八神はやて/骨川スネ夫/銭形幸一


夜の闇の中、病院の一室。
少女は明かりも付けずに佇んでいた。
見つからないように、たとえ夜目の効く者が見上げても見つからない窓の陰。
青みがかる暗い闇の中、耳が痛くなる静かな夜の下。
少女は夜の闇の底に居た。
それは別段怖い事でもなんでもない。
夜天の主である少女にとって、夜は特に嫌いでも怖れるものでもなかった。
目下の問題はそんな事ではない。
(あかん、プロテクトが外れへん)
彼女の腕にあるのは夜天の書と呼ばれるマジックアイテムだ。
彼女が以前から持っていた物でも有る。
それが本来の持ち主である八神はやての腕にしかと有るのは、
人の魔力中枢、リンカーコアにまで食い込み蝕むそれが体の一部と判断された為か、
それとも偶然にもランダム支給品で引き当てた為なのだろうか。
如何なる理由にせよそれは正当な所有者である八神はやての手の上に有った。
ただし、多重プロテクトを掛けられた状態で。
(ヴォルケンリッター(夜天の書の守護騎士)の項は殆ど凍結か。
 シグナムとヴィータは居るのは間違いないけど連絡も召喚も破壊時の再生も不能。
 生死が判るだけでも良しとせなあかんなー。
 シャマルとザフィーラに至っては一週間やそこらではどうにもならへん。
 あとは管制人格のリインフォース……この子は、上手くすれば起こせそうや。
 休眠状態から最低限の機能だけなら、あと数時間って所か)
祝福の風リインフォース。
夜天の書の主である八神はやてが名を与えた、夜天の書の管制人格。
夜天の書とは古代の魔法技術により作られた魔法知識を蒐集する資料書であり、
同時に融合型デバイスと呼ばれる一種の魔法の杖でもある。
融合型デバイスとは自らの意志を持つデバイスに完全な人の姿と意志を与え、
状況に応じて術者と『融合』することで魔法管制と補助を行うものだ。
時に使用者を乗っ取る『融合事故』が起きる危険と、適応や調整の難しさから開発が中止された。
最も、はやては一度は『融合事故』を起こしたものの、二度目はこれを使いこなした。
夜天の書ははやての愛用の武器ともなりうるのだ。
しかし――




(……闇の書の闇も、再生が始まってる)
夜天の書を闇の書という忌まわしい名で呼ばせた、歪められたシステム。
管制人格にも止められず、やがて所有者を呑み込んで破滅の化身と化す事故。
はやては一度はこれを切り離し、仲間の協力を得て消滅させていた。
その直後にここに連れて来られたのだ。
だが夜天の書の正しい形は既に無く、書の無限再生機能は再び破滅を呼び寄せる。
もっともそれは。
(再生が終わるまで三日……四日目て所やなー。
 その後もしばらくなら耐えれるかもしれへんし、まあなんとかなるやろ)
あるいは、その前に。
(…………わたしが殺される方が早い、かもなー)
はやては曖昧な苦笑いをして自らの足を見下ろした。
少女は車椅子に座っていた。
一度は切り離したとはいえ、長年に渡り闇の書に蝕まれた体は未だ下半身不随だ。
完全に回復するには年単位の歳月を必要とするだろう。
あるいは管制人格を覚醒するか、休眠状態でも一部機能を復活して『融合』できれば、
一時的に十分に動き戦える体を得る事は出来る。

だがそれには今しばらくの時間が必要だ。
もし現時点で殺し合いに乗った者に襲われれば為す術もなく殺される。

彼女に与えられた支給品はどれも戦いに使える物では無かった。
手元に有るのはバッグに入れたままの長大な剣と、イヤホン型の補聴器。
剣は見た目からして重そうだが、実際はそれ以上に異様な程に重い。
バッグが質量と体積を無視する不思議な物でなければ持ち運ぶ事すら出来なかっただろう。
持った瞬間だけは軽く感じたから調べてみると、本来の所有者以外が持つと重くなる魔法の剣らしい。
もちろん、車椅子に乗った下半身不随の子供でしかない自分には到底使いこなせない。
『融合』した所ではやてが得意なのは広域・遠隔攻撃や状態変化といった支援攻撃、
そして騎士達を率いての指揮官としての適正だ、結局使い物にはならない。
補聴器は役に立つ物には違いないが、戦いになってしまえばどうしようも無い。
彼女は今、無力だった。

(シグナムとヴィータ、それになのはちゃんやフェイトちゃんはどこに居るんやろうなー)
少女の大切な騎士達。それと二人の親友。
彼女達は信用できる。
特に騎士の二人に至っては、皮肉なことに物理的に、最後の一人となる事が有り得ない。
はやてと夜天の書は一心同体であり、シグナムとヴィータはその一部だ。
切り離す手段は有るが、その場合でも代わりにはやての魔力が必要となる。
事実上はやての命は三人分の命と言う事ができた。
(なんとかしてあげたいんやけどな……)
彼女達と繋がっている事は愛おしく、嬉しい事だ。
更にそんな事が有っても無くても関係無く、二人は命懸けではやてを守るだろう。
だからそれで良いと思う……自らの命がここまで危うく、離ればなれでなかったならば。
こんな有様では彼女達の主人として申し訳なく思うほどだ。
ただ一つ言える事は。
(わたし達に最後の一人になって生き残るって選択肢は無いって事やなー)
その事は嬉しかった。
殺し合いに乗った誰かが現れるかと思うと恐くてたまらないけど、一人じゃない。
そこに誰も居なくても、シグナムとヴィータに繋がっている。
だから、例え殺されてしまうとしてもやれるだけの事をやろうと、そう思えたのだ。
――マルチタスク思考による並行作業を終了。
(よし)
プロテクトの解除を続けながら限定的な機能解放を果たした夜天の書を使い
魔術師として基本的なマルチタスク思考により、慎重に首輪の解析を実行した。
魔法による解析の対策は奇妙なほどに甘く、内部構造の把握に成功する。
はやての脳裏に首輪の内部構造が浮かびあがる。
はやては首輪の内部解析に成功したのだ。
だが。

(ダメやー、どれがどうなってるかてんでわからへん)
思わず頭を抱えこんだ。
なんとなく集音機能が有る事は判ったが、それ以外は全く理解不能。
夜天の書に蒐集された膨大な魔法知識をもってしても何一つ判らなかった。
理由は簡単な事だ。
首輪は23世紀の超科学技術により作り出された。
だから魔法技術による解析は想定されておらず、内部構造の把握も容易かつ安全に行えた。
次の段階に進もうとするとそれが裏目に出る。
魔法を極めた所で、未来科学の粋を集めた首輪の構造は理解できないのだ。
魔法により強引に外そうとしても、物理的に影響をもたらした瞬間に首輪は起爆するだろう。
魔法によっては解析しか行えず、科学だけで外すのは困難を極める。
それがこの、参加者達を縛り付ける悪魔の首輪だった。

(これ以上は他の誰かと協力しなどうにもならへんなー。
 けど、今やと殺し合いになったら手も足もでえへん。……逃げる事さえも)
もう少し夜天の書に掛けられたプロテクトを外してからでなければ……

パンッ。

「――っ!!」
息を飲んで潜める。
(銃声……どこでや?)
息を止めて殺し、『補聴器』がもたらす音に耳を傾ける。
しばらく静寂が続き……そしてまた音と、声が聞こえた。

「そこの少年」
「ヒィッ!」
パンッ。

(誰か撃たれた!?)
一瞬、動揺と焦燥が走る。

「ご、ごめんなさい!」
走る足音。
「ボクは、ボクは、ボクは……」
「大丈夫だ。ワシは心配ない。落ち着きなさい」

(でも、大事無いみたいやな)
ホッと胸を撫で下ろす。
きっと今も島中で殺し合いが起きているとはいえ、それでも誰かが死ぬのは嫌だ。
最初の会場で起きたあんな事はもう見たくない。
果たして、しっかりとした言葉が続いた。

「ワシはインターポールの銭型警部。君を保護する者だ」

(警部さんなんか?)
このまま隠れていても誰かになんらかの形で見つけられるかもしれない。
その位ならいっそ……

     * * *




ぴくり、と眉を動かし。銭形はハッと飛び起きた。
「ど、どうしたんですか!?」
スネ夫が心配そうに声を掛ける。
銭形警部はしばらく休むと言って横になっていたのにどうしたのだろう。
怪訝に見つめるスネ夫の目の前で、銭形はじっと黙り……言った。
「……何か聞こえんか?」
「え?」
慌ててスネ夫も耳を澄ます。しかし別に何も聞こえない……?

                   ……からからからから

「な、なに? この音!?」
「判らん。だが、何か来るぞ」
銭形はゆっくりと部屋の入り口に近づき、外を見る。
廊下は依然真っ暗闇。
その闇の向こうから微かにからからと音がする。
エレベーターの辺りから廊下を曲がって、看護士詰め所の前へ。
既に視界内には入っているはずだが、廊下の照明を消しているせいで何も見えない。
――小さな音がして、廊下の照明が点灯した。

「……君は?」
そこに居たのは、車椅子に座った少女だった。
部屋に居る骨川スネ夫より更に幼い。
だというのに、しっかりとした様子で話し出した。
「はじめまして、銭形警部さん、骨川スネ夫さん。わたしは八神はやていーます」
礼儀正しくぺこりとおじぎをする。
「支給品で、さっきのスネ夫さんとの話も聞いてました。
 しばらくご一緒してかまいまへんやろか?」
「あ、ああ、構わんぞ、もちろん」
多少動揺はしたが、断る理由は無いだろう。
銭形は二人目とはいえ子供を、それも足の不自由な少女を放っておける性格ではない。
スネ夫も驚きはしたが、自分より小さな女の子という事でそれほど警戒はしなかった。
更に駄目押し。
「あ、それと怪我の具合は大丈夫ですか?
 滋養のある物くらい作れます。病院だから厨房も有りますやろしー。
 わたし、これでも料理は得意なんです」
もちろんそれは願ってもない提案だったわけで。
30分後、病院の厨房で作られた少し早い朝食に舌鼓を打つ銭形とスネ夫の姿が有った。





  • 追伸 どうでもいい事
ところで、あなたは信じられますか?
この少女、これでまだ10歳にもなっていないのです。






【D-3/病院内/1日目-黎明】
【大人と子供と大人びた子供】
 【銭型警部】
 [状態]:左脇に軽傷。手当て済。
 [装備]:グロック26(弾:9/10発)
 [道具]:デイバッグ/支給品一式/9mmパラベラム弾(110)/医療キット
 [思考]:日が昇るまで休息/スネ夫の友人たちを探す

 【骨川スネ夫】
 [状態]:健康
 [装備]:ひらりマント
 [道具]:デイバッグ/支給品一式/医療キット
 [思考]:日が昇るまで休息/のび太たちを探す

 【八神はやて】
 [状態]:健康
 [装備]:夜天の書(多重プロテクト状態)/マイクロ補聴器/車椅子
 [道具]:デイバッグ/支給品一式/病院の食材/鳳凰寺風の剣
 [思考]:日が昇るまで休息/銭形と一緒に行動?/夜天の書の機能回復/みんなでゲームから脱出する
 [備考]:首輪の内部構造を解析した。ただし高度な科学知識が無い為、殆ど理解できない。
     辛うじて盗聴機能が有る事だけは勘づいた。
     闇の書の闇は4日目に再生が完了してしまうが、すぐに暴走するかは不明。

  • 追記
八神はやては原作における闇の書の闇撃破直後~リインフォース離別前から呼ばれています。

  • マイクロ補聴器(ドラえもん)
耳に差し込んで使用するイヤフォン型の小型補聴器。小さな声や音でも聞き取れる。

  • 鳳凰寺風の剣(魔法騎士レイアース)
とても長い剣。
風が使うと羽根のように軽いが、風以外が使おうとすると地面にめり込むほどに重い。
人間離れした怪力の持ち主なら強引に使える可能性有り。