言葉の壁は、異言語だけで起きてるんじゃない! 日本語で起きてるんだ!!
なぜか、踊る大捜査線の織田裕二になっちゃった![]()
今朝。カフェで、外国人のご夫婦に話しかけられました。
英語を勉強しているので、”いい機会!Yes!”と応じてみて・・・、
自由に使えない言語での会話から、「言葉の壁は、異言語間だけではなく、日本語間でこそあるのかもしれない」と思ったのです。
言葉の壁というと・・・
その言葉を知らないために、会話に壁ができてしまう。
これが、よく言う、言葉の壁ですね。
外国人とのコミュニケーションにおいて、よく使われますよね。
一方で、
その言葉を知っているがために、会話に壁ができてしまう。
というのもあると思ったのです。
外国人の方との会話では、相手を理解しようと、
発せられる言葉を、それこそ全身全霊をかけて、ひとつひいとつ拾いあげていきます。
自分が話すときも、数少ない自分の単語帳から、これだ!という渾身の一語を拾いあげます。
けれど、同じ日本人との会話では、言葉を拾いあげるということはしていない。むしろ、言葉を流す感じです。
自分が話すときも、よっぽどの場面でない限りは、それほど言葉を選ばない。
でも。何気なく使っているその言葉は、でたらめに使っているわけではなくて、無意識でありながらも、想いにあった言葉を選んでいるのですよね。
それなのに、言葉を流してしまうから、言葉が受け止められることはなく、会話に壁ができてしまう・・・。
言葉を知っているからこそ、言葉をおざなりにしてしまっているんだなぁ。
と強く感じました。
言葉の壁を乗越える
それには、ココロと向き合って!と思うけれど・・・、
ココロに向き合うためのコミュニケーションツールは?
と考えると、言葉にいきついてしまいます。
言葉を、まずキャッチしなければ始まらない。
ひとつでも多く、自分のココロに響く言葉を受け止める。そして、その言葉を大切にしていきます。
すると、その言葉から発信されているメッセージを自然に受け止められるように思います。
ちなみに、今朝の外国人のご夫婦の会話では、bored/boringという言葉が、私のココロに響きました。
退屈という言葉を受け取ってしまった・・・。
その言葉には、本当につまらなそうな表情と、ちょっと後悔したような声のトーン、諦めたような感情が詰まっていました。
聞いてみると、日本がつまらない!とのこと。あと、3日、どうしたらいいんだろう
とのことでした。
ひとつの言葉からも、いろいろなメッセージを受け取れるのですね。
カウンセリングの勉強に活かすためだけでなく、家族や友人とのコミュニケーションの場において、もっともっと言葉を大切にしたいと思いました。