それから夜も更けていき、宴会はお開きとなった。

魔力で満開になっていた木は元の緑を取り戻して、住人達のいなくなった広場は閑散としていた。

「主役である僕を除いてみんな帰っちゃうなんて、何かひどくないかな」


あははっと苦笑いしつつ、帰っていくみんなを横目に、一人で桜を眺めて帰らない僕が悪いんだけどね。

「主役」に、そして「帰らない」か・・・。

随分と短い間にここに住む気まんまんになってしまったなぁ。

「ルカ」

静かな夜に、たまもの小さな声が響いた。

「たまもか・・・。まだ帰ってなかったんだ」

しかし、僕はそれほど驚くことはなかった。

なんとなくだけど、来るのではないかと予想はしていたからだ。

「お主に話がある」

巨木の下、僕とたまもは視線を交わしている。

「最初に言っておく。この里の歓迎会に出席したのならば、もう、この里から抜け出すことはできぬぞ?」

いやらしい笑みを浮かべるたまも。

いや、出席って・・・。

「ここの狐達は仲間意識が特に強いからのぉ・・・。抜け出そうとすれば住人総出でお主を捕まえに来るじゃろう」

瞬間、少しだけ寒気がした。

僕が抜け出して、追っかけてくる狐達を想像してしまった。

「まぁ、そこらへんはお主のことじゃ、気にするわけでもないのじゃが・・・」

といいづらそうに視線をそらすたまも。

先程までの表情が嘘のように、真剣な顔をしていた。

「・・・妖狐のこと、かな?」

「そうじゃ」


いつも笑っているイメージのあるたまもが、ここまで真剣な表情をするのを。

僕は初めて、見たかもしれない。

そんな雰囲気に当てられてか、僕の背筋はピンッと張っていた。

「あやつは、妖狐は・・・とても恵まれてるとは言えない環境で育ってきたのじゃ」

恵まれない、環境…。

「・・・ウチからの頼みじゃ、妖狐をこれ以上・・・悲しませんでやってくれ。そして、妖狐に幸せを与えてやってくれ・・・」

それ以上は語らず、たまもはゆっくりと消えていくように去っていった。

少しだけ放心状態の僕を残して。




妖狐に対しての感情が入り乱れている

最初は不安や心配、これから自分がどうなってしまうのかという感情だけだったのに。

たまもの一言で、笑顔がとてもかわいい妖狐のイメージがぐらついてしまったから。






妖狐の家へと帰宅すると、家の中は暗闇で静まり返っていた。

今のうちに狐の里から抜け出すことだってできただろうけど。

僕はそんなこと考えもしなかった。

今は、妖狐のことが気になってしまっている


ギィィと木と木が軋む音がして、二階の寝室の扉を開くと

ベッドが三つあった。

母親と  父親と  そして妖狐のベッドなのかもしれない。

妖狐は真ん中の少しだけ小さなベッドには寝ていなくて。

片側の大きなベッドで、何かを強く掴み取ろうとしているかのごとく布団を抱いていた。

僕はそんな妖狐を見つめて、反対側の大きなベッドへ横になる。

今日あった出来事を思い返しながら、意識が遠のいていくのを感じられた。

続く

―-――
次回


「ねぇ、ルカ、どこか遠くへ行かない?」

僕たちの間に一際強い風が通り過ぎる。