骨川スネ夫/銭形幸一


気付いた時には少年――骨川スネオは一人だった。

気が付くと薄暗い広い空間に立っていた。
周りのみんなが消えてしまったのかと一瞬思ったが、そうでないとすぐに解った。
リノリウムの冷たい床。規則正しく並んだソファ。人の気配のしない受付カウンター。
そこは病院のロビーだった。
電灯が点いていないのに明るいのはガラス張りの玄関から差し込んでくる月明かり
のせいだ。

先程見た凄惨な光景、それに対してあまりに寒々しいこの空間とのギャップにに気が
変になりそうになる。あれは本当に現実だったのかと……
しかしすぐにそれが現実だったのだと思い返す。
自分の身体にべったりと張り付いた赤黒い……しずかちゃんだったのもの。

フラッシュバックした光景に思わずへたりこんだ時に、それに気付いた。
自分の足元に置かれていた一つのデイバッグ。
少し思い出した。茫然自失ではあったが何か配られると聞いた覚えがある。
恐る恐るバッグを開いて中を確認する。
…タオル、パン、ペットボトルに入った水、方位磁石に地図、懐中電灯等々……
どれも素っ気無いデザインのありふれた物ばかりだったが、一番奥に他とは
違い油紙に包まれた重量感のある物が入っていた。
床にへたり込んでゆっくりと油紙を剥がすと、中から現れたのは一丁の拳銃だった。


”グロック26”
名前なら知っているしその玩具(エアガン)だって持っている。
だが今掌の中にあるこれは本物だ。
”殺し合いをしてもらう”
ギガゾンビの言葉を思い出す。そして再び恐怖がこみ上げてくる。
弱虫ののび太が本当の勇気を持っているのを知っている。
いじわるなジャイアンが一番頼りになることを知っている。
死んでしまったしずかちゃんは、誰かを支えることのできる強さの持ち主だった。
だがそれに比べて自分は、…自分にはそんなものはない。
誰よりも物を持っていたが、それは全部誰かが持っていたものだった。

ぽたりとリノリウムの床に涙が落ちる。心細い。誰かに会いたい。
一人では気がおかしくなってしまう。
…だが誰もいない。今、自分の傍にはだれもいない。
あるのは掌に収まっている一丁の拳銃。
これだけが頼りだ。これだけで生き残らなければならない。
拳銃と一緒に収まっていた弾丸。9mmパラベラム――知っている。
ミリタリー雑誌で読んだことを思い起こしながら弾丸をマガジンに込め、それを
銃に収める。
弾を込めた拳銃を両手で構えると吸い付くように手の中に納まった。
雑誌にはコンパクトで力の無い者にも扱えると書いてあった。自分にはぴったりだ。
スライドを引き撃てる状態になった拳銃を壁に向ける。
自分の手の中には銃がある――本物の銃!心に中に何か強い気持が湧き上がってくる。
これで撃てば相手は死ぬ。拳銃で撃たれて平気なヤツなんているもんか。
弾はたっぷり入っていた。その気になれば全員を……

パンッと破裂音が響いた。目の前の壁に小さな穴。
うっかり拳銃を撃ってしまったらしい。その反動は予想よりもさらに小さくこの拳銃を
自分でも扱えると確信することができたが、それとは逆に今さっきの気持は萎えた。
……今さっき自分は何を考えていたのか。銃で、人を撃って、殺す。
自分はそうなのか。そういう人間なのか。殺せと言われれば殺すのか。
激しい自己嫌悪に陥る。自分のダメな所を再確認する。
いつもこうだ。調子に乗るのだ。のび太へのいじめも、なんのことはない
いつもたきつけているのは自分だ……

再びリノリウムの床にへたり込む。その冷たさに不安が増す。
どうすればいいのか……、このまま殺されるのを待つか。いやだ、死にたくない。
手早く荷物をまとめ、この場を去り手近な場所に隠れようと考える。
ここは病院で部屋は無数にある。奥に逃げ込めば誰にも見つからないかも知れない。
……が、廊下の奥は真っ暗だ。夜の病院なんて怖いものの代名詞のようなものだ。
とてもじゃないがそこに踏み込む勇気はない。
病院の出口へ向かう。月明かりの下へ。今は少しでも明るい所がいい。
外に出て、怖くない所を探し、それからそこに隠れればいい。

ガラスの戸を押し開けてそのまま通りに出る。
灯りは月明かりだけで街灯の一本にも灯りが点いていない。
その暗さと不自然さにまた不安になる。やっぱり戻るべきか……
「そこの少年」
声を掛けられた!驚きのあまり気絶するかと思った。
反射的に声のした方へ身体を向けると、10メートル程離れた位置にトレンチコートの
誰かがが立っている。手の平を両手に上げたその姿はまるで……
「ヒィッ!」
反射的に手の中の銃を撃ってしまった。再び乾いた破裂音が響く。
つむった目を恐る恐る開くと、トレンチコートの誰かは脇を抑えてうずくまっている。
人を撃った!人を殺してしまう!?
「ご、ごめんなさい!」
反射的にあやまり、その誰かの元に駆けつける。
「ボクは、ボクは、ボクは……」
「大丈夫だ。ワシは心配ない。落ち着きなさい」
トレンチコートの誰かが顔を上げる。帽子を目深に被って見えなかった顔が月光に
照らされ初めて見えた。
「ワシはインターポールの銭型警部。君を保護する者だ」


初老の男性――銭型警部は手当てをした傷に手を当てると、ホッと息を吐いた。

幸いなことに少年の放った銃弾は致命傷にはならなかった。
脇に命中し肋骨に当たって反れてくれたおかげで、少々肉が抉れたぐらいだ。
今は少年と病院の中に居る。病室の中の一つで傷の上に包帯を巻くのを手伝って
貰っていたところだ。
「傷は大丈夫ですか?」
「ああ、たいしたことはないよ」
「でも、あんなに血が出て……」
サイドボードの上にある照明が控えめに照らす室内には、血に染まったタオルが
散乱している。
「表面をかすっただけだ。身体の中に弾は入ってないから平気だよ」
「そうですか……」
少年は怯えている。この状況に、何より人を撃ってしまったことに。
少年を追い詰めるこの状況に益々腹が立ってくる。…あのギガゾンビとかいうヤツ。
「お、おじさんは…どうするんですか?そ、その……」
「ワシは誰も殺さんよ。あんなヤツの言いなりなんかにはならん」
「…………」
「君も、君の友達もみんなお家に帰れるようにしてやる。そして、あのギガゾンビとか
名乗るけしからんやつは、逮捕してやる」
「……友達」
「ああ、さっきは友達たちと一緒だったろう?」
「……はい。のび太とジャイアンとドラえもん。後、先生」
「一緒に探そう。そしてみんなで帰ろう」
「あの!おじさんは、おじさんには友達は?」
唐突な返しにすこし答えを躊躇してしまう。
「ワシか……、友達と少し違うが知っているヤツらはおるよ」
「どんな人たちなんですか?」
難しい質問だ。


「悪党さ」
「じゃあ」
「でも悪いだけのヤツらじゃないんだ……」
そうだ、悪いだけのヤツらじゃない。
「………………」
「むやみやたらに殺生をするようなヤツらじゃない。義理も人情もある。
誰かに言われて人を殺すなんてことはしない……」
ワシはそう信じている。
「だったら……」
「そうだな。もしかしたら一緒になるかもしれん」
「もし、その人たちが一緒になったら……」
アイツらと協力することが出来れば、
「十中八九、この状況から逃げおおせるよ」
確信はないが、今までいつもそうだったんだ。あいつなら、ルパンなら……

「これを……」
少年が差し出したのはさっきの拳銃だ。これが彼の支給品だったのだろう。
「これは、君のじゃないか」
「でも!おじさんの方が上手く使えるだろうし、それにボクは……」
少年の顔が翳る。
「……わかった。ワシが預かろう。これは君には不必要な物だ」
ホルダーがないので、セーフティをかけてズボンのベルトに挟む。
弾丸――120発もあったそれはデイバッグの中にしまう。
代わりに自分の支給品だった赤紫の布を取り出す。
「代わりといっちゃなんだが、コレを君に預けるよ」
「ひらりマントだ!」
「……ひらりマント?」


「ええ、これ、ボク得意なんですよ」
得意?この布――ひらりマントには何か使い方があるのか。
少年は畳まれていた布を開くと、それを闘牛士のように構えた。
「そこの包帯を投げてみてください」
よくはわからないが、まだ解いていない巻いた状態の包帯を軽く放り投げる。
それがマントに触れると同じ勢いで手元へと戻ってきた。
驚いてつい包帯を取りこぼしてしまう。
「い、今のは?」
少年の顔はさっきまでと打って変わって自信が表れている。
「今のがこのひらりマントの効果。なんでも元の場所へ跳ね返すんです。」
「なんでも……?」
「はい。銃弾でも、大砲の弾でも。」
「……大砲の弾でも」
ルパンも得体の知れない道具を使っていたが、それにしてもこれは不可思議がすぎる。
「それを、君は知っていたのか?」
「ええ、ドラえもんの道具ですから」
ドラえもん。この少年の友人の名だ。あの眼鏡の子かそれとも大きな子か。
「はぁ、たいしたものだ……」
原理は解らんが、この少年はこれに詳しいらしい。
「よし、じゃあそれは君が使いなさい」
「でも、これもおじさんが……」
コートの前を開け、拳銃を指し示す。
「ワシにはお前さんから預かったこれがあるし、それは君の方がうまく使えるだろう」
「……そうですか。……はい。わかりました」
「うむ」
少年の気持が解れてきた。なんとか前向きな気持を取り戻したようだ。

「では、外が明るくなるまで少し休もう。ワシもすぐには動けんからな」
「はい。わかりました」

ワシはベッドの上に脚を伸ばし、毛布を被って身体を休めた。


【D-3/病院内/1日目-黎明】

 【銭型警部】
 [状態]:左脇に軽傷。手当てをして包帯を巻いています
 [装備]:グロック26(弾:9/10発)/ズボンのベルトに通しています
 [道具]:デイバッグ/支給品一式/9mmパラベラム弾(110)/医療キット
 [思考]:日が昇るまで休息/スネ夫の友人たちを探す

 【骨川スネ夫】
 [状態]:特に問題はなし
 [装備]:ひらりマント/手に持っています
 [道具]:デイバッグ/支給品一式/医療キット
 [思考]:日が昇るまで休息/のび太たちを探す