母さん、なんとなくわかった。母さんが昔よく、私に聞かせてくれた勇者の物語。それは、ルカのことだったのか」


「そうだ」


「えっ…」

僕は目を白黒させてベルを見つめる。


「じゃあ、私の許嫁は、ルカ、な、のか」

歯切れ悪く言ったグランベリアの言葉に、僕はつい言葉を失ってしまう。

口がポカーンとしている。

「へっ…?話が見えないんだけど」

そんな僕の反応を予想していたかのように、ベルは余裕の笑みを見せる。

「言っただろう、絶対にあきらめないって」


…。

え、別れ際に言ったあの言葉?


「私があきらないと言ったのは、エレノアや、姉貴のこともあるが」



――――――「お前のこともあきらめていない」

ゾクゾクゾク

光の失った瞳で視線を向けられて、僕は背中に寒気を感じた。

「じょーだんだ」

途端に瞳に光が戻ってきた。

「な、なんだ…」

ほっ。

戦士としての殺気とはまた、一味違った危うさのようなものを感じた。

「とも言えないな」

「えっ…」

安堵したり緊張したりと、行ったり来たりしっぱなしである。

もはやパニック状態に等しい。




「だって、この子の名前を付けたの、私、だからな」



そう言って笑顔を向けている先には「グランベリア」。


「…は、ま、まさか」

僕は彼女の言葉を理解した。してしまった。


「…グランベリアと名付けたのが、ベル…!?」

「そうだ、なんでか、もうわかるな」


「僕が、グランベリアの事が、好き…だから…?」

心にぽっかりとわだかまりができた気分だ。

これ以上の会話は本当に良い展開に導かれるものなのか。わからない。

しかし、そんな僕の考えを余所に、別の意味で口をパクパクさせている龍人が隣に一名いて。

僕はそんな考えが馬鹿らしくなりそうになった。

「いや、僕が悩んでるのは君のことなんだよ…?」

「だだだだって、お前、今…!」

「あははは…グランベリアが気になるのはそっちなんだね」

苦笑いを零しつつ、頬を引きつらせる僕。

「当たり前だろ!」

クワッ!とした顔で言うグランベリアを見てると、何だか力の入っていた全身から、風船がしぼむように力が抜けていくようだ。


「ベルは、その、僕がグランベリアを好きだから、この子にグランベリアという名を付けたんだね」

「あぁ、一応そういうことだが…。例え、この子がグランベリアでなくても、ルカと惹きあっていたかもしれない。
それは、今までの旅でわかるだろう?」

「はは、そうだね」



僕が好きな子は、グランベリアという名を付けられて生まれてきたんじゃない。


僕が好きだった子がグランベリアという名前だったから、無理矢理にこの子がグランベリアにされてしまった。

そう、生まれた時から運命が定められたような、残酷なことだ。

僕の好きな子が別の名前だったら、今目の前にいるグランベリアは、グランベリアではない名前になっていたかもしれないのだ。




そういうマイナス思考に至ってしまった僕は、一瞬、この話題に触れることをためらった。

「グランベリアは、いいの?」


「いいの?だと…良いに決まっている。さっきも言っただろう。私は私だ。そういう過程があったとしても、私がグランベリアであることは
変わらない」

ほんっとに、君は強い、強くて、僕の憧れだ…。

「それに、母が話してくれた英雄がルカで、私は、その、本当によ、よかったと思ってるから…」

後半に向かうにつれて声が小さくなっていき、頬を掻いてそっぽを向いてしまう。

「ええとっ…ずっと思ってたんだけど、僕ってそんなすごいことした、かな?」

ベルとグランベリアに質問してみると、二人は顔を見合わせて笑みを零した。


「私達にとって、命の恩人だ。幼いころ、よくその英雄の話を聞かせてもらったのを覚えてる」

グランベリアが母親に添い寝されながら、絵本を読んでる画像を思い浮かべてしまう。

なんか、違和感というか…。

ぷふっ。

ゴツンッ

痛い…。


「ん、命の恩人って、そんな大きなことしたかな?サキュバス村のとこ…?」


アルとベルを助けるために、天使の力を使ったことぐらいじゃないかな。

でもそれだと、「私達」の中のグランベリアが含まれないような…。

「あぁ、懐かしいな…。だが違う。ルカは覚えてないのか。私に天使の加護を与えてくれたの」



「いや、覚えているけど、それと関係が?」


何か重大な事故に巻き込まれそうになって、九死に一生を得たとか…?

「姉貴がかかってた病気が私に感染しなかったのは、どうやらその加護のおかげらしいんだ」


「っ!?」

だからあの時、ベルだけが病気に苦しまずに…!


「この子が生まれるとき博打を打ったんだ。天使の加護を与えて、病気にかかるかどうか、をな」


ベルは優しい微笑みを浮かべた。


「結果、グランベリアはここに生きている…。本当にありがとう。ルカがいなければ、グランベリアは生きていない」


僕は言葉を失いつつも、たまらない幸福感に胸をいっぱいにさせていた。

グランベリアが生まれた時、病気が健在だとしたら、確かに、グランベリアは死んでいたかもしれない。

「ありがとう、ルカ。今までの旅以外でも、ルカと、関わっていたなんて」


「なんだか嬉しいぞ」と満足そうに呟くグランベリア。

因果応報というのだろうか。


僕は 傍観者に徹しているだけではなかったんだ。しっかり、彼女達を幸せに導くだけのことは、できたんだ。

そう、本を読んで、文字列を追って、物語を眺めるだけではなかったんだ…。


その思いが胸に染み込んでくると、すぐに目元が熱くなってきた。

「ルカ、さっきも言ったが、私は、ルカが許嫁で、よかったと、思ってるから…へ、返事…」


「ええ、えと…きゅ、きゅうすぎ…ぼ、ぼくも…っ!?」

途端に、背筋にどすぐろい冷たさを感じてた。

「な、なにこの圧力…」

「背中に石を背負っているようだ…」

三人とも不気味な雰囲気を感じ取って、強張ってしまう。


しかし、僕はこの力に覚えがあった。

それはベルも同じようで、顔を見合わせる。

「これ、サキュバスの村の時の…」

「…似ているな」

アル救出をしにいったとき。


僕だけが見た、サキュバス達が一瞬にして灰と化す力の波動と酷使してる。

「…アルマエルマかもしれない」


「アルマエルマだと!?…大変だっ!!」

アルマエルマという単語を聞いたとたんに、目の色をかえたベル。

「力は魔王城へ向かっている、まずいぞ。現代の魔王が危ないっ」

「は…なんでアルマエルマが魔王を…?」

「その話は後だ、魔王城へ急ぐぞ」

真剣なまなざしのベルに後押しされて、飛び出すように僕達三人は魔王城へ急いだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――