液が行き渡らなくなり、
めまいなどを起こしてしまう」

血圧を無理に下げ過ぎることで、一番恐ろしいのは認知症の悪化を招くことだと岡田氏は言う。

「降圧剤の使い過ぎで認知症が明らかに進行するという海外の研究データが存在します。
そのため私は、少しでも認知症の疑いがある高齢者に降圧剤を処方する際は学会などが
適量とする量を出しません。
そうした高齢者には、上の血圧を160~170よりも下げないように、薬の量を調整しています」

糖尿病治療薬にも同じ問題がある。
加齢によって代謝が低下した高齢者が一般的な処方量を飲むと、
やはり薬が効き過ぎて低血糖などの状態になるという。

東海大学名誉教授の大櫛陽一氏が指摘する。

「空腹時血糖値と、最近1、2か月の血糖値を表わすヘモグロビンA1cは、
加齢とともに上昇するのが正常な変化です。
厚労省の特定健診では年齢に関わらず空腹時血糖値100mg/ 以上、
ヘモグロビンA1c5.6%以上を保健指導の基準値としていますが、
私がかつて行なった70万人を対象とした大規模調査では、
高齢男性で空腹時血糖値117mg/ 前後まで、
ヘモグロビンA1cは6.2%までが正常との結果が出ました」

ところが、高齢者が医者の処方通りに糖尿病薬を服用することで、それらの数値が無理に下げられる。
結果、意識障害を誘発する低血糖発作を起こしたり、
脳や筋肉が栄養不足に陥る副作用を招くケースが多いのだという。

「加齢によって少しずつ血糖値が上昇するほうが脳や筋肉に十分な栄養が届けられるのです。
しかし脳が栄養不足に陥ると認知機能の低下に繋がり、
また筋肉が栄養不足になると運動能力が低下して転倒の原因になる。
高齢者が若い人と同じ量の薬を飲むことにはリスクが潜んでいる点を自覚してほしい」(大櫛氏)

重篤な副作用を引き起こしてからでは遅い。
医療従事者向けに発表された「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」
の作成メンバーの1人である至髙会たかせクリニック理事長の高瀬義昌氏が話す。

「脳機能などに作用する薬は、特に注意が必要です。
『ドグマチール』という抗うつ剤は、成人なら1日50mgを3錠飲むことが『用量』ですが、
高齢者がその量を飲み続けるとパーキンソン病の症状を発症する可能性が指摘されています。
私は高齢者にドグマチールを処方する際は、規定量の15分の1から始めています」

※週刊ポスト2017年5月26日号