遠くにサキュバスの村が見える。

僕たちがいるのは少し外れたところ。

「ルカちゃん、ここの先にね、私の両親の家があるの」

「アルマエルマの両親…」

人間の両親はよく聞くけど、魔物の両親っていうのはとても珍しいのではないだろうか。


そう深くはない森へ入っていくと、ひっそりと佇んでいるぼろぼろの家があった。

手入れされている様子も、人が住んでいるような様子もない。


アルマエルマは気にすることなく家の中へと入っていく、中も外見と同じく寂れてしまっていた。

彼女はリビングへと入ると、僕の方へ振り返る。

「ちょっと色々あって忘れてたけど、ここが両親の家だって思い出したの」

「思い出した…?」

ていうことは、今まで忘れてしまっていたって事だろうか。

テーブルとイスには人為的なように思えるヒビが所々に入っていたり、自然ではできないような深い傷も所々に見受けられる。

ここで一体何があったのだろうか…。

「これは…」

テーブルの上には、写真が一枚だけ置いてある。

色あせた一枚の写真、父、母、子のような三人が写っている。

アルマエルマも同じように覗き込み、その写真を手に取る。

「これが両親…子供の頃も変わってないなぁ、私」

そう呟いて微笑む。

その瞳には遠い昔を懐かしそうにするのではなくて、何かに苦悩しているモノだった。

「…ちょっと怖かったんだここに来るの、ルカちゃんが一緒に来てくれてよかった」

「そ、そう…それならよかったよ」

実際僕にはいまいち状況が把握できていなかった。

「アルマエルマは、昔のこと覚えてないって事なの?」

しかし、聞かないことには始まらないと思った僕は、ストレートに聴いてみることにした。

「えぇ、私もつい最近ぼんやりと思い出したの、ここが私の家だって」

「なんで忘れていたか、覚えてないって事…?

「えぇ、そうなのよ…」

アルマエルマらしくない苦い表情で頷く。

ぼろぼろの家、ツタの這い回るリビング。

所々傷ついたイスやテーブル。

この光景から察するに、思い出したとしても、それが果たして楽しい思い出で済まされるかというと、そうではない気がする。

それに、彼女の両親が生きているのであれば、それなりのアクションをしてもおかしくないはず。

「…アルマエルマは思い出したい?」


「えぇ、当たり前よ」

いつになく真剣な声に、僕も協力してあげたい気持ちになった。

「たとえ、それが辛くて苦しい思い出、でも?」

「だとしてもよ。だって私の思い出、私が思い出すべきモノだから」

「そっか」

だったら僕の答えは一つだろう。

「僕に出来ることがあれば、なんでもいって」


それからぼくたちは家を出た。

アルマエルマは少しだけ落ち着きたいからと、僕を置いて飛び立っていってしまった。


僕は「うん、少しだけ休みな」といってアルマエルマを送り出したものの…。

「あれ、僕置いていかれてない!?」と、自分が外れたところにぽつんと置き去りにされたことに気がついた。


でもまぁ、「僕飛べないから一回町まで運んでから、休んでくれないかな?」とはあのムードでは言えない。

言える奴はガッツありすぎ。

「平和が訪れても、心に平穏が訪れることはないってことかな…」


僕は失礼ながら、もう一度アルマエルマ宅へと戻ってみる。

自分の方でも可能な限り情報を集めてみることが必要だと感じた。


戻ってみると、やはり凄惨な状況が伺える。リビングに置いてあった本棚は何とか無事なようだが。

そういえば先程本棚をアルマエルマが見ていたな。

少し申し訳ないと思いながらも埃を被った本を手にとってみる。

その内容といえば、魔法の使い方や魔法陣の組み方といった魔法に関しての知識のもの。

サキュバスと言えば、そこらへんの魔物とは違って魔法を使う傾向にあるから、この本が本棚にあっても不思議ではない。

そして、その本と同じ棚にある本をもう一冊とって見ると、そこには剣に関しての知識。

僕も同じように剣を使い手であるため、つい読みふけってしまった。

三冊目には肉弾戦で有利になる戦い方の本。


…なんだか物騒な内容の本が多いなとか思いつつ。

てっきり昔のアルバムがあるかと思いきや、ここの棚には戦闘の関しての知識が豊富に詰め込まれていた。

それも、サキュバスが扱う種類をはるかに超えて。

一体、アルマエルマの両親はどういった経緯でこんな書物を…。

三冊分だけ空になった本棚の奥、隙間に隠れているように一冊本が置いてあった。

僕は何か不穏な者を感じてその本を手にとる。

隙間に隠れていただけあって、そこまで分厚くない本の名前は


―――「過去への誘い」

今までの本とは、何か雰囲気が異なっていた。

テーブルへその本を置くと、僕はページを捲る。

捲るたびに、気持ちが沈んでゆくのを感じる。



そこには、悲しい過去が鮮明に記載されていたのだ。


強力なサキュバスと、人でありながら人の域を超えた勇者の出会いと、悲劇。

人といっても千差万別であるが、その「人」と言うくくりを超え、天使と神にも匹敵する力を持った者が現れた。

人々はその勇者の力を目の当たりにして。


「魔王を倒せるかもしれない」という可能性を見出す。

そんな期待の最中、勇者はある一人のサキュバスと恋に落ちてしまう。

魔物と人の禁断の愛と、、二人の間に生まれた子供。


強力なサキュバスと人を超えた、神とも呼べる勇者。
二人のハイブリット。



しかし、強すぎる力を幼い体で制御することはできなかった。


その少女は村の大半を壊滅させることとなる。


それから少女はサキュバス村を追放されそうになるも、彼女は既に記憶も力までも失ってしまっていた。

そんな彼女を追い出すことは、できかったようだ。



「…その少女はその後一体」

最後であろう一文を読み終えてからページを捲ってみるも、続きが書かれていることもなく、日付や著者の名前すら書いていなかった。


最後の一ページはただの色あせた白。

「…」

僕はその色あせた白を見つめて、込み上げる悲しい気持ちを今は落ち着けようとした。

一体なんでこのような本が、両親の家の棚に置いてあるんだろうか。

それに、この本の物語はもしかして・・・。

僕は目を伏せながら、そのページを見つめる

すると突然、魔方陣が浮かび上がってきた。

「なっ…」

即座に剣を抜き、本を一刀両断しようとするも、まばゆい閃光に視界が奪われていく。

「くっ…」


本に魔法陣なんて最悪だ…。

あの本自体が偽者で、本当は最後のページのトラップを発動させるのが目的だとしたら…!!

背筋が凍った。

このまま本に取り込まれて、一生を過ごすというのもありえるのだ。

「ぐ、グランベリア…」

僕の脳裏に浮かんだのは、頼りになる仲間の一人、グランベリアだった。

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