朝、剣と剣がぶつかり合うような音が響いていて、僕は体を勢いよく起こした。

「追っ手か?!」

急いで剣を片手に外へ飛び出したはいいものの、朝日が眩しくて視界が真っ白になってしまった。

…しまった、これでは格好の餌食!

しかし、僕へ攻撃を加えるような気配もなく。

戦いの音すら止まっているようだった。

真っ白な視界が、徐々に色を含んでくるようになるとその現場で何が起きていたかを理解した。

そして、恥ずかしさで頬を掻くことしかできない。

「あはははっ!追っ手かっ!だってっ!!」

ちなみにベルは一瞬きょとんとした次に、腹を抱えて笑い転げていた。

何をしていたかというと、ベルとグレスさんが剣の打ち合いをしていただけだった。

「はは…。ベル、どうやら昨日の夜、話をしたみたいだね」

笑い転げていたベルがビクッと体を強張らせた。

口をパクパクして「バ、バれれてててる…」

「ベルの姿を見ても驚いていないみたいだからね」

朗らかに笑うグレスさんだが、割と鋭い。

ベルが硬直してるのも加えて若干、怖い。

「ベル、稽古続けるよ」

「あっ、はい」

起き上がったベルとグレスさんが再び剣の打ち合いを始める。

今の一件で集中力が切れたのだろう、一度目を瞑って落ち着かせようとしている。

それからベルが剣を打ち、それをグレスさんが防いでいきく。

次は逆のパターン。

攻撃と防御を交互に繰り返し、次第にパターンではなくそれがランダム化していく。

素早い攻防戦が繰り広げられていく。

「へぇ、これがグレスさんが行っている稽古か…」

僕がアリスに教わったようなチート技じゃなく、本当に基本に忠実なものだ。

ベルの息が次第に上がっていき、余裕のある表情が苦いものへ変わる。

眉間にしわが寄り、眼光が次第に強くなる。

「はぁはぁ、まだ、まだっ!…」

息が上がってきてから、ベルのペースは大分乱れてきていた。

今までの流れるように剣を防ぎ、剣を打つのではなく、力任せに剣を振り、はじいている。

長期戦では、これは命取りになるだろう。ムダが多すぎる。

「ベル~。無駄が多いぞ、腕に力入りすぎてるから力を抜いて、グレスさんの動きをよおく見るんだ」


二人の戦いに横槍を入れるのは釈然としないが、ベルには段々と変化が訪れてくる。


腕の力が和らいで、剣の動きが滑らかになってきた。


苦い表情で力んでいた目から力が抜けており、すぅっと細められていた目でグレスさんの動きを読み取っている。

「はぁ、はっ…」

グレスさんは僕の方をチラッと見てから、口元に笑みを零す。


その間もベルの攻撃を防いでいるので、相当腕が立つんじゃないかグレスさん。


「はぁっ!!!」

両手で持った剣を切り上げて、グレスさんは後ろに少しだけ飛ばされた。

「うん、いいよ、良くなってきてる」

「はぁ、はぁ…」

ベルとグレスさんの呼吸の差はいうまでもない。

「ねぇルカ君、さっきのアドバイス…」

訝しげな視線を僕へ注いでいたグレスさんが、笑って僕を稽古へと誘ってきた。

まぁ、あのアドバイスで勘付かれても仕方ないかな。

僕は一度も駆け出しとか新米とか言っていないけど、なんだかそんなイメージが強いらしい。なんでだろうねぇー。

あぁ、そうか、LV1のスライムにてこづっていたからか、てへぺろ。

「いや、僕は大丈夫ですよ…」

「その剣が嫌だ、というのならば変わりの剣を持ってくるよ?」

多分、僕のこの気持ち悪い剣のことを言っているのだろう。

確かに、この気持ち悪い剣を振り回して稽古なんてしたくない。

それにしても出会った当初から執着しているフレーズ「気持ち悪い剣」

「あはは、グレスさんと稽古なんてしたって手も足もでないですよ」

苦笑いしながら、またやんわりと断る。

「そうですよグレスさん、ルカと稽古したところで~」

何気なくベルが、良いフォローをしてくれた。

なんか知らんがありがとうベル!ジングルベル!

「うむ」

即座に賛同した。

なんでこんなに稽古を断るか、というと。

僕が教えてもらった技という技は、アリスから貰ったチート技。

元々、「対魔物」として教えてもらったから、人間相手に使っていいのか微妙なとこ。

今まで人間っぽい魔物に使ったことはあるのだが、生身の人間というと…。


「まぁ、そこまで言うのなら、ね」

渋々といった風にグレスさんは折れてくれた。

「グレスさん、どうしてあそこまでルカに?」とベルが疲れ果てて座り込んでいる状態からグレスさんを見上げる。

「まぁ、新鮮かなっと思ったんだけどね。ルカ君は意外と強情だよ、はは。それより、疲れたろう、水浴びでもしてきなさい」

ベルは頷いて、僕に対して「覗くなよ」という一言を残して去っていった。

「のぞかねーよ!?」

もう見えなくなった背中に言うが、もう聞こえてないだろう。

「ルカ君、すまない」

ベルの一言が聞こえていたのだろうか?

もちろん冗談だってわかってる。

グレスさんは真面目だなぁ…。

「い、いや、あっちも冗談で…」

その瞬間、僕はなぜグレスさんが謝罪をしたのか理解した。

グレスさんの拳が僕の腹部めがけて迫ってくる。

「くぅっ…」

すぐに剣を抜いて防いだ、のだが…。

その場に留まることを知らない衝撃波は、僕の体を軽々と吹き飛ばした。

剣を伝ってくる振動で両手は麻痺している。


「な、に…?」

吹き飛ばした張本人は、変わらず穏やかな表情を浮かべている。

「やっぱりルカ君は駆け出しの勇者なんか、じゃないね、わかっていたけど」


ゆっくりとした足取りでこちらへ向かってくるグレスさんの笑顔が怖い。

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更新ペース遅くてすみませんっ