人々の騒がしく行き交う音。

それが、僕の感覚器官の中で一番始めに察知した違和感だった。

薄っすらと目を明けると、そこは暗い闇の中とか、そういうわけではなくて。

どこかの街の広場のようなところにボーと突っ立っていたのだった。

「ここはっ…」

上には青空が広がり、目の前には、噴水が水を吐き出している。

もしかして、本の中に箱庭的なものがあるのだろうか。

僕はそう考えて辺りを見渡してみる。

風も、空気も、街並みも作り物っぽくなくて、自然なものであるし。

決定的なのが、この街に僕も一度は行った覚えがある。

僕が勇者になってから、初めて村を出て訪れた町。

「「イリアスベルク」」

そういえば、ここでグランベリアと対峙したことあるなぁ、と思いつつ。

どこか街並みが古臭いのが気になった。

「ただの転移魔法なのかな…」

イリアスベルクは古臭くなった所以外は変わり映えがしない。


むしろ注目するべき所はその一つの変化なんじゃないか。そう思考を巡らしていたところで。


「こらぁっ!!!盗んだもの返しなさいっ!!!」

と、野太いおじさんの叫び声が聞こえて、そちらの方へ視線を移す。

どうやら盗人をおいかけているようなのだが、その犯人は少年と、魔物の少女だった。


「へへ、やだよぉーだっ」

「うまくいったね」

笑顔で頷きあった二人が僕の横を通り過ぎる寸前に、僕の手持ちの剣も持っていかれた。

ん…?

「って、えぇ!?」

少年の、少年とは思えない素早い盗みに反応できずに呆然としてしまった。

二人は遠ざかっていく。

「ま、まってっ!」

驚きで止まっていた体を何とか動かして、二人を追いかけていく。

よくもまぁ、あんな気持ち悪い剣を盗もうと思ったな…。

僕が盗人であればあんな剣持ちたくもないのだが。


僕は、二人に追いつかない程度の距離を開けて追いかける。

無理に追いついても叱ってもいいのだが、それだと根本的な解決にはならないだろう。

二人がアジトに使っている所でも探りを入れようと考えた僕は、すっかり周りの景色が変化し始めていることに気付かなかった。

「えへへ、おいしい人間の精の匂いがする。」

子供っぽいのに、どこか艶っぽい女性の声が聞こえてから、僕はハッと我に返った。


周りは既に森の中へと姿を変えていて、街から離れてしまっていると伝えている。

チラッと後ろを見ると、最初に戦った覚えるのあるスライムがのそのそついてきていた。

うーん、二人を追いかけてるからスピード落としてるけど、このままじゃ追いつかれちゃうな…。

前を見ると、二人はまだ進もうとしているし。

とその時、目の前にスライムが二人現れた。

「えっ…」

「えへへ、スライムなめちゃだめだよぉ?」

左右に一人ずつ。

か、囲まれた…?

知能の低いスライムでもこんなことができるのかっ。

て、関心している場合じゃない、これはかなりまずいぞ

「見逃して、くれないよねぇ…?」

力ない笑顔を浮かべる僕。

「無理だよぉっ!だって」


「レベル1でも倒せる初期モンスターのスライムが獲物にありつける機会なんてある意味全くないんだよ?」

なぜか哀愁漂う顔で言う。

――確かにっ!!

僕はなんだか同情して泣きそうになった、この子の力になってあげてしまいたいと思ってしまった。

最初のコマンドを選択する時にシステムがわからずにスライムに負けた記憶がいっぱいあr(略

「だから、逃がさないよ」

のそのそと囲んでいたスライムが近づいてくる。

迂闊に物理攻撃しても、スライムボディには効くはずがない…。

そうだ、精霊を呼び出せばっ!!

「シルフっ!!…シルフ?」

「あはは、こんなスライムに囲まれて苦戦している子がシルフなんて呼べるわけないよぉ」

ふ、油断しているの今のうちに呼び出そう。

―――――――――――――――

答えない、答えない…!?

シルフもノームも、ウンディーネもサラマンダーも声すら聞こえない。

一体、この世界はどこなんだ…っ!?



――「大丈夫かい」

突然、渋い男性の声が聞こえて、スライム達の顔が引きつる。

「ひっっ…、この魔力…」

周りを威圧するような馬鹿でかい力を僕も感じた。

スライム達が一斉に振り返ると、木々の影から若い男性が現れる


「こんな魔力、相手にしてられない…っ」

苦い表情を浮かべて散っていくスライムを追いかけることはせずに、男性は僕へ近づいてくる。

「全く、新米の冒険者が装備もせずに外出なんてしちゃいけないよ」

優しそうな微笑むを浮かべている。

僕は新米じゃないんだけどね・・・。

なんだろう、旅人だろうか…?

「すいません、その装備がぬすまれてしまいまして…気付いたらこんなところに」

「なるほど、それはこの剣のことかな」

男性の大きな背中に隠れていたのは僕の剣だった、紐に吊るして気持ち悪そうにしている。

「…新米の勇者がこんな気持ち悪い剣を手にしているなんてなぁ」

「あははっ失礼つい口から」と誤魔化す男性。

僕も最初に手にする剣がこんなに気持ち悪いなんて思わなかったよ。

「それより、その剣を持っているってことは…」

「あぁ、すまないな…。私の息子が迷惑をかけたようでな」

すると、男性の後ろからバツの悪そうにして現れたのは二人の少年少女。

「ほら、アル、ベル。謝りなさい」

「ごめんなさい」「すいませんでした」

少年はアル、少女はベルというらしい。

「あはは、こうして返してくれたから別にいいよ」

「後で街の人達にも謝りにいかないとな…」

「お父さん、あいつお父さんのこと悪く言ってたんだっ!!だから盗みをして…」

男性を見上げて、怒りを露にするアルという少年。

すると、男性はアルの頭を優しく撫でた。

「でもなアル、盗むことが良いことではないだろう?何度もいうが盗みはやめなさい」

「は、はい…」


少しだけ縮まっているアルに対して、僕は思うことがあった。

――僕の剣、なんで盗まれたの!?

この状況でそんなこと言えないのだが、僕は激しく聞いてみたかった。



「すまないねこんな所を見せてしまって。私の名前はグレスだよ、君の名前は?」

「えっと、僕の名前はルカです」

「そうか、ルカ君、か…良い名前だ」

優しい笑みを浮かべる男性、色々とわけありにように見えるが。

「ところで、ベル?でしたっけ、魔物ですよね…?」

「あぁ、この子は旅の途中でな偶然一緒になってね。息子とは仲がいいんだ」

「アルといると、楽しいから」

ベルは僕たちの話を聞いてそう答える。僕はどこか、この子に見覚えがあった。


緑色の鱗に覆われた体、トカゲのような尻尾。

あの人物を重ねる。

「グランベリア…?」

僕はベルを凝視してそう呟いた。

「グラン、ベリア??何それ…?」

ベルはかわいらしく首を傾げている所から、本当に何も知らない感じだろう。

「そのグランベリアと、ベルと何か関係があるのかい?」

「いや、関係があるっていうか、面影が…」

…ん?

僕はこの会話に違和感を覚えた。


「えと、グレスさんって旅をしてたんですよね」

グレスさんはきょとんして僕を見つめている。

「あぁ、ちょっと昔に勇者の真似事を」

「…グランベリアを知らないの、ですか」

「そのグランベリアというのは、人の名前なのかな?」

本当に知らないみたいだった。

――おかしい…。

勇者であるのなら、グランベリアは知っていて当然だ。

対立したり、共闘したりして僕はグランベリアの名前を聞くのは当たり前になっているのだが。

彼女は魔王四天王の一人だ、勇者や旅人が耳にして当然の単語。

そんな噂すら届かないような場所に住んでいたのだろうか。

「いや、なんでもないです…それより」

アリスのことを聞けば、この世界のことがわかるかもしれないと確信を得て質問を続けようとしたのだが…。

「っとと…こんな所で人間の男二人が話しているから魔物の気配が強くなってきたみたいだね」

途端に目を細めて、周囲を見渡すグレスさんと同じくして僕も魔物の気配を感じ取った。

そういえばここは町から離れた森の中だ、魔物がいて当然といえば当然である。

「一旦私の家へ場所を変えないかい」

「いいのですか?」

「あぁ、ついてきて」

「ここからちょっと歩くだけだよ」

アルは僕の見上げて、笑みを零す。

どうやら、警戒されていたりしているわけではないようだ。

グレスさんが先陣を切って、町の方ではなく森の中へと進んでいく。

「えっ…」
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グランべリア前篇開始。