こんにちは、プーヴル(pauvre3)です。
昨日の初投稿を読んでくださった方、ありがとうございます!
今回は、私がどうやって「40代・子ども部屋おじさん・非正規・貧乏」という現在の最強スペック(笑)に仕上がったのか、その過去の歴史をお話しします。
結論から言うと、私の人生のボタンの掛け違いは、「在学中の天災」と「会社の業績悪化による崩壊」という不運の連鎖から始まりました。
1つ目の掛け違い:在学中の大型台風と求人崩壊
最初のボタンを掛け違えたのは、関西の専門学校に通っていた頃です。
就職活動も本格化してきた10月頃、ものすごい大型台風が直撃しました。
天災の破壊力は凄まじく、街だけでなく求人市場まで大荒れに。
私が目指していた希望の職種はもちろんのこと、世の中から「まともな求人」が一瞬にして消え去ってしまったのです。
就活の超重要シーズンに出鼻をくじかれ、そのまま就職先が決まらないまま、3月に地元の四国地方へUターンで戻ってきました。
ただでさえ3月の地方都市。新卒向けの求人はすでに残っていないタイミングです。
すがる思いで地元の職安(ハローワーク)に足を運んだものの、検索機に映し出されるのは目を疑うほどすっからかんな募集ばかり。
「私の人生のスタートライン、あの台風で完全に吹き飛んでたんだな……」と、当時は笑うしかありませんでした。
2つ目の掛け違い:新卒から尽くした会社の段階的な崩壊
なんとかそんな大荒れの時期を乗り越え、専門学校を卒業したての20歳の時、一応は地元の会社に正社員として就職することができました。
入社当初は、パートさんも合わせて10数名ほど在籍している会社でした。大企業ではないけれど、「ここからコツコツ頑張るぞ」と真面目に働いていたのです。
しかし、2013年頃から会社の業績が急激に悪化し、そこから悪夢のようなドミノ倒しが始まりました。
まず、最初にパートさんたちが契約を切られ(クビになり)、社内の空気が一気に重くなりました。
そこから業績の悪化は止まらず、女性の従業員さんや、私を含めた若手、さらには最終的に管理職の方まで次々と退職に追い込まれていったのです。
気づけば会社にはほとんど誰も残っていない、事実上の「組織崩壊」でした。
20歳からずっと真面目に勤め、尽くしてきた場所から、会社都合で放り出された時のショックは相当なものでした。
そして現在の子ども部屋へ
台風でスタートダッシュに失敗し、やっとの思いで長年勤めた会社も文字通り崩壊して放り出され……。
ここで私のポッキリと心の折れる音が四国地方に響き渡りました。
ここで私のポッキリと心の折れる音が四国地方に響き渡りました。
そこから再就職活動をする気力もすっかり奪われ、ずるずると非正規の道を歩み続け、気づけば実家の子供部屋に優着陸(不時着)して今に至ります。
こうして振り返ると、私の人生、なかなかの波乱万丈ですよね(笑)。
今の私には、エリートのような成功法則も、役立つライフハックもありません。
大した節約もポイ活もしていません。
外から見ればただの「子ども部屋おじさん」かもしれませんが、「天災と会社の崩壊を食らっても、とりあえず今日も実家で生きてるぞ!」という図太さだけはあります。
このブログでは、そんな私が気取らずに見栄100%排除の日常を書いていきます。
「こいつよりはマシだな」と安心しにくるもよし、暇つぶしに眺めるもよし。
ぜひ気楽に「フッ」と笑いながら読みに来てください。よろしくお願いします!