地域の広がりといったことを書きましたので、ちょっとその流れで書いてみようと思い立ちました。
建築デザインでも、都市デザインでもまちづくりでもいいのですが、いつもクライアントや地域の人たちから、
「地域の特徴を出せ」
と言うようなことを頻繁に言われます。
もちろんその通りですし、私も仕事ですから、そのように努力するわけですが、本当に真剣に考えれば考えるほど、
「そんなものあるの?」
と壁にぶち当たってしまいます。
その地域の特徴・・・、
ある一定の広がりのある地域をさして言うのならそれもあるのですが、単純に今の行政単位の町村を考えるとき、そういう考え方が当てはまらないケースが実はほとんどなんです。
人口数千人クラスの町村の全てにそれぞれの独自の特徴を浮き上がらせることなんて出来ると思いますか?
もちろん、それぞれの集落は固有のものですし、固有の歴史があります。
しかし、その成り立ちが目に見える形として独自性あるものに置き換えることが出来るのでしょうか。
答えは 「限りなくNO」 です。
ここで限りなくと言ったのは、芸術的な意味において、その固有性を受け止め表現すると言うことはあり得るからです。
しかし、公共的な事業やましてや建築デザイン、都市デザインと言ったときに、そのような無理強いの作業が実は金太郎飴的な画一化した結果とならざる得ない状況を生み出してしまっているように思います。
「じゃあどうすればいいの?」
となるんですが、私は思考方法をもっとマクロにしないといけないと思っています。
つまり、今の事業のベースや地域の人々の思考・志向性は町村という行政単位が基本になっていることが多いのですが、実はそれって歴史的には戦後のごく短い期間で形成された広がりでしかないのです。
本来、地域と言った場合、もう少し広がりのあるエリアをイメージすべきなんではないでしょうか。
その広がりのイメージのベースになるのは、私は言葉だと考えています。
言葉、そう方言と言ってもいいです。
この言葉でくくることが出来るエリアくらいが、実は本来的に一つの地域のイメージの単位と成りえるだろうと推察しています。
言葉は文化の根幹であり、風土と密接に結びついていたものです。
ここで過去形にしたのは、その言葉が乱れ、文化の喪失が危惧され、結果として、地域の独自性が消失していこうとしているからです。
ちょっと横道にずれかけましたので戻しますが、それくらいの広がりをもって地域を見つめ、その広がりの中のベースを考えるのです。
それくらいの広がりで初めて地域独自の文化のベースが見えるはずです。
そういったおおらかな視点で計画をつくれば、きっと楽しいだろうな、とつくづく思う今日この頃です。
(ナンノ落チモ無イ、終ワリ方ニナッテシマッタ・・・m(_ _)m)