もしかしたら、まだ迷っている僕自身が、妖狐と駆け落ちする行為に対して拒絶してしまったのかも、しれない。

そう考えるととても情けなくなってしまう。


未だに確実な決定をできない自分に。


翌朝、僕はそんなことに頭を働かせながら起きた。

腕の中には、いつ移動したのか。

僕に強く抱きついている妖狐がいつもより小さく丸まっている。


昨日は唇を尖らせて、終始不機嫌にしつつも腕を強く組んだり、つねってきたりとかわいらしい行動をしていた。

怒っているのだかふざけているのだかよくわからなかったけど。

そっと妖狐を起こさないように傍へ置いておき、一階へ降りる。

二人が住むにはとても大きすぎる空間がそこには重く支配していた。


「この家の大きさといい、たまもの一言といい、妖狐にはまだ、何か僕が知らないことがある、はず…」


今現在一番気になっているといえばその点なのだ。

妖狐の表情、言葉、仕草。一つ一つが僕の疑問をつのらせていく。


もっと、妖狐のことを知ってみたいと思った。


「おはよぅ…」

後ろで妖狐の眠そうな声が聞こえる。

「おはよう」

僕が妖狐の方へ振り向くと同時に

----玄関が大きな音を立てて開かれた。


遠くの方で、恐怖心を掻き立てられるような破壊音が聞こえる。

「妖狐ちゃん、ルカさん!逃げてっ!!魔物が襲ってきたの!!」

「な、なに!?」

近所の狐が慌てて飛び込んできた。

「オスメス関係なく捕食する魔物よっ!早く逃げないと私達も危ないわっ!」

僕は昔の癖だろうか、立てかけてあった剣を手に持ち、まさに飛び出そうとしてしまう。


勇者であった時の僕であるのなら当然の行動

しかし…。

「ルカ、だめ、行かないでっ!!!」

今まで、聞いたことのない叫びのような声が響いた。

僕の右腕は、妖狐の震える両手で抑えられてしまっている。

「よ、妖狐…一体…?」


「だめだめ、だめだめっ!!」

首を横を小さく何度も振り、駄々をこねる子供のように僕へすがりついた。

「妖狐、今は一大事だぞ!?そんな駄々をこねている場合じゃないだろう!」

「行かないで、行ってしまったら…」

妖狐の腕を柔らかく振りほどき、彼女の肩に両手を置くと悲しげな瞳が揺れていた。

「妖狐、僕は勇者なんだ。ここの住人たちを君は嫌いかもしれないけど、僕はほっておけないんだ」

違う違うよと言う妖狐の頭を僕は優しく撫でた。

「大丈夫、心配しないで、必ず戻ってくるから」











――――その一言が届いたあたしは呆然とあなたの背中を眺めるしかできなくて


遅れて精一杯伸ばした手は


空気をつ掴むばかりで…。


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次回 ラストスパートへの道。

「自分が 一番嫌い」

妖狐は僕の耳元で小さく呟いた