【2009/12/12】


来る日も来る日も


先日読んだ雑誌の中でふと目にした一遍の詩。


私は一本のローソクです
もえつきてしまうまでに
なにか一ついいことがしたい
人の心に
よろこびの灯をともしてから死にたい


これはとある知的障害を抱えた中学生が書いたものだそうです。


知的障害。


実は甥っ子(現在中学2年生)が軽度の知的障害者です。
読み書きや計算も一応はでき、コトバもほぼ問題なく使用できる為、一見すると健常者との違いはよく判りません。
それ故、今年の春に担任の先生から指摘を受けるまで、家族の誰一人として彼に障害があると疑うことはなかったそうです。
ただ、思考が抽象的で推理能力が足りず、同世代の子たちと比較すると明らかに言動が幼稚。
未だに特撮とアニメから離れられず、それ以外のものに対する興味は殆どナシ。
そんな状況に僕ら夫婦は数年前から気付いていて、実家に帰省するたびに彼の言動に不可思議を感じていました。
そんなワケですから、兄から「自分の息子が知的障害者である」という事実を打ち明けられたときも驚きはまったく無く、寧ろ冷静に受け止めることができました。
やはり我が子を客観的に見つめることは困難だったのか、それとも薄々気付いていたものの、その事実を認めたくなかったのか。
真相は分かりませんが、彼が知的障害者であるという事実にたどり着き、適切な対応をするまでに、あまりにも遠回りをし過ぎてしまった。
本人は勿論辛かっただろうし、兄にもきっと様々な想いがあることでしょう。

その夜、
僕は嫁さんと娘が就寝した後で、ひとり泣きじゃくりました。




実は、過去に一度だけ本気で自殺を考えたことがあります。
20代も前半、まさしく『若気の至り』と言えそうな行為ですが、
遺書のようなものを書き、飛び降りるためのビルを選定して、決行する日時まで決めていましたから、本気も本気。
恋愛に破れ、貯金も底をつき、PHSは強制解約。
税金の支払いも滞り、家賃も2ヶ月分を滞納。
完全に自暴自棄になっていました。
そして最後、
「後はこの世に未練を残さず逝けるように」と考え、実家へ帰省しました。
両親と他愛も無い会話を交わし、まだ幼稚園へ通い始めたばかりの甥っ子と遊びながら、
「俺もまたこんな風に生まれ変わることができるのかなァ・・・」
などと考えつつ、この日は一泊。
夜の闇の中で想いはどんどん固まっていき、
「もう思い残すことはない」
という境地に達していました。
そして翌日、善からぬ決意を胸に、帰宅する為最寄のバス停へ行こうとすると、甥っ子がどうしても僕に付いていきたいと言う。
どうたしなめてもきかんので、仕方ない、ばあちゃんが抱っこをして僕の帰りを見送ることになりました。
そしてバス停に到着し、待つこと数分。
いよいよバスがやってきました。
ひとつ深呼吸をしていよいよ乗り込みます。
すると、ふいに甥っ子が僕の手を掴んで離さない。
「ゴメンネ、おじさんもう行かなくちゃ」
と言うと、
「ハヤトおじさんダメ!」
と泣きじゃくる。
「また来るから」
などと適当なことを言うと今度は
「ず~っといなきゃダメ!」
と言う。
僕が無言のまま黙っていると
「ず~っとず~っと一緒にいてほしいの!」
と泣き叫ぶ。

これで全てが壊れました。

僕の目からはスイッチが入ったように涙が溢れ出し、嗚咽が漏れる。

僕は甥っ子の小さい体を抱きしめて、もう一度
「また来るから」
と、今度こそ本心を伝えたのでした。



そんな甥っ子が、知的障害者であったという事実。
思い及ぶところあったとはいえ、この“事実そのもの”は血縁としてやはり辛いものがあります。
現在は“そういうクラス”に転籍して毎日を楽しんでいるようですが、
やがて彼も大人になり、親の元を離れなければならない時が来る。
そこにはやはり綺麗事だけでは済まされない大変困難な未来が巨大な口をバックリ開けて横たわっている。
それを思うと、何か憤りの様な、得体の知れないネガティヴな感情が沸き上がってきてしまうのです。
何が平等だ、バカヤロウ!ってね。

でも、そんな甥っ子の存在がなけりゃ今の僕は有り得ない。
嫁さんとの出会いもなけりゃ当然娘も生まれていない。
ほら、正義の味方はこんな近いところに、いた。



たくさんの方々のお力添えにより、

いよいよ「みえないばくだん」の絵本が発売されます。

心より感謝申し上げます。



他方、

発売日を前にして、作品に携わった者として様々な想いが交錯し、
複雑な心境にあることも事実です。
そのようにして今、僕の頭の中を廻っている
どうにもまとまらない想いを少し吐き出させてください。





【懸念されること】



物語は途中から未来の話になるが、
あくまでも特定の情報を元にした一方的な予想でしかない。
やみくもに不安を煽っていただけ、という結果になる可能性がある。


暗に「えらいひとたち=悪い人たち」という構図になっており、
これが柔軟性のない、偏った政治批判に繋がってしまう恐れがある。


「病気になった人」「何十年、何百年と住めない土地になる」など、
物語の中に特定の方々およびその関係者を深く傷つけてしまう要素を含んでいる。


あくまでも大人向けの絵本であるが、全編ひらがなで表現されており、
子供でも(ひらがなを理解していれば)ひとりで読むことができる。
大人の注釈を加えない状態で読んだ場合に子供たちはどのような印象を受けるのか。


真摯に取り組んだ仕事(作画)とはいえ、
まったくの素人が話題性に託けていきなり大手出版社から作品を刊行する、
という印象を与えることそれ自体が、多くの絵本作家の方々を冒涜する行為ではないか。





【作品に携わったことによるリスク】


所謂プロ市民(悪しき活動家)のレッテルを貼られ、

自身の家族をも巻き込み、あらぬ批難や中傷を受ける恐れがある。
またその影響から、現在の職を失う(退職に追い込まれる)可能性も考えられる。





【様々なリスク、懸念を抱いてもなお、絵本化を進めた理由】


事故後、テレビや新聞より発信される情報(報道)は安全を強調するものに偏向気味で、備えるべきもう一方の可能性については殆ど核心まで触れられない状況が続いている。
その「もう一方の可能性」をネット環境のない情報弱者と言われる方々にもシンプルかつ明確に提示し「疑問を持つ自由」「選択肢を持つ自由」を獲得したかった。


過去に世界で起きた原発事故(スリーマイルやチェルノブイリ)に基づく情報をベースに福島の原発事故を考えた場合、やはり楽観論が先行する現状は大変危険だと感じる。
目に見えず、100%の予測ができないからこそ、拡大解釈をしてでも最悪の事態を想定し、その上で楽観的に振る舞うことの重要性を訴えたかった。






この「みえないばくだん」という作品は間違いなく多くの批難を受けることでしょう。

しかし、それでよいのです。
何故なら、この作品の結末のような未来を迎えることは何としても避けなければならないからです。
その意味において、この作品は徹底的に否定されなければなりません。
そしてこの物語を否定する為には先ず、
最低最悪の可能性を正確に把握することが必要不可欠なのではないか、
僕はそのように考えます。



マスクを装着し、首からガイガーカウンターをぶら下げて登校する子供たちの姿。
何故そのようなものを装着する必要があるのか。
その異状についてもっともっと深く理解しなければなりません。



原発事故以前であれば新聞の一面になるような大変危険なニュースが
連日さらりさらりと流れてはどんどん記憶から遠ざかっていきます。
もう、僕たちは殆どマヒしてしまっているのかもしれません。
今一度この異常事態を理解し、疑問を待たなくては。



この国で生活するひとりひとりの未来の為に。






みえないばくだん/たかはしよしこ
¥1,365
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【2009年11月17日】


来る日も来る日も-akakawa


先日、保育園の保護者会が主催する親子遠足会に参加してきました。
場所は我が家の近所にある某動物園(オカピで有名なトコロです)。

子供たちはもちろん大はしゃぎ。
大人の都合など知ったこっちゃない。
待ち合わせ場所のいたるところ笑い声と泣き声が入り混じり、全力で駆ける駆ける。

企画の立ち上げのみならず、この混沌とした状況を取りまとめにゃならンのだから、

役員の皆さんのご苦労にはホント、頭が下がります・・・
な~んてことを考えながら待つこと数十分。
参加者も全員揃ったとのことで、いよいよゲートへ向かいます。
すると、娘と同じ組の男の子(仮にミート君としておきましょう)がひとり、ポツン・・・。
聞けばお母さんが役員の仕事に忙殺され、一緒に園内を回る事ができないとのこと。
お父さんもこの日は不在とのことで、つまるところミート君、このままでは保護者不在のまま行動しなきゃならない。
んなアホな話ァあるめえと、ふとミート君の顔を見ればちょっとスネた調子で不安顔。
思わず
「じゃ、ウチで面倒見ますよ」
なんて安請け合いをしてしまいました。

ミート君はいささか緊張の面持ち。
屈んで目線を合わし、
「よろしくね」
と笑顔を向けても、プイッとそっぽを向いて歩き出してしまいます。
そりゃそうだ。
よく知った顔とはいえ、愛○ちゃんのお父さんはどう頑張ったって愛○ちゃんのお父さんでしかない。

それでもさすがはやんちゃ盛りの男の子。
すぐにウチの娘や他の子供たちとワイワイやりはじめ、さっきまでの不安顔はどこへやら。
そして一旦自分たちの世界に入ってしまえば、子供たちにとっては保護者なんていてもいなくても同じこと。
制止を振り切り、グイグイ園内を疾駆します。
そんな状況に少しホッとしつつ、気がつけば今度は追いかけっこを繰り返すような状況に。
「コラ~、待ちなさ~い!」
なんてカツオくんを追いかけるサザエさんみたいな調子でやるワケだけれど、

やはりよその子を叱る時のさじ加減ってのはえらい気を遣う。
しかも、男の子。
女の子とはやっぱり違う。
何と言うか・・・無駄な動きが多い。

そんなこんなで少々疲れていたのか、ちょっと気を抜いた瞬間でした。

「ぶええええええええええん!」

背後で突然ミート君が号泣し始めます。
状況を確認すると、一緒に遊んでいたお友達の頭がミート君の鼻に激突したらしい。
いよいよ鼻血も出てきて、更に大きな声で泣きじゃくるミート君。
もう誰が声をかけても泣き止みません。
そこで僕はそっとミート君を抱き上げ、
「男の子がこんなことで泣いてちゃ強くなれないゾ!」
とたしなめると、コクリとひとつ頷き、泣きじゃくりつつもそれを抑えようとしている様子。
更に
「お!さすが男の子だなァ。ミート君、強いなァ。」
と声をかけると、もう一度頷き、ここでようやく泣き止みました。

この件以降、すっかり打ち解けてくれたみたいで、ミート君の方から僕の手をとり、弾ける様な笑顔を見せてくれる場面も。
そんな状況にちょっと満足しながらニヤニヤしていると、娘が目の前にやってきて、
「お父さん、ミート君ばっかり。」
と、ポツリ。
「え?」
と聞き直せば、キッと僕を睨みつけ、
「お父さん、ミート君ばっかり可愛いんでしょ!」
と、すっかりおかんむりのご様子。
以降、暫く口を利いて貰えなかったのでした。

嗚呼、我が愛娘

…。


ま、何にせよ、

えれえ疲れましたわ。(笑)