最近、弱気な記事が多くてすみません。
ベルギーでテロ計画阻止のために銃撃戦が起きていますね。今後もあちこちに広がっていくのでしょうか…。
いま、パリは日常を取り戻しつつあります。
と同時に、昨日聞いたところでは、フランス人の中には、(今までの宗教的、政治的問題の積み重なりがあったうえで)今回のテロがきっかけとなって、フランスを離れたいと口にする人も少なくないそうです。
今後のことを考えても、もっとひどいことがいつ起きてもおかしくないからでしょう。
愛国心で有名なフランス人にとっても、やはり、今回のことは大きなショックだったということですし、まだ、終わっていないと皆思っているのです…。
薬局では、安定剤など不安を抑える薬を求める人が20%増加したというニュースも見ました。フランスでは初めてのことだそうです。
私自身は、テロそのものにもちろんショックを受けましたし、その後の警戒態勢にも恐怖を感じました。
今後の不安もあります。
でも、もしかするとそれ以上に私を落ち込ませたのは、「日本との距離」かも知れません。
こうやって一般化した言い方をするのは、適切ではないかも知れません。
なぜなら、沢山の友人が、連絡をくれました。このブログにも、コメントをくださった方々がいらっしゃいました。
気にかけてくれるひとがいる、ということに、とても励まされました。
そして、「すぐに連絡する」ことだけが常に最良とは限らない、という考え方ももちろんあって、
少し事態が落ち着いたところで、「ところで、大丈夫だった?」と連絡をくれた友人たちもいました。
その心遣いもまた、とても嬉しかったです。
その一方で、無事の連絡を入れたある機関の方からは、「フランスにいたからこそ貴重な体験ができたと思って」と言われました。
正直言って、こんな体験、したくありません。貴重な体験だと思える日なんて、5年後だろうが10年後だろうが来る気がしません。
例えとして適切かは分かりませんが、東日本大震災を東京で経験した外国人に、その人は、「あなたは貴重な体験をしましたね」と言えるのでしょうか。
悪気がない言葉なのは分かります。でも、悲しかったです。
重ねてその日、詳しくは書きませんが、もっと近しい関係の人の悪気のない言葉にもショックを受けました。
ばーーーーーっと涙が出てきてとまりませんでした。
やっぱり、わかりあえないのかな・・・すぐそこで事が起きているのと、遠くからそれを見るのとでは違って当然ですが、家族や、親しい友人と気持ちを共有できないのは、仕方ないことと頭では理解していても、悲しいです。
ちょっといま、精神的に参っています。
そして、気持ちを共有してもらえない人に対しては、私もその人の喜びや、悲しみに共感する気になれなくなります。
心が狭いですよね、自分でもそう思います。でも、張りつめた糸が切れてしまいそうな感じです。
異国で暮らすというのは、こうやって気持ちを共有できる相手が減っていくことなのだろうか、と考えてしまいます。
弱音を吐いてすみません。