映画批評「ダ・ヴィンチ・コード」
グルっぽ「ムービーレビューアーズコミュニティ」一斉レビュー指定作品
ダ・ヴィンチ・コード [DVD]/トム・ハンクス,オドレイ・トトゥ,ジャン・レノ

¥1,480
Amazon.co.jp
得点50点(う~ん~)
☆☆(2.5)
2006年(米)
監督 ロン・ハワード
出演 トム・ハンクス
オドレイ・トトゥ
イアン・マッケラン
アルフレッド・モリーナ
ユルゲン・プロホノフ
ポール・ベタニー
ジャン・レノ
(2010年5月1日テレビ放映にて鑑賞・再批評)
こんな映画
ダン・ブラウン原作の社会的に物議をかもした同名小説を、巨匠ロン・ハワードとトム・ハンクスの「アポロ13」のコンビによる実写化した一大歴史サスペンス。
一言で言うと
トム・ハンクスのロバート・ラングドンは、何でもお見通し!
ストーリー(ウィキペディアより抜粋)
ルーヴル美術館で館長のジャック・ソニエールが殺される。死体はダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」を模した形で発見された。この奇妙な死に方はソニエール自身が行ったものであった。
パリの書店で著書のサイン会を行っていたハーバード大学の教授ロバート・ラングドンは、フランス警察のベズ・ファーシュ警部に呼び出され、捜査協力を求められる。現場で警部と共に検証を行った彼の元に暗号解読官のソフィー・ヌヴーがやってくる。警部の目を盗み彼をトイレへと呼び出した彼女は、ロバートが容疑者で彼を警部が逮捕する気であることを伝える。それはソニエールと会う約束をしていたから、そして現場に彼の名が残されていたからである。
ロバートとソフィーは旧友のリーを訪れ、ダ・ヴィンチが描いた「最後の晩餐」には、イエス・キリストはマグダラのマリアと結婚しており、磔にされた時、彼女はキリストの子供を身ごもっていた、という暗号(コード)が含まれている事を聞かされる。
評論(ネタバレ注意)
原作同様、キリスト教の謎に迫る本作は、息もつかせぬ展開と2点3点するストーリー展開、そしてロバート・ラングドンによる謎解きが見所となっており、キリスト教を知るにもよい映画である。
しかし、逆を言えばキリスト教の歴史を知らずに見た者は、さぞ映画は退屈にしか映らないことにある。
なんせ、映画はキリスト教の根底部分を突いてくるからだ。
2000年以上あるキリスト教を2時間という枠で説明することは、かなり難しく。
原作では、ある程度細かく説明されてはいるものの、注釈本が販売されている程難解なのである。
それをどう映画で描かれるかがポイントとなるのだが、まるで紙芝居のように説明され、見ている側は置いてけぼりをくらう。
それに加え、トム・ハンクスのラングドンは、すでに謎が解けているかのように話が展開していくため、さらに置いてけぼりをくらってしまう。
最後の謎解きは、明らかに多くの観客の頭上を素通りしたに違いない。
(なぜ解けるのそれ?ってね。)
ラングドン教授の後姿を見て「勝手にやってろ」と言いたくなってしまう。
あまりに情報量の多い映画であるため、映画化すること自体どだい途方もないことだったのだろう。
が、フィクションをさも本当かのように描くことについては、原作・実写共に成功していると思う。
頭の中で、ストーリーと歴史の整合性が出来れば、楽しむことが出来るかもしれませんが、それは、原作と本作を見たうえでの話である。本作だけでは楽しむことが出来ないのであれば、映画には及第点をつけなくてはならないのでこの点数。
ダ・ヴィンチ・コード [DVD]/トム・ハンクス,オドレイ・トトゥ,ジャン・レノ

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得点50点(う~ん~)
☆☆(2.5)
2006年(米)
監督 ロン・ハワード
出演 トム・ハンクス
オドレイ・トトゥ
イアン・マッケラン
アルフレッド・モリーナ
ユルゲン・プロホノフ
ポール・ベタニー
ジャン・レノ
(2010年5月1日テレビ放映にて鑑賞・再批評)
こんな映画
ダン・ブラウン原作の社会的に物議をかもした同名小説を、巨匠ロン・ハワードとトム・ハンクスの「アポロ13」のコンビによる実写化した一大歴史サスペンス。
一言で言うと
トム・ハンクスのロバート・ラングドンは、何でもお見通し!
ストーリー(ウィキペディアより抜粋)
ルーヴル美術館で館長のジャック・ソニエールが殺される。死体はダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」を模した形で発見された。この奇妙な死に方はソニエール自身が行ったものであった。
パリの書店で著書のサイン会を行っていたハーバード大学の教授ロバート・ラングドンは、フランス警察のベズ・ファーシュ警部に呼び出され、捜査協力を求められる。現場で警部と共に検証を行った彼の元に暗号解読官のソフィー・ヌヴーがやってくる。警部の目を盗み彼をトイレへと呼び出した彼女は、ロバートが容疑者で彼を警部が逮捕する気であることを伝える。それはソニエールと会う約束をしていたから、そして現場に彼の名が残されていたからである。
ロバートとソフィーは旧友のリーを訪れ、ダ・ヴィンチが描いた「最後の晩餐」には、イエス・キリストはマグダラのマリアと結婚しており、磔にされた時、彼女はキリストの子供を身ごもっていた、という暗号(コード)が含まれている事を聞かされる。
評論(ネタバレ注意)
原作同様、キリスト教の謎に迫る本作は、息もつかせぬ展開と2点3点するストーリー展開、そしてロバート・ラングドンによる謎解きが見所となっており、キリスト教を知るにもよい映画である。
しかし、逆を言えばキリスト教の歴史を知らずに見た者は、さぞ映画は退屈にしか映らないことにある。
なんせ、映画はキリスト教の根底部分を突いてくるからだ。
2000年以上あるキリスト教を2時間という枠で説明することは、かなり難しく。
原作では、ある程度細かく説明されてはいるものの、注釈本が販売されている程難解なのである。
それをどう映画で描かれるかがポイントとなるのだが、まるで紙芝居のように説明され、見ている側は置いてけぼりをくらう。
それに加え、トム・ハンクスのラングドンは、すでに謎が解けているかのように話が展開していくため、さらに置いてけぼりをくらってしまう。
最後の謎解きは、明らかに多くの観客の頭上を素通りしたに違いない。
(なぜ解けるのそれ?ってね。)
ラングドン教授の後姿を見て「勝手にやってろ」と言いたくなってしまう。
あまりに情報量の多い映画であるため、映画化すること自体どだい途方もないことだったのだろう。
が、フィクションをさも本当かのように描くことについては、原作・実写共に成功していると思う。
頭の中で、ストーリーと歴史の整合性が出来れば、楽しむことが出来るかもしれませんが、それは、原作と本作を見たうえでの話である。本作だけでは楽しむことが出来ないのであれば、映画には及第点をつけなくてはならないのでこの点数。