ゲイン・ビジョウ

暗い森の中。周りには他の参加者どころか生き物の気配も無い。
ただ一人だけが巨木の幹の下に座り込んでいる。ロングコートを羽織った美丈夫。
それがエクソダス請負人、ゲイン・ビジョウだった。

(まったく……なんだってこんなことになったんだ?)
ゲインは現在の状況を把握しきれていなかった。彫りの深い美しい顔が疑問の表情を浮かべる。
(シベ鉄の仕業か? だが奴らはこんなまどろっこしい真似はしない。ロンドン・IMAの介入が入ったとでも?
 それにこの木々に気候……俺の知っている土地じゃない)

彼の元いた世界は極寒の地シベリア。
世界は大変動を迎え、人々は過酷な土地でドームポリスという建造物の中で暮らすことを余儀なくされていた。
そこシベリアを支配していたのがシベリア鉄道公社である。
シベリア鉄道公社――通称シベ鉄は本来ならばシベリア全土に渡る鉄道を管理するだけの組織なのだが、
シベリアでほとんど唯一の交通機関である鉄道は、そのまま食糧・資源の供給も担っている。
そのためシベ鉄からドームポリスへの影響力も多大であり、実質的にシベリアを支配していた。
強大な権力を盾に横暴の限りを尽くすシベ鉄に反感を持つ人々は、かつて自分たちが住んでいた豊かな土地、ヤーパンへと脱出しようとした。
これがエクソダスである。
ゲインはエクソダス請負人として、この都市単位での大脱走を指導する立場にあった。

「名簿に知った名前はほとんどないな……。ゲイナーくらいなものか」
例えば自分がウルグスクのエクソダスの中心人物として集められたのだと仮定しよう。
エクソダス関係者を集めているのなら他の80人近い面々もそうだということになる。
だがあの場には明らかに小さな子供もいた。あの子達がみなエクソダスに関わっているとは考えにくい。
そもそもエクソダスを取り締まるのならこんなまわりくどいやり方をする必要もない。
自分は『エクソダス請負人』という立場としてここにいるのではないのだ。
おそらく、自分たちには共通点など欠片も無い。あの仮面の男もシベ鉄やロンドン・IMAの人間ではないのだろう。

「つまりあいつの思惑なんかわかりっこなし。お手上げというわけか」

ふぅ、と息をつく。首輪の冷たい感触にはまだ慣れない。
(それでも……俺は請負人で、あいつはチャンプだ。諦めるには早すぎるさ)
むざむざと死ぬつもりは無い。ゲインはデイパックへと手を伸ばし、支給品の確認をする。
さっき見た名簿の他に、食糧、地図にコンパス、時計、ランタン、筆記用具。そして――

「こいつは……なかなか洒落にならないかもしれないな」
ゲインに支給されたランダムアイテムは二つ。残念なことにどちらも殺傷能力の高い武器とは言えなかった。
パチンコと工具箱。銃や刀剣の類を期待していただけに、落胆の色は隠せない。

「こいつはなんだ? 説明書によると……ゴムで弾を撃つだけの単純なおもちゃか」
だが黒いサザンクロスの二つ名を持つ優秀な狙撃手のゲインならばパチンコでも本来以上の性能を引き出せる。
試しに近くにあった小石を弾にして、30mほど離れたところに茂っている木の葉の一つを狙う。
何気ない動作でゴムを引く。狙いをつけるのに要したのはほんの2、3秒。だがその狙いは正確だ。
ひゅんっ! 軽快な音を上げ飛んでいった石は、見事に狙った木の葉を粉々にした。
「射撃の精度は悪くない。後は使い方しだいだな」
いくらパチンコだといっても急所を正確に狙うことの出来る者が持てば武器になりうる。
目、眉間、こめかみ。殺すことは出来ないだろうが相手の戦闘力を削ぐ分には十分だろう。

次に工具箱をチェックする。中身は一般的な工具ばかりだった。
トンカチ、糸ノコ、スパナやドライバーその他諸々。用途は幅広い。
その中からトンカチを選び、近接戦用の武器として右手に装備した。

「やはりこれだけじゃ心細いな。ライフルでも入っていれば良かったんだが贅沢は言えないか」
パチンコとトンカチでは銃を持った人間にでも襲われればひとたまりもないだろう。
早急に他の武器、出来れば使い慣れた銃器を見つけたいところだ。


地図を眺めてこれからの行動方針を決めようとしながらも、ゲインの脳裏には見せしめとなった二人の姿が浮かんでいた。
かつて、まだゲイン・ビジョウがゲイン・ビジョウで無かったとき。
一つのドームポリスがエクソダスを決行した。そのドームポリスの名はウッブス。
――ゲインの故郷だった。……だった。

エクソダスは重大な犯罪行為であり、楽園の自由を求めた代償は、時として死という形で還ってくる。
ウッブスはエクソダスに失敗した。そしてウッブスという街は滅んだ。
ゲインはあの時の血と叫びと硝煙の匂いを忘れることは出来ない。

「あんな凄惨な光景……繰り返すわけにはいかない」
ゲインは立ち上がり、南へと足を進める。
ウッブスは失敗し、ゲインは名前を捨てた。だがウルグスクでは違った。

「エクソダスは……希望だ。ここで終わらせるわけにはいかないさ」
ウルグスクのエクソダスの中で見つけたものがある。それは『仲間の存在』だ。
ウッブスはみんながゲインという請負人の存在に依存し、頼り切っていた。
だが今はひとりじゃない。頼れる、強い仲間がいる。
浮かぶのはゲームチャンプの顔。ゲイナーに白兵戦の技術なんてほとんど無い。
なに、あいつなら大丈夫だろうよ。ゲインはゲイナーを信頼していた。
あいつとなら……俺はなんだって出来るさ。
こんな殺し合いに乗る気はさらさらない。まずは南下し、市街地で協力できる人間を集める。

「確か……ギガゾンビとかいったな。あいつに教えてやるぜ。
 ピープルが希望を持つ限り、エクソダスは暴力なんかじゃ止めれないってことをな」

【C-5森 1日目 深夜】
【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー】
[状態]:良好
[装備]:パチンコ(弾として小石を数個所持)、トンカチ
[道具]:支給品一式、工具箱 (糸ノコ、スパナ、ドライバーなど)
[思考]
第一行動方針:市街地で信頼できる仲間を捜す
第二行動方針:ゲイナーとの合流
基本行動方針:ここからのエクソダス(脱出)