あれ、僕は一体…。

頭がぼぉーとしているのに、唇の感触はとても生々しく熱っぽい。

目を開けると、彼女の顔がすぐそばにあった。

頬には朱色が差して、目を力いっぱいに閉められたまま。

「ぅんっ!?」

今何が起きているのかを認識すると同時に、僕の目は見開いて、驚きを隠せないでいた。

パピー、が生きてる…?

パピーはゆっくりと目を開けて、僕が起きていることに驚いたのかビクッと体を揺らして、僕の唇から離れていった。

「お、起きていたのか…」

そして、照れたように下を向いてしまう仕草が妙に可愛らしく思えたが。

今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

「パピー、生きているの…?」

何を言ってるのだ?と首をかしげるパピー。


キスをされたことなんてもうちっぽけなものだった。

彼女が生きている、それだけで心臓が張り裂けそうなほど嬉しかった。

「昨日から記憶が曖昧なのだ。ずっと暗闇の中だったのだ。…でも、ルカの声は聞こえていた、暗闇の中でルカの姿は見えていたのだ」

そっか、僕の声は届いていたんだ…。

「ルカの手を掴んだと思ったら、あたしがずっと掴まれていたことに深夜気づいたのだ」

深夜、深夜…?

「それって…」

僕は先程まで体験した、冷たくなったパピーを思い出す。

「ルカの体温を感じながら少しだけ寝てしまって、明け方になって目が覚めたら、ルカがうなされていたのだ…だから…どうすれば、わからなか、たのだ・・・」

と、最後の方は照れてもごもごとなってしまう。

ということは、僕が見たパピーは夢の中パピー…?

それがわかると、僕は安堵の息を付いて、ベッドへ突っ伏した。

「よ、良かった…。パピーが死んじゃうような夢を見たんだ」

そう言いつつ、僕は泣いてしまっていた。


パピーが生きてくれていて、本当によかった…。

すると、人間の手の平とは違う。少しだけ刺々しい手が僕の頭へ当てられ。

傷つかないように、優しく頭を撫でられた。

「ありがとうなのだ、ルカ」

まだ涙を溜めている僕が彼女の表情を伺うと。


そこには、いつものような元気いっぱいの笑顔ではなくて。

優しく見守る、母親のような笑顔を浮かべたパピーがいた。

いつか、パピーに子供が出来たらこんな笑顔をするのだろうか。



僕はその時ある、確信を持った。

パピーの種族が人間のせいで希少と化した事実を変わらないけれど。

彼女とならきっと、その種族の共存へ導くことができるはずだ、と。

そんなことを思っている、扉の外で何やら騒がしい音が聞こえた。



「ちょ、押さないでってば!」

「●REC」

「何をとっているのじゃ!?カチッ」

「……今何か押すような音聞こえたけど?」

「見えないんだけど、僕も見たいよ~」

「パピーちゃん元気なのぉ?」

「た、たまも様、だめですってっ!」

僕は呆れ顔で扉を見つめていると、その人達の圧力に耐えられなくなったのか、扉が倒れてきた。


その扉の上には何人もの魔物達がのっかっており、それぞれ悲鳴をあげたりしている。

「ぐへっ」

「たまも様だめです!たまも様が乗っかってしまったら、内蔵が破裂してしまいますよ!?」

「どういうことじゃ!?」

デリケートなところを突かれたたまもはショックを受けている。

「重いんだけど…。僕の体は頑丈だからいいけどさ」

布団を重ねたように魔物達が重なっている現状で、パピーはあははっと笑っていた。

「何してるの…」

魔物達は上の方から散らばって行く。

「いやいや、ウチはパピーの病状を見に来たのじゃ、そしたら二人がムフフなことをしておるからのぅ、邪魔してはならぬじゃろう?」

たまもは口に手を当てて、頬が緩んでいるのを誤魔化した。

「たまも様がルカとドラゴンパピーがムフフなことしているからとおっしゃっていたので、気になって見に来たの」

妖狐はたまもがしでかしたことを暴露してくれた。

「こ、これ!妖狐!」

「こ、これ!妖狐!・・・じゃないわ!たまも!!」

僕はすぐにたまもとの距離を縮めて頬を引っ張った。


「い、いひゃいのじゃ~、すまんひゃったのじゃぁ…」

「……ちなみに、ヤマタイ村にそれを言いふらして歩いていたのもたまもよ」

「え、えるべてぃふぇ!!」


次はこめかみをグリグリしてやる。

「っ!?、あたたたっ、いいいいいたいいたいいたいのじゃ!」

あまりの痛みに上下にぶれ続けたたまも。

解放してやると、赤くなった頬とグリグリしたこめかみを抑えて少しだけ倒れた。

顔面から床にくい込むたまも。

「教育係のウチが、おしおきされるとは…」

「……ルカの浮気者」

エルベティエが不吉な一言を言ったような気がするが、気にしないでおこう。

「……ルカの不倫者」

「いや、おかしいでしょ!?」

そもそもエルベティエと婚約すらした覚えがないのだが。

「また、ドラゴンパピーを救ってくれたね。もうただの勇者じゃなくて、ドラゴンパピーにとっては救世主様だね」

元盗賊団の一人、ゴブリン娘は笑顔でグットラックポーズをしていた。

「ゴブリン娘もありがとうな」

「ところで、昨夜、あたしには何があったのだ…?」


ドラゴンパピーはキョトンとした顔で、この現状を把握していなことを暴露した。

僕達みんなは顔を合わせて呆然とした。

「「「「覚えてないの…?」」」」

「のだ」


昨日精一杯、パピーを看病していたメンツは転けそうになってしまう。

「うむむ…。実はのぅ…」

教育係兼年長者のたまもが、この事件の概要を説明し始めた。

時間が経過するにつれて、パピーは驚きで固まってしまった。

口と目が比例して大きく開かれる。

「そ、そんなことがあったのだな…。」

「……とっても危険だった」

「そうだよ、パピーちゃん…」

ずっと彼女の看病をしてくれていたエルベティエとスライム娘の声が上がると、パピーは「ありがとうなのだ、二人がいなかったら、あたしはここにはいないのだ」

と感謝の言葉を述べる。

「たまもも、パピーを保護してくれてありがとうな」

ついでにデコピンをお見舞いしてあげると「お礼の言葉と行動が一致してないのじゃ…」と覗き見していたことは反省しているのか、反撃はしてこない。

そして額を抑えて床にめりこむ。

その動作何なんだ…?

「僕も頑張ったからね」

「久しぶりなのだゴブリン娘。助かったのだ、ありがとう、なのだっ!」

元盗賊団同士だけあって、僕達とは違う通じ合うものがあるのか、二人はグットラックポーズを取る。

「最後にルカ」

「あはは、僕は何にもしてないよ、ただ手を握っていた…」





「愛してるのだ」


「ブッ」

盛大に吹き出してしまう僕。

今までの病室の雰囲気が一変したことを、この場にいたみんなは感じたはずだ。

驚きや納得の表情を浮かべて、みんなパピーを見つめる。

中には口を半分開けてしまっている者もいる。

「ま、間違えたのだっ!い、今のなし、嘘なのだ!!ありがとうのま、まちがぃ…いや、嘘ではないのだっ!あたしは、いや、ちが…」

パピーは顔を真っ赤にさせて口をパクパクとさせている。

多分、体温は上昇してるんだろうなぁ…。

「もしかしたら、この病は、恋の病だったのかもしれんのぅ」



「誰がうまいこと言えっていった」

得意げに胸を張るたまもへそんなツッコミをしてみたのだった。

「あ、あのその、本当にありがとうなのだ、ルカ」


両手の指を弄びながら、上目遣いでそういうパピーはかわいかった。

「どういたしましてっ」