バトー/朝比奈みくる



「馬鹿馬鹿しいぜ」
エリアを東西に結ぶ線路、その高架下で一人の男が毒づいていた。

一体ドコのどいつだ、こんな馬鹿げた疑似体験をオレにかましているのは。
いきなり始まったかと思えば、ヘンテコな面を被った男が"殺し合いをしてもらう――願いを
叶える"だと、悪趣味な上に陳腐だ。
今日び、ガキのする仮想ゲームだってもっと趣向を凝らしているもんだぜ。

一体、ドコの誰が?いつ?どうやって?何が目的でこんなことをしている。
仮にも9課に所属するオレに仕掛けて来たってことは、政治テロかそれとも今までに
捕まえた犯罪者の復讐か……
どっちにしろ腑に落ちねぇ……、操るなら操ればいい。殺すなら殺せばいい。
こんな疑似体験をかます必要はない。何故、こんなゲームをオレにさせる?その目的は?
今、オレがすでに操られているとして、ここで人を殺せば現実でも殺している――としても、
まだオレには自由裁量がある。
……何が目的だ。何が。このサバイバルゲームに何の意味がある?

…………
………………
……………………
埒が明かねぇぜ。こんな状態じゃ答えは出ねぇ。最悪、オレがただ夢を見ているだけと
いうこともありえるしな。

コレが現実か仮想かはたまた夢――これも仮想だが――かは置いといて、このゲームに
どう対処するか考えるか……

まずは、この首輪だ。
爆薬が仕掛けられていると言われ、実際にそれは目の前で証明された。
……確かに爆薬はこの中にある。起爆装置も確認できたが防壁が厚くて手が出ねぇ。
首輪の内周に回路が走っていて――これが切れると起爆する……か。
ノイズを発しているところから、おそらく受信だけでなく発信装置も内臓されているな。
あの仮面の男がこちらの居場所を確認するためか。これを辿れりゃいいんだが、道具が
ないし――そもそも、衛星を経由されてちゃそこでお手上げだ。

首輪は一先ず諦めるとして、次は少佐か……
あの少佐が本物という可能性はこれが疑似体験なら低い。偽者だったとして、作られた
データなら判別がつく可能性もあるが、オレ自信の脳内から投影されていたんじゃ
判別不可だ。逆に本物だったとしても――判別不可じゃねえかっ!

次はここがどこか?GPSが利けばすぐにわかるが生憎作動しない。
となれば記憶と知識が頼りだが、少なくともオレの記憶にある場所じゃない。
かといって地図を見ても、現代――少なくとも日本の中にある地形でもない。
だとすればやはりここは仮想の世界なのか、それともわざわざこのために用意したのか……

仮想か現実か、いい加減堂々巡りだぜ。

「あー、クソッ!」
こういうのはオレの好きなシチュエーションじゃねぇ。
もっとわかりやすくて大暴れできるような――そうだ。支給品とやらを確認するか。
武器が入っていると言ってたな。

「……カラシニコフ~?」
デイバックから出てきたのは旧世紀及び今世紀初頭の大戦争辺りまで活躍していた
AK-47だ。これで戦えってのか?うーむ……だが、構えて照準してみると以外と悪くない。
他には……水、食料、ライト、コンパス、地図、筆記用具、時計……それと、
……お菓子に……煙草か。菓子はともかく煙草は見たこともない銘柄だな。
引っくり返すと裏に紙が張ってある、なになに――”毒入り注意”――なるほどね、これも武器か。
まさか菓子箱の方にも仕掛けがあるんじゃねぇだろうな。開けると爆発するとか。
…………考えてみるとこの六角形の緑の箱はなにやら怪しい。

箱に手を当てる……振動はしていない。熱も感じないぜ。
次に箱を傾けてみる……別段固まりのようなものは入っていない。
顔を近づけ匂いを嗅ぐ……薬品や火薬の匂いはしない。
丁寧に封を切る、そしてゆっくり蓋を開くと…………ほら、普通のお菓子だ。

「くそっ!」
何をやっているんだオレは……自分自身の馬鹿馬鹿しさに疲れるぜ。

AKを肩に下げ、市街地を目指して高架の下を歩く。
別に山中でのサバイバルは苦手ではないが、ジメジメした地面で寝続けるというのも
気が滅入るし、この場合じっとしているより動いた方が手っ取り早い。

全エリアの合計面積が16000㎡で参加者が80人、一人頭の面積が……
「そろそろ誰かを見つけられてもいいんだが……」
あまり意味のない計算をしながら、ひとりごち歩く。そもそも均等に……

ドオンと轟音が鳴り響く。山の方を見上げてみればまだふもとの辺り、ここからでもそう遠くない
位置で火柱が上がっているのが見える。
対物ライフル?いやRPGか?というかそんなモノが他の参加者には支給されているのか。
つくづく自分は貧乏くじを引く方だと痛感する。

さて、どうするか?少なくとも撃った人間がいるのが予想されるが、どこから撃たれたかは
見ていなかった。着弾地点まで出て行ってオレも撃たれましたじゃ、間抜けがすぎる。
とりあえず、コンクリートの柱に身体を寄せAKを構えて様子を窺う。

今の一撃で終わったのか次のアクションはない。自分はまだ見つかってないようだが、
長距離砲を前に相手を確認せずに動きたくはないしな。しばらくここで……ん?

「ひぃ~~ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
高い女の声が山の方から近づいてくる。狙われていた人間か?

「あひっ!ぅひぃ~ぃぃぃぃいいいいぃ~~っ」
…………おかしい。声の大きさからすればもう姿が見えても――光学迷彩か!?
腰の高さまである草を掻き分け悲鳴を上げる女(?)がこっちに向かってくる。
「止まれっ!」
見えない女の正面に飛び出し銃口を向けて威嚇する。
「ひゃんっ!」
草が途切れた所で小さな悲鳴が聞こえ、ドタッという音とともに砂煙があがった。
半球の何かが転がってきて、女の姿が見えるようになった。

地面にうつ伏せになりぅぅ…とか弱い声を出すメイド姿の女の子――朝比奈みくるであった。

いきなり出てきたかと思えばメイド……メイドねぇ。
「おい、大丈夫か?」
地面に伏してか細い声を上げるメイドに声をかけてみる。
「……ひぃっ!殺さないでくださ~い」
両手を頭の上にあげて振るえはじめた。特に武器は持っていないようだし害はないようだが。
「殺さない。立ち上がって名前を言え」
メイドはおずおずと顔を上げ、オレの顔を見ると泣きそうな顔をしてからゆっくりと立ち上がった。
「……朝比奈みくると言いますぅ。みくるちゃんとお呼びくださぁい」
名簿にあった名だな。こいつもこのゲームのプレイヤーなのか、あるいは……
見た目は背の低く、童顔で愛らしい顔、その割りに女らしい身体、メイド服……
「お前、ロボットか?」
メイド服の少女は質問に目を丸くする。
「へ?違います。私はれっきとした人間です」
「サイボーグでもない?仮想のキャラクターでも?」
「違います~人間です」
てっきり愛玩用のアンドロイドかと思ったが”天然”らしい。まぁそれはいい。
「さっきの爆発は?何があった?」
質問を聞いた途端急にあたふたとする。
「そ、それが急に爆発してっ!、女の人がこっちを狙っていてっ、怖くてっ……」
「逃げてきたのか?」
「ひぃぃぃぃぃ~~~~っ!」
頭を抱えて闇雲に逃げ出そうとする少女の腕を取って柱の影に入る。
「落ち着けっ!相手の顔は見たのか?」
「ふぇっ…、お、女の人でした。鬼みたいな人がすぐそばにいて……」
「すぐそばに……?」
どうやら砲を撃ったのは素人らしい。この場合誤射ということもありえる。
とりあえず、追ってはこないだろうし、ここに直接撃ちこまれる心配もなさそうだ。
「落ち着け、もう危険はない。落ち着いて事情を話してくれ」
「はぁ、じ、事情ですか?」
「ああ、君が何者で、何でここにいるか、だ」
「わかりました。秘密なんですけど緊急事態だから話します」
「ああ、頼む」

「わたしは”未来人”です」

「…………………………」
なんだか馬鹿らしくなってきたぞ。

「未来人…?」
「はい!わたしは未来から来ました」
「……………………」
「し、信じてもらえないかもですけどっ、わたしは本当に未来からやってきたんです!」
「……………………」
「あぁ、うぅ……本当ですよぉ……」
「未来から”来た”と言ったな?じゃあ、君が来たという”今”は何時で何処だ?」
「…2003年の日本ですけどぉ」
「2003年!?第4次世界大戦の最中じゃないか」
「第4次世界大戦っ!?そ、そんなのその時間平面上じゃ起きていません!」
「だとしたら、君が未来人というのは嘘か?」
「嘘じゃありません~っ」
「だったらどう解釈する?」
「そ、それは~……、あなたが並行世界の住人だったり……」
「……………………」
「あ、あの~……」

「真面目にするのが馬鹿らしくなってきた……」

「そ、そんな!わたしは嘘をついてません~」
メイド服の少女が涙目で詰め寄ってくる。
「そうじゃない。そういう意味でいったんじゃない……」
「……?」
「オレはコレが全部疑似体験ではないかと疑っている。その場合、君はキャラクターで
君自身は自分の中の矛盾に気づかない」
少女はオレの言葉に怯えながらも気丈に反論してくる。
「そ、それだと、私から見たらあなたの方が疑わ……しい、かもです」
「オレには確固たるこのゲームが始まる前の記憶がある。オレは現実の人間だ」
そのはずだったが、予想外の反論がきた。
「そ、そんなのわかりっこありません。さっきあなたが言ったじゃないですか。
作られたキャラクターは自身を疑わないって。だ、だから、あなたの記憶だって
予め与えられた偽物かも……知れない、です」
そうだ、確かにそれは否定できない。
「少佐も似たようなこと言ってったけな……」
「少佐…?」
「草薙素子。名簿はまだ見ていないか?オレがバトーで、素子、トグサ、タチコマが
オレの同僚だ」
「バトーさん。変わった名前…あっ、ゴメンなさい」
「君の方は知り合いはいないのか?」
「え、あっ、います。涼宮さんとキョンくんと長門さんと、鶴屋さんと…朝倉さん」
「けっこういるんだな。で、彼女達も君のように未来人だったりするのか?」
「………………」
「どうした?言えないのか?」
彼女は可愛らしい手を顎に当てて難しい顔をしている。
「……えーと、難しいというか、私が言っていいのか……」
「みんな普通の人間じゃない?」
「えっ…、いやキョンくんと鶴屋さんは普通の人間です…あっ」
「つまり、他はそうでないと」
「うぅ……、いじわるですね」
頬膨らませ赤くする様も可愛らしい、庇護欲をそそるタイプだ。
これが愛玩用ロボットなら人気商品だろう。

「どうかしましたか?」
顔をかしげてこちらを覗きこんでくる。
「いや、これからどうしたもんかと思ってね」

結局は真面目にこのサバイバルゲームに取り組むことにした。
かわいらしいメイド少女曰く、
「私たちが仮想や作られた存在である可能性はありますが、もしそうでなかった時
なにも努力せずに失敗しちゃったら後悔すると思います」
……だそうだ。一理ある。
もしこれが仮想訓練だとしたら、メイド少女に諭されているオレを見てイシカワあたりは
腹を抱えて笑っているかもしれんが、もうかまうもんか。
あのギガゾンビとかいうわけのわからんヤツを倒して、ここを出る。それだけだ。


「で、君の……」
「みくるちゃんとお呼び下さい」
「みくる……の荷物はどうした?途中で落としたか?」
オレの言葉を聞いて、ハッとした顔をする。今さら気づいたようだ。
「ど、どうしよぅ~、大事なものなのに……」
落ちているわけでもないのにそこいらをキョロキョロ見渡す。
「これは君の支給品か?」
先ほど、足元に転がってきた半球の何かを彼女の前に出してみた。
「あ!そうです。拾っておいてくれたんですか。ありがとうございます」
「で、それはなんだ?役に立つのか」
「えっとですね~…、これはこうすると~……」
彼女が半球の何かを頭の上――あれは帽子だったらしい――に被せると……
「姿が消えるんですよ!」
……さっきの光学迷彩はこれの効果か。だが、被っただけで全身をカバーするとは
ずいぶんオーバーテクノロジーだ。熱反応も動体反応も消失している。
「……えと、消えて…ますよね?じゃないと私恥ずかしいんですけどぉ」
「あ、いや消えている。オレからすると多少不自然なブランクがあるんで、完全では……
なんだ、見えてきたぞ。切れたのか?」
「あ、そういえば説明書にじっと見られると、見えちゃうって書いてました」
「つまり、光学迷彩ではなく心理迷彩ということか。なるほど」
「よくわかりませんが~……」
「君の世界のものじゃない?」
「絶対とは言えませんけど、私は見たことありません。でも……」
「でも、なんだ?心当たりがあるのか?」
「もしかしたら、あの青い…たぬき?さんが知っているかも知れません」

青いたぬき……ギガゾンビに殺された少女の近くにいた置物みたいなヤツのことか。
「どうして、そう思う?」
「あの最初の時、青いタヌキさんと仮面の人が言い争っていて知り合いのようでした。
で、その中でタイムパトロールとか時空なんとかって言ってて、多分青いタヌキさんも
仮面の人も未来……私から見ても未来の人達なんだと思います。だとしたら……」
「すべてに合点がいく」
「…はい。それでこの道具も仮面の人が用意したものですから」
「…………………………」
「ど、どうしたんですか?何かおかしいですか」
「いや、意外と頭がいいんだなと思ってな」
「い、意外は失礼ですよぅ!」

疲労した彼女の疲れが取れるまで、そして爆発を起こした女が次のアクションを
起こさないかじっくりと見切った上で出発することにした。

「さてと、じゃあ動くとするか」
AKとデイバッグを肩に掛けなおし、西――市街地の方を見やる。
彼女――みくるには石ころ帽子を被りっぱなしにするよう言ってある。
狙撃された場合、オレなら対処はできるが彼女にはそれは無理だからだ。
彼女のデイバッグは諦めた。森の中で音を立てずに探し物をするのは難しし、
聞いた限りではそれほど重要なものを持っていなかったからだ。
「ホテルに向かうんですよね?」
姿の見えない彼女が聞いてくる。
「ああ、このまま線路沿いに市街地へ入り、物資を補給しながらホテルに向かう」
「ホテルをお家……基地にするんですか?」
「いや、ホテルに行くのはあそこが一番高い場所だからだ」
「………………?」
姿は見えないがきょとんとしたという沈黙だな。
「屋上に上って周りを監視する。あそこらへんは人も集まりやすいだろうからな」
「それで、みんなを探すわけですね。青いタヌキさんも」
「そういうことだ。そのためにも途中で望遠鏡を見つける必要がある」
「わかりました。私もお手伝いします」

「じゃあ、進むぞ。敵を確認したからには慎重に進む。あんたもさっき殺されかかった
ってことを忘れるな」
「はっ、はい」
「その帽子の効果で離れた所からは気付かれないだろうから、オレの後をゆっくり
歩いてくればいい」
「はい」

バトーとみくる――傍目にはバトーだけのように見えるが――の2人は高架にそって
西へと移動を始めた。

 【E-7/高架下/1日目-黎明】

 【バトー】
 [状態]:健康
 [装備]:AK-47(30/30) カラシニコフ
 [道具]:デイバッグ/支給品一式/AK-47用マガジン(30発×9)/チョコビ/煙草一箱(毒)
 [思考]:市街地で望遠鏡またはそれに類するものを入手する。
      ホテルの屋上に向かう。
      9課の連中、みくるの友人、青いタヌキを探す。


 【朝比奈みくる】
 [状態]:健康/メイド服を着ている
 [装備]:石ころ帽子(※[制限]音は気づかれる。怪しまれて注視されると効力を失う)
 [道具]:なし
 [思考]:バトーと同行する。
      SOS団メンバー、鶴屋さんを探して合流する。 
      青ダヌキさんを探し、未来のことについて話し合いたい。

 ※みくるの落としたデイバッグはD-7の南部に落ちています。

     デイバッグ/支給品一式/庭師の如雨露
     エルルゥの薬箱(治療系の薬はなし。筋力低下剤、嘔吐感をもたらす香、
     揮発性幻覚剤、揮発性麻酔薬、興奮剤、覚醒剤など)