ロック/アーカード


 遠くで起った銃撃戦のような騒音に気が付き、ロックこと岡島緑郎は隠れていた建物から
飛び出した。銃声が続く場所まで大体数十M、商店街の通り一つ向こうって所か。

(レヴィかロベルタ……いや、違うな)

 途切れ途切れに聞こえる銃声(恐らく大口径)からは彼女達のような苛烈な攻撃性は感じない。
銃の扱いと殺人に慣れた者が逃げる相手を狙って一方的に弄んでいる。余裕のある銃撃間隔から
そんな状況が推測できた。銃を持つ快楽殺人者に良くある傾向だ。少し前まで一流上場企業の
サラリーマンだったロックだが、悲しい事に銃撃戦には慣れてしまった。

(どうする。ここは逃げるか?)

 彼に支給された物の中には武器のなりそうな物は入っていなかった。説明書を読んでも
『これは使い道があるのか?』と思えるような道具ばかりだったのだ。どうせ銃が入っていても
人に向けて撃てるかどうかは分からないし、銃撃戦が出来るとも思えない。考えるまでもなく
逃げた方が良い。そうだ逃げよう。人には向き不向きがある。元々自分にはドンパチには向いて
いないのだ。そうロックは銃撃と反対方向へ踵を返す。その時、銃声が止んだ。

(静かになった。逃げ切ったのか? それとも……)

 最期の銃声は焦りのない一発だけ、逃げる者を追うような感じではなかった。殺したのか。
ここで自分はウダウダやって見殺しにしたのか。ロックの額に汗が滲んだ。あの時、少女が
殺された。その友人と思わしき少年は果敢にも向かっていった。なのに大人の自分は逃げたのか。
弱いから、向いていないから、隠れて、逃げて、怯えて……。嫌な事から目を背けて保身の為に
頭を下げ続ける大人に戻りたくなくて、海賊(運び屋)になったんじゃないのか。
 ロックはもう一度踵を返した。銃声がしていた方向へだ。


(名簿には80人の名前があった。半数がレヴィ達みたいにイカれたモンスターなら遅かれ早かれ
ブラッドパーティーだ。さっそうとヒーローが現れて事件を解決してくれるとは期待できない。
ここで逃げたって同じ、いやむしろ相手の存在を確認してる今の方がマシだ)

 さっきの銃撃戦も殺される前に降参したのかもしれない。弾切れかもしれない。もし死んで
いても相手や武器を確認するだけでも価値がある。直接戦闘担当がレヴィなら情報と交渉担当は
ロックだ。裏方には裏方の立ち回りがある。ロックは自分に言い聞かせた。

(一応、最悪の事態に備えておくか。無理矢理でも使えそうなのは……)

 情報は伝えなければ何の意味もない。ロックは直ぐ近くのうどん屋に入ると、レジを漁って
現金を手に入れた。格好悪いが逃亡資金の為に日本円を用意しなければならなかったのだ。


 銃声が鳴り止んで10分程。ロックは現場まで十m程の路地に潜んで様子を伺っていた。
ズタボロで真っ赤なコートの大男が片手に巨大な銃を持ち、もう片方の手で何かを掴んでいる。
近く奇妙な杖と支給品のデイパックが2つ、多分大男と襲われていた者のだ。

(なんなんだよあれは?!)

 ロックは込み上げる嘔吐感を必死で押さえた。それが人間おそらく子供で、それを大男が
『捕食』していると言う事が信じられなかった。まさか本当にイカれたモンスターだとは。

「トリスタン───ハルゲニア?」

 突然大男、アーカードが声を上げた。咄嗟に口を押さえて息を殺したロックの背中に滝の様な
汗が流れたが、どうやら独り言らしかった。アーカードは明後日の方向を向いて続けている。
ロックはホッと胸を撫で下ろした。見つかれば自分も八つ裂きにされて食われてしまうだろう。
それは恐怖と共に激しい怒り、そして僅かな安心を与えた。もしもこの大男を殺めても良心の
呵責はゼロだろうと。


「それにしても……ちゃぁんと理解してるじゃないかギガゾンビ」

 アーカードは虚空に向かって語りながら首に手をやった。そこに首輪は無い。まだ切断された
時の傷は完全に直っておらず、肉は剥き出しのままで生々しい。良く見ればズタズタのコートの
下にかなり酷い出血の跡があるが、大男はダメージを感じていないかのように平然としている。

「そう、吸血鬼を殺すのには昔から心の臓腑に杭を打ち込むと相場が決まっている」

(ゾンビの次は吸血鬼だって? 冗談じゃないぞ。夢か? ハリウッドの三流ホラー映画か?
それとも糞ったれな現実か? )

 銃を使う吸血鬼なんて聞いた事も無いが『狂人以上のモンスター』である事は間違いない。
首輪をしていない者がいる事、人外のモンスターがいる事、その武器、犠牲者が出た事。
それだけ分かればロックには十分だった。どちらかといえばそれ以上踏み込めなかったのだ。
犠牲者の子供にはすまないと思ったが、この場で戦いを挑む程の無謀さをロックは持ち合わせて
いない。出来れば相手の向かう方向を確認してから逃げよう、そうロックが考えた時だった。

「なあ、そう思わないか? ヒューマン!」

 突然アーカードが振り返った。ギラリとした眼が路地から伺っていたロックの眼を捉えた。
次の瞬間、ロックは脱兎の如く逃げ出した。

 BANG!!

 一瞬前まで頭があった所を銃弾が通過する。


(見つかってた! 笑い話にもなんないぞコレ。どうする? 本当にアレでイケるのか?)

「どうした? ヒューマン、先程の子供の方がよっぽど勇敢に挑んできたぞ!!」

 全力で走るロックとほぼ変わらない速度で悠々とアーカードが追いかける。ロックは直ぐ先に
ある建物へと転がる様に逃げ込んでいった。そこは先程侵入したうどん屋だった。

「逃げるしか出来ないのか? ヒューマン、殺すにも値せぬ狗以下か?」 

 縄暖簾を潜って店内に入ったアーカードが見たものは、即席のバリケードだった。店内の半分
程の所に座敷用の折畳み四脚テーブルを何台も縦て銃撃戦用の壁を作り上げてある。入口の中に
卵が幾つも転がって潰れているのは、足元を滑らすのトラップのつもりだろうか?

(下準備して誘い込んだのか? ならばあのヒューマンには『戦う意思がある』ということだ)

 アーカードの口元が緩んだ。ただの逃げ回る狗ではなかった事が嬉しいらしい。

 BANG!!

 バリケードの一角へ銃弾を叩き込む。数枚のテーブルを貫通して風穴を作ったが。最後まで
貫通しているかどうかは分からない。直ぐ近くに隠れている、そんな気配はしたが出てこない。

 BANG!!

「どうした? ヒューマン、お祈りの時間を稼ぐ為に、わざわざ準備をしたのか?」
「ヒューマン、ヒューマンと馬鹿の一つ覚えみたいに喧しいんだよドラキュラ野郎!」


 BANG!!

「ドラキュラだと?」
「吸血鬼の名前は昔からドラキュラって決まってんだ! それとも男だけどカーミラか?!
気に入らなけりゃヴラド・ツェペシュとかクリストファー・リーとでも呼んでやろうか?」

 BANG!!

「下衆な名で呼ぶな。ヒューマン、我が名はアーカード……?!」
(言った!!)

 ダギュンッ!!

「なに?!」

 銃声に反応するよりも早く、突然アーカードはバランスを崩してその場に引っ繰り返った。
何かに躓いたとかではなく、見えない手に引っ繰り返えされたかのようだ。

「じゃあなアーカード! 生きてたらお日様の下で会おうや!」

 ロックの怒鳴り声と共にバリケードの向こうから口の空いたうどん粉の袋が投げ込まれた。
濛々と立ち込めるうどん粉で視界が遮られたアーカードを尻目に、ロックは窓を破って店外へと
逃走していった。


「つまらん真似をする。この期に及んで逃げるか、ヒューマン!」

 ロックを追おうとして立ち上がった瞬間、

 ダギュンッ!!

 またもやアーカードはその場で頭から引っ繰り返った。あれはヒューマンの攻撃ではなかった
のか? 銃声がする方を確認するとうどん粉の舞う中、黒い卵がこちらを見ていた。良く良く
見れば卵はハンプティ・ダンプティのように黒い帽子に背広、それにサングラスにネクタイまで
付け、その腕には銃のようなものが握られていた。この卵がアーカードを転ばせたのだ。
10円で名前を言われたターゲット3回を転ばせる道具『転ばし屋』だ。

「ふざけた玩具が、良い気になるな!」

 アーカードは黒い卵『転ばし屋』に向かってジャッカルの引き金を引いた。

************

 ドンッ!!!

「あーあ、撃ちやがったな。あのくらいで死んでくれれば良いんだけど。吸血鬼の心臓に杭を
刺すなんて出来るのはバラライカさんくらいだよ」

 うどん屋で粉塵爆発が起った事を悟ったロックは、素早く元の歩道に戻ると落ちている荷物を
かき集めた。『使い道のないような道具』でも『使い方によっては意外に使える』という事を
今学んだばかりだ。ついでに子供の遺体(の一部)に合掌するとスタコラと西へと向かった。
死んだかどうか分からないがアーカードが本物の吸血鬼なら河を越える事は出来ないはずだから


【F-3/商店街/1日目/黎明】
【アーカード@HELLSING】
[状態]:体中に重度の裂傷と火傷(自然治癒可能だが、直ぐには動けない)
[装備]:対化物戦闘用13mn拳銃ジャッカル(残弾19)
[道具]:なし
[思考・状況]
1、しばらく自然治癒を待つ
2、殺し合いに乗る
[備考]
1、タバサとの戦闘に加えうどん屋の爆発など、かなり派手な戦闘音が響きました。
周囲八マスに居る人間に聞こえる可能性があります。
2、『転ばし屋』はあと一回転ばす為に、倒れたアーカードが立ち上がるのを待っています。


【F-3/道路上/1日目/黎明】
【ロック@BLACK LAGOON】
[状態]:健康
[装備]:ルイズの杖@ゼロの使い魔
[道具]:支給品三人分(他武器以外のアイテム2品)
どんな病気にも効く薬@ドラえもん
現金数千円
[思考・状況]
1、とりあえず西の橋を越える
2、レヴィとの合流
[備考]
1、支給品は一つのデイパックへまとめてあります。
2、『ころばし屋@どらえもん』はアーカードのそばに放置されています。