しばらく泣き続けたフランドールは落ち着きを取り戻して、俺の足へ座った。
どうして、あんな行為に移ってしまったのかは俺も不思議で仕方なかった。
だけど、助けたかったという思いは本当である。
「なんでだろう・・・神無といると、すごく安心する」
心地良さそうな顔で、フランドールはそう言う。
先までうろたえていた俺は何処へ行ってしまったんだろうな。
「フランドール、あの」
「フラン」
俺が言葉を発する前に、フランドールは自分の名前を口にした。
「えっ?」
「私のこと、フランって呼んで・・・よ!私は神無って呼んでるのに・・・不公平だよ」
説得力のない説明をするフランを、かわいいと思ってしまうのであった。
フランは、多分・・・。寂しさを紛らわすために遊んでいたんだ。
遊んでいる時だけが、他人と接することができて、孤独を忘れさせる。
力の制御ができないフランは、そのせいで生物を殺してしまう。
フランはこういう接し方を知らなかっただけなのかも・・・しれない。
すると、上からドカドカと騒がしい音が聞こえてきた。
「神無、死なないで・・・神無!!」
この薄暗い牢獄の部屋へと下りてきたのは、声からしてパチュリーだった。
「あれ、ぱ、パチュリー?」
「か、神無・・・生きてたの!!・・・って、何してるの」
荒い息遣いの中、うろたえながら降りてきたパチュリー。
俺の足へ座っているフランを見た瞬間、固まった。
そして、じとーとした目をこちらへ向ける。
「・・・とりあえず、外へ出ない?」
「え、えぇ・・・」
「か、神無!もう行っちゃう・・・の?」
立ち上がった俺を見上げて、フランは言う。
「一緒に来る?」
「うんっ!!」
満面の笑みを浮かべるフラン。
「ま、待って、危険よ・・・」
パチュリーは俺達を止めようとする。
「大丈夫、俺がついているから」
フランと手を繋いで、俺達は地上へ出た。
外へすでに朝を迎えていたのが窓から差し込む光でわかる。
地霊殿からフランの牢獄へと・・・。
ろくに太陽の光が届かない場所にいただけあって、時間の感覚はマヒしていた。
「神無、こっち」
パチュリーが一際大きな扉を開くと、そこは長く続く食堂。
その先には、見覚えのある姿があった。
「れみぃ・・・!!」
俺達の食堂へ入ると、開いた扉は勝手に閉まった。
「ブツブツブツブツ!!!」
パチュリーはずかずかとその人物へ歩み寄りながら、すごい速さで文句を言っていた。
俺とフランも続いてみると、それは、この館の主人であり、俺をフランの牢獄へ落した張本人だった。
「あ、レミリアお姉ちゃんだぁ」
レミリアというらしい。
「えっ?」
パチュリーの説教らしきものをいやいや聞いていた主人が、その声にすっとんきょんな声をあげる。
「フ、フラン!?ど、どうして・・・」
「神無が連れて来たのよ。もう大丈夫だ~!!って言って」
「そ、そう・・・ま、まぁ、とりあえず、適当に掛けて」
何がどう大丈夫なのかわからないのだろう、困惑の表情を見せる。
そして、紅茶を優雅に飲む主人だが、頬に汗を垂らしていた。
三人が席へ付くと、紅茶の入ったカップを置いて。
「フラン!!どうして外へ来たの!!、あなたは力の制御ができないのよ!?」
「お姉ちゃん、もう大丈夫、神無が大切な事、教えてくれたから」
ニコニコと笑うフランが俺の腕へ抱きついた。
「・・・その、神無とか言ったかしら・・・その・・・」
「れみぃ!」
「わ、わかってるわよ!!ご、ごめんなさい・・・」
主人はペコッと深く頭を下げた。
「最近、あたしの存在位置が全く変わってる気がして、かっこつけてみたかっただけなのよ・・・!!」
ブツブツと何かを言う主人。
ごめんなさい、新入りなので存在位置わかりません。
「もう、れみぃったら!!神無は私の友達なのに、こんな危険な目に合わせて・・・。死んでいたらどうするの!!」
「私の運命では・・・そういう運命だったのに・・・」
ギシギシと歯をこすり合わせる。
「れみぃぃぃ!!!」
「わわわかったわよ!」
頬にいくつもの汗を垂らして主人が言う。
なかなか、こんなに怒るパチュリーも見たことない。
「でも・・・私の運命を変えるなんて・・・一体あなたは何者・・・」
「もう、神無はこれでも幻想郷にとっても馴染んでるから、神無が死んだって聞いたら、どうなってたか・・・」
「どどどうなってたのよ?」
めちゃくちゃきょどりながらの主人の、紅茶を持つ手がビクビクしている。
「多分、神無に救われた妖怪達が一斉に紅魔館を破壊しに来たわよ」
「っ!?」
そういう考え方もあるんだなー。とボケーと考えていると、フランが服の袖を引っ張った。
「その、神無・・・。ありがとうっ、とっても嬉しかった・・・」
「あぁ、なんだか、昔の俺に似ていたから」
昔の俺と重ねてしまって、助けてあげたくなったのかもしれない。
地霊殻の、こいしのように…。
「そうなの?」
そんな君を救えたのも、紫のおかげなんだ。
偶然の連鎖が人を救うなんて。
まるで、そんな運命が待っていたみたいじゃないか。
紫は、それを予想していたかのようだ。
「あ、そうだ。あたし名乗っていなかったわね。あたしはレミリア・スカーレットよ」
「スカーレットにお姉ちゃんってことは、やっぱり姉妹なのか」
「ちょっとぉぉ!話逸らさないの!」
「はぃぃ・・・頭が固い人は疲れるわぁ・・・」
疲れきった声のレミリアと、怒っているパチュリー。
「何か言ったかしら?」
「いぇ・・・なんでも」
同じくらいの身長の二人が、怒って、怒られて。
面白い光景ではあった。
まるで橙とナズーリンがど突き合いを始めたように。
「あ、俺の名前は・・・」
「知ってるわよ、白鳥神無でしょ?」
レミリアが「そんなの当然よ」と言う誇らしげ顔を見せると
ガシャーンという食器を落とす音が部屋に響いた。
レミリアの誇らしげな顔を見て食器を落としたのではないと願う。
「ちょっと、どうしたのよ?」
レミリアが困惑の表情になる。
「し、失礼しました・・・すぐに片付けます・・・」
その子はこの館のメイドのようで、手が滑ってしまったのだろうか、おぼんの上の食器をすべて落していた。
訓練されているのか、とても手際がよかった。
なぜか、チラッチラッと俺を見ているのが不思議であったけど。
「もう・・・説教する気なくなっちゃった・・・」
「それは、ありがたいわ・・・」
しょぼーんとした顔で二人は言う。
「あ、あの・・・」
隣から声をかけられたので振り向くと、先ほど食器を落したメイドが立っていた。
「し、白鳥・・・神無さん・・・ですか?」
「あ、えぇ、そうです・・・けど」
フランはメイドを見つめて首を傾げた。
「・・・もしかして、あなたの妹は白鳥あ・・・」
「ちょっと、今の音は何!?」
大きな扉を開いて出てきたのは、昨日俺と多少、話をしたメイドさんであった。
確か、十六夜…咲夜とか言ったと思う。
「あ、あの私が食器を落してしまいました・・・」
「そぅ、こっちへきなさい、一日説教よ・・・」
「ちょっと待ってくれ」
俺に声をかけた女性の首根っこを掴んで去っていこうとするのを、俺は制止する。
「どうかしましたか?」
「・・・今、俺に何て言おうとしたんだ?」
白鳥という単語は聞こえてきた。
この人は、もしかしたら俺の先祖をしっている妖怪なのかもしれない。
「・・・あなたの妹は、白鳥・・・杏という名ですか」
咲夜は手を離してくれたようで、食器を落としたメイドは地に足を付けた。
「そ、そう・・・だけど?」
だけど、妹はもう、すでになくなっている。
そんなことまで知っているなんて、現実と情報を得ることができる類の妖怪なのだろうか。
それとも、紫が酔っ払った勢いでしゃべってしまったとか・・・。
「あ、あの・・・・・・もしかして・・・お兄ちゃん?」
えっ…?
その言葉を聞いた途端、俺は頭が真っ白になっていた。
「お兄ちゃん・・・って・・・・・・え、まさか・・・」
俺は固まってしまう。
いや、そんなことはあるはずないだろう。
だって、妹は行方不明になって・・・。
「私、白鳥杏です!」
すると、ある一つの予想が頭へと浮かんできた。
早苗が言っていた、現実世界の住人から、記憶が消えてしまうという事実。
そのような事実があるのであれば・・・杏の場合も可能ではないの・・・かと。
「杏・・・なのか」
「お兄ちゃん・・・!お兄ちゃん!」
俺の肩を両手で掴んで嬉しそうにピョンピョンと跳ねる杏。
寂しさから解放されたウサギに似ていた。
・・・思いもよらぬ、感動の再開を果たしてしまった。
周りは無言で俺達二人を見つめる。
みな、驚きの表情をしていた。
「・・・あたしのメイドに、神無の妹が潜り込んでいたなんて・・・」
「と、とりあえず、杏・・・だっけ?す、座ったら?」
「は、はい!」
パチュリーに言われて、フランの隣へ腰掛ける杏。
杏はフランと同じようにニコニコしていた。
「・・・神無、どういうことなの?」
なんか今日は色々と騒がしいな・・・。
「それは、あたしから説明させてもらうわ」
聞こえるはずのない声が聞こえて驚いてしまう。
「「「わっ」」」
「やっほ~、神無」
「ゆ、紫・・・」
聞こえるはずのないっていうか、紫はいつどこで声が聞こえても逆に不思議じゃないのか…。
突然、隙間から現れた紫が、イスに腰掛ける。
気付かないうちに。咲夜も腰掛けていた。
「なんか、紅魔館で引っかかることがあると思ったら・・・こういうことだったのね」
俺と杏を見比べて頷く紫。
「いや、そんな大事なこと、忘れないでよ・・・」
「ふふ、ごめんなさい」
紫はサラッと流す。
「杏はね、幼い頃からとても力が強かったの、幼いから制御もろくにできないようだから、あたしが紅魔館へ杏を落したの」
「そんなこともあったような気がするわね・・・」
「レミリアには、強い力を懐にいれるチャンスーとか言って、無理矢理任せたんだけど・・・」
「そうそう・・・力は発揮しないで消えちゃったみたいだけど、でも、メイドしてはとても良く働いてくれているわ」
満足げな笑顔を見せるレミリア。
俺としては大問題なので満足ではない。
「現実世界の、記憶の消し方失敗しちゃって、とりあえず行方不明として処理したんだけどね・・・」
次に不満げにこぼす紫。
「そ、そうなんですか!?私、現実世界では行方不明になっているんですか」
「あぁ、だから、俺は杏が死んでいると思ってたんだよ・・・」
「なんか、私のわからないところで話が進んじゃってるわ」
「そうだねぇ~」
と、おいてけぼりを喰らっているフランとパチュリーが呟く。
「そぅ・・・白鳥さん、そんなことがあったの」
咲夜が真剣に呟く。
咲夜はとりあえず、話についてきているみたいだった。
でも、白鳥は二人いるから、せめて名前にしてくれ・・・。
「でも、よかった・・・この世界に家族がいてくれて、お兄ちゃんも、紫さんに落されたの?」
「あぁ、まぁ・・・俺も力が暴走しそうだったから落されたんだよ」
「そっか・・・お母さん元気?」
残酷なことを言う杏であるが、真実を知らない者の顔はキラキラとしていた。
「・・・」
「神無、言ってあげた方がいいわ」
「うん・・・母さんも、家族も死んでしまったんだ・・・」
「そ、そんな・・・どうして!」
「・・・家族と旅行へ行く予定だったんだけど、俺は風邪をこじらせて家で休んでいたんだ。翌日、交通事故で・・・」
「・・・そ、そんなぁ・・・」
悲しそうに俯く杏。
「それも、三年前の話だよ」
「その間、神無は孤独で苦しみ、心を病んで、力を暴走させてしまうところだったの」
そう付け加える紫。
「そうだったんだ・・・お兄ちゃん、ごめんね」
「えっ?」
「お兄ちゃんだけに、色んなもの背負わせちゃって・・・」
「・・・でも、杏が今生きているのは、紫のおかげかもしれない。あの時、杏が現実世界にいたらさ、家族と一緒に旅行へ行ってしまったかも知れないんだから」
「お兄ちゃん、前向きだね」
「それも紫たちのおかげだよ。俺を救ってくれたのは、紫達なんだからさ」
「親愛なる白鳥家の為になら・・・♪」
杏は悲しい表情をしたけど、俺の言葉を聞いて笑顔に戻ってくれた。
「・・・いい兄弟ね」
レミリアがポツンと呟く。
「お姉ちゃん!私達もいい姉妹だよぉ~」
「あはは・・・そ、そうね」
俺達兄妹と同じように、スカーレット姉妹も楽しく雑談。
でも、レミリアは若干引きつった笑顔。
「ってことは・・・紫、俺が地霊殿 から帰ってくると同時に紅魔館へ落したのか?」
「ん?・・・いや、寝てたのよ」
ほげーとした顔で言う紫。
「・・・」
俺の予想は儚く散っていってしまった。
何か、違う意味があると思ったのに・・・。
そこらへんのかっこいい小説やアニメの主人公にはなれなかった。
なるつもりもないがな。
「紫さん、紫さんは、どこでも落すことができるんですか?」
「えぇ、まぁ・・・」
上品に紅茶をすするレミリアと紫。
お嬢様勝負もいいところだ。
「じゃあ、お兄ちゃんと・・・一緒に現実世界へ帰ることもできますか?」
「「「「えっ」」」」
「できるわよ」
しかし、お嬢様を保ったのは紫だけであった。
紫以外は紅茶を噴出す勢いだった。
「そ、そうですか・・・。お兄ちゃん、一緒に現実世界へ帰ろうよ・・・!」
フランを乗り越えて、俺の両手を握る杏。
「ちょっとまちなさい杏!!それは主人である私が許さないわよ!あなたは特に真面目で仕事も熱心なんだから、あなたみたいなメイドがいなくなっちゃうと私も不便なの!」
と、一生懸命、杏を説得するレミリア。
「そ、そうですよ白鳥さん!!メイド長である私も、勝手な仕事放棄は許しません」
咲夜、白鳥は二人いるから名前で呼んであげて・・・。
「では・・・今日でメイドの仕事を辞めます」
「「ええええええっ!?」」
咲夜とレミリアが取り乱す。
「ねっ?お兄ちゃん、一緒に新たな生活、始めようよ・・・!」
「いや、でも難しいんじゃ・・・。杏、学校にも通ってないし!そ、それに、家も今残ってるかどうか・・・」
「それだったら、あたしが手配するわ」
紫が何気なくいったその一言が、杏をヒートアップさせる。
「じゃあ、今すぐ家に帰って、勉強教えてよ!私、頑張るから・・・!!」
どうして、杏はここまで現実世界へ帰ろうと懸命なんだろうか。
「なぁ・・・杏、どうして、そんなに現実世界へ帰りたいんだ?」
「・・・お兄ちゃんには、紫さんみたいな温かい人がいてよかっただろうけど、私が落されたのはこの紅魔館・・・。いきなり仕事の教育をされて、周りには怖い妖怪ばかり・・・」
「杏・・・」
「知らない人が大勢いるこの館で過ごした日々。幼い私にとっては・・・とても心細かったの」
「そう・・・か」
「杏、そんな思いでこの館で仕事をしていたのね・・・」
初めて聞かされる真実に、レミリアは申し訳なさそうに呟く。
「そうだったの・・・。紅魔館なんかに落してしまって、ごめんなさいね」
「なんかって何よ!!」
「あたしも、色々と忙しくて、面倒が見れなかったの・・・」
レミリアのきーきーうるさい突っ込みは華麗にスルーされた。
紫は珍しくしょんぼりとした表情になり。
「お兄ちゃん、私の気持ち・・・わかるよね?・・早く、現実世界に帰って、平和な日々を送りたいの・・・私は・・・」
そう言って、俺の返答に期待の色を見せる。
「・・・」
「か、神無、なんとか説得しなさいよ!!このまま・・・じゃ、杏が現実世界へ帰っちゃうのよ!?」
レミリアが顔を突き出してそう言うけれど・・・。
俺にはどうしていいかわからなかった。
このまま、幻想郷を去ってしまった方がいいのか。
それとも・・・。
杏はこの幻想郷に残ることを望んでいないんだ。
・・・…。
答えは出ないまま、黙ってしまう。
「神無、明日の朝に現実世界の扉を開くわ。・・・それまでに、どうするか・・・決めておきなさい」
いつのまにか、俺の隣へ来ていた紫が静かに呟く。
「神無の力は十分治まってるから・・・。ここに残るのも、現実世界に行くのも・・・神無が決断しなさい」
肩に手を置いて紫は隙間の中へ消えていってしまった。
「・・・神無に杏、今日も泊まっていくといいわ」
レミリアが真剣に呟いた。
「はい」「ありがとう」
集まっていたみんなが俺に深刻な視線を向ける。
俺はそれに耐えられなくなって、紅魔館を出た。
今は独りで、答えを出したい。
「神無・・・とってもつらそうな顔していたわね・・・」
その後の沈黙を破ったのはパチュリーだった。
「神無、ここに来て間もないのに、そこまで悩むことなのかしら」
レミリアが頭に?マークを乗せている。
「私としては、大事なメイドを失ってしまったほうがショックなのよ・・・杏!!今ならまだ間に合うわよ!?戻ってきなさい」
「い・・・嫌です!レミリアお嬢様・・・。私は現実世界へ帰ってお兄ちゃんと平和に過ごしたいんです!!」
両手の握りこぶしを胸に当てて、お嬢様へ反論する。
「神無の悲しい顔、私は見たくない・・・。神無の笑顔をずっと見てたいの」
フランは幼い口調で、自分の意思を言う。
「あんなつらそうな神無、初めて見たわ・・・」
パチュリーも冷静に述べる。
「・・・お兄ちゃん・・・」
みんなの意見を聞いて、不安が渦巻いてきた杏。
どうして、あんな行為に移ってしまったのかは俺も不思議で仕方なかった。
だけど、助けたかったという思いは本当である。
「なんでだろう・・・神無といると、すごく安心する」
心地良さそうな顔で、フランドールはそう言う。
先までうろたえていた俺は何処へ行ってしまったんだろうな。
「フランドール、あの」
「フラン」
俺が言葉を発する前に、フランドールは自分の名前を口にした。
「えっ?」
「私のこと、フランって呼んで・・・よ!私は神無って呼んでるのに・・・不公平だよ」
説得力のない説明をするフランを、かわいいと思ってしまうのであった。
フランは、多分・・・。寂しさを紛らわすために遊んでいたんだ。
遊んでいる時だけが、他人と接することができて、孤独を忘れさせる。
力の制御ができないフランは、そのせいで生物を殺してしまう。
フランはこういう接し方を知らなかっただけなのかも・・・しれない。
すると、上からドカドカと騒がしい音が聞こえてきた。
「神無、死なないで・・・神無!!」
この薄暗い牢獄の部屋へと下りてきたのは、声からしてパチュリーだった。
「あれ、ぱ、パチュリー?」
「か、神無・・・生きてたの!!・・・って、何してるの」
荒い息遣いの中、うろたえながら降りてきたパチュリー。
俺の足へ座っているフランを見た瞬間、固まった。
そして、じとーとした目をこちらへ向ける。
「・・・とりあえず、外へ出ない?」
「え、えぇ・・・」
「か、神無!もう行っちゃう・・・の?」
立ち上がった俺を見上げて、フランは言う。
「一緒に来る?」
「うんっ!!」
満面の笑みを浮かべるフラン。
「ま、待って、危険よ・・・」
パチュリーは俺達を止めようとする。
「大丈夫、俺がついているから」
フランと手を繋いで、俺達は地上へ出た。
外へすでに朝を迎えていたのが窓から差し込む光でわかる。
地霊殿からフランの牢獄へと・・・。
ろくに太陽の光が届かない場所にいただけあって、時間の感覚はマヒしていた。
「神無、こっち」
パチュリーが一際大きな扉を開くと、そこは長く続く食堂。
その先には、見覚えのある姿があった。
「れみぃ・・・!!」
俺達の食堂へ入ると、開いた扉は勝手に閉まった。
「ブツブツブツブツ!!!」
パチュリーはずかずかとその人物へ歩み寄りながら、すごい速さで文句を言っていた。
俺とフランも続いてみると、それは、この館の主人であり、俺をフランの牢獄へ落した張本人だった。
「あ、レミリアお姉ちゃんだぁ」
レミリアというらしい。
「えっ?」
パチュリーの説教らしきものをいやいや聞いていた主人が、その声にすっとんきょんな声をあげる。
「フ、フラン!?ど、どうして・・・」
「神無が連れて来たのよ。もう大丈夫だ~!!って言って」
「そ、そう・・・ま、まぁ、とりあえず、適当に掛けて」
何がどう大丈夫なのかわからないのだろう、困惑の表情を見せる。
そして、紅茶を優雅に飲む主人だが、頬に汗を垂らしていた。
三人が席へ付くと、紅茶の入ったカップを置いて。
「フラン!!どうして外へ来たの!!、あなたは力の制御ができないのよ!?」
「お姉ちゃん、もう大丈夫、神無が大切な事、教えてくれたから」
ニコニコと笑うフランが俺の腕へ抱きついた。
「・・・その、神無とか言ったかしら・・・その・・・」
「れみぃ!」
「わ、わかってるわよ!!ご、ごめんなさい・・・」
主人はペコッと深く頭を下げた。
「最近、あたしの存在位置が全く変わってる気がして、かっこつけてみたかっただけなのよ・・・!!」
ブツブツと何かを言う主人。
ごめんなさい、新入りなので存在位置わかりません。
「もう、れみぃったら!!神無は私の友達なのに、こんな危険な目に合わせて・・・。死んでいたらどうするの!!」
「私の運命では・・・そういう運命だったのに・・・」
ギシギシと歯をこすり合わせる。
「れみぃぃぃ!!!」
「わわわかったわよ!」
頬にいくつもの汗を垂らして主人が言う。
なかなか、こんなに怒るパチュリーも見たことない。
「でも・・・私の運命を変えるなんて・・・一体あなたは何者・・・」
「もう、神無はこれでも幻想郷にとっても馴染んでるから、神無が死んだって聞いたら、どうなってたか・・・」
「どどどうなってたのよ?」
めちゃくちゃきょどりながらの主人の、紅茶を持つ手がビクビクしている。
「多分、神無に救われた妖怪達が一斉に紅魔館を破壊しに来たわよ」
「っ!?」
そういう考え方もあるんだなー。とボケーと考えていると、フランが服の袖を引っ張った。
「その、神無・・・。ありがとうっ、とっても嬉しかった・・・」
「あぁ、なんだか、昔の俺に似ていたから」
昔の俺と重ねてしまって、助けてあげたくなったのかもしれない。
地霊殻の、こいしのように…。
「そうなの?」
そんな君を救えたのも、紫のおかげなんだ。
偶然の連鎖が人を救うなんて。
まるで、そんな運命が待っていたみたいじゃないか。
紫は、それを予想していたかのようだ。
「あ、そうだ。あたし名乗っていなかったわね。あたしはレミリア・スカーレットよ」
「スカーレットにお姉ちゃんってことは、やっぱり姉妹なのか」
「ちょっとぉぉ!話逸らさないの!」
「はぃぃ・・・頭が固い人は疲れるわぁ・・・」
疲れきった声のレミリアと、怒っているパチュリー。
「何か言ったかしら?」
「いぇ・・・なんでも」
同じくらいの身長の二人が、怒って、怒られて。
面白い光景ではあった。
まるで橙とナズーリンがど突き合いを始めたように。
「あ、俺の名前は・・・」
「知ってるわよ、白鳥神無でしょ?」
レミリアが「そんなの当然よ」と言う誇らしげ顔を見せると
ガシャーンという食器を落とす音が部屋に響いた。
レミリアの誇らしげな顔を見て食器を落としたのではないと願う。
「ちょっと、どうしたのよ?」
レミリアが困惑の表情になる。
「し、失礼しました・・・すぐに片付けます・・・」
その子はこの館のメイドのようで、手が滑ってしまったのだろうか、おぼんの上の食器をすべて落していた。
訓練されているのか、とても手際がよかった。
なぜか、チラッチラッと俺を見ているのが不思議であったけど。
「もう・・・説教する気なくなっちゃった・・・」
「それは、ありがたいわ・・・」
しょぼーんとした顔で二人は言う。
「あ、あの・・・」
隣から声をかけられたので振り向くと、先ほど食器を落したメイドが立っていた。
「し、白鳥・・・神無さん・・・ですか?」
「あ、えぇ、そうです・・・けど」
フランはメイドを見つめて首を傾げた。
「・・・もしかして、あなたの妹は白鳥あ・・・」
「ちょっと、今の音は何!?」
大きな扉を開いて出てきたのは、昨日俺と多少、話をしたメイドさんであった。
確か、十六夜…咲夜とか言ったと思う。
「あ、あの私が食器を落してしまいました・・・」
「そぅ、こっちへきなさい、一日説教よ・・・」
「ちょっと待ってくれ」
俺に声をかけた女性の首根っこを掴んで去っていこうとするのを、俺は制止する。
「どうかしましたか?」
「・・・今、俺に何て言おうとしたんだ?」
白鳥という単語は聞こえてきた。
この人は、もしかしたら俺の先祖をしっている妖怪なのかもしれない。
「・・・あなたの妹は、白鳥・・・杏という名ですか」
咲夜は手を離してくれたようで、食器を落としたメイドは地に足を付けた。
「そ、そう・・・だけど?」
だけど、妹はもう、すでになくなっている。
そんなことまで知っているなんて、現実と情報を得ることができる類の妖怪なのだろうか。
それとも、紫が酔っ払った勢いでしゃべってしまったとか・・・。
「あ、あの・・・・・・もしかして・・・お兄ちゃん?」
えっ…?
その言葉を聞いた途端、俺は頭が真っ白になっていた。
「お兄ちゃん・・・って・・・・・・え、まさか・・・」
俺は固まってしまう。
いや、そんなことはあるはずないだろう。
だって、妹は行方不明になって・・・。
「私、白鳥杏です!」
すると、ある一つの予想が頭へと浮かんできた。
早苗が言っていた、現実世界の住人から、記憶が消えてしまうという事実。
そのような事実があるのであれば・・・杏の場合も可能ではないの・・・かと。
「杏・・・なのか」
「お兄ちゃん・・・!お兄ちゃん!」
俺の肩を両手で掴んで嬉しそうにピョンピョンと跳ねる杏。
寂しさから解放されたウサギに似ていた。
・・・思いもよらぬ、感動の再開を果たしてしまった。
周りは無言で俺達二人を見つめる。
みな、驚きの表情をしていた。
「・・・あたしのメイドに、神無の妹が潜り込んでいたなんて・・・」
「と、とりあえず、杏・・・だっけ?す、座ったら?」
「は、はい!」
パチュリーに言われて、フランの隣へ腰掛ける杏。
杏はフランと同じようにニコニコしていた。
「・・・神無、どういうことなの?」
なんか今日は色々と騒がしいな・・・。
「それは、あたしから説明させてもらうわ」
聞こえるはずのない声が聞こえて驚いてしまう。
「「「わっ」」」
「やっほ~、神無」
「ゆ、紫・・・」
聞こえるはずのないっていうか、紫はいつどこで声が聞こえても逆に不思議じゃないのか…。
突然、隙間から現れた紫が、イスに腰掛ける。
気付かないうちに。咲夜も腰掛けていた。
「なんか、紅魔館で引っかかることがあると思ったら・・・こういうことだったのね」
俺と杏を見比べて頷く紫。
「いや、そんな大事なこと、忘れないでよ・・・」
「ふふ、ごめんなさい」
紫はサラッと流す。
「杏はね、幼い頃からとても力が強かったの、幼いから制御もろくにできないようだから、あたしが紅魔館へ杏を落したの」
「そんなこともあったような気がするわね・・・」
「レミリアには、強い力を懐にいれるチャンスーとか言って、無理矢理任せたんだけど・・・」
「そうそう・・・力は発揮しないで消えちゃったみたいだけど、でも、メイドしてはとても良く働いてくれているわ」
満足げな笑顔を見せるレミリア。
俺としては大問題なので満足ではない。
「現実世界の、記憶の消し方失敗しちゃって、とりあえず行方不明として処理したんだけどね・・・」
次に不満げにこぼす紫。
「そ、そうなんですか!?私、現実世界では行方不明になっているんですか」
「あぁ、だから、俺は杏が死んでいると思ってたんだよ・・・」
「なんか、私のわからないところで話が進んじゃってるわ」
「そうだねぇ~」
と、おいてけぼりを喰らっているフランとパチュリーが呟く。
「そぅ・・・白鳥さん、そんなことがあったの」
咲夜が真剣に呟く。
咲夜はとりあえず、話についてきているみたいだった。
でも、白鳥は二人いるから、せめて名前にしてくれ・・・。
「でも、よかった・・・この世界に家族がいてくれて、お兄ちゃんも、紫さんに落されたの?」
「あぁ、まぁ・・・俺も力が暴走しそうだったから落されたんだよ」
「そっか・・・お母さん元気?」
残酷なことを言う杏であるが、真実を知らない者の顔はキラキラとしていた。
「・・・」
「神無、言ってあげた方がいいわ」
「うん・・・母さんも、家族も死んでしまったんだ・・・」
「そ、そんな・・・どうして!」
「・・・家族と旅行へ行く予定だったんだけど、俺は風邪をこじらせて家で休んでいたんだ。翌日、交通事故で・・・」
「・・・そ、そんなぁ・・・」
悲しそうに俯く杏。
「それも、三年前の話だよ」
「その間、神無は孤独で苦しみ、心を病んで、力を暴走させてしまうところだったの」
そう付け加える紫。
「そうだったんだ・・・お兄ちゃん、ごめんね」
「えっ?」
「お兄ちゃんだけに、色んなもの背負わせちゃって・・・」
「・・・でも、杏が今生きているのは、紫のおかげかもしれない。あの時、杏が現実世界にいたらさ、家族と一緒に旅行へ行ってしまったかも知れないんだから」
「お兄ちゃん、前向きだね」
「それも紫たちのおかげだよ。俺を救ってくれたのは、紫達なんだからさ」
「親愛なる白鳥家の為になら・・・♪」
杏は悲しい表情をしたけど、俺の言葉を聞いて笑顔に戻ってくれた。
「・・・いい兄弟ね」
レミリアがポツンと呟く。
「お姉ちゃん!私達もいい姉妹だよぉ~」
「あはは・・・そ、そうね」
俺達兄妹と同じように、スカーレット姉妹も楽しく雑談。
でも、レミリアは若干引きつった笑顔。
「ってことは・・・紫、俺が地霊殿 から帰ってくると同時に紅魔館へ落したのか?」
「ん?・・・いや、寝てたのよ」
ほげーとした顔で言う紫。
「・・・」
俺の予想は儚く散っていってしまった。
何か、違う意味があると思ったのに・・・。
そこらへんのかっこいい小説やアニメの主人公にはなれなかった。
なるつもりもないがな。
「紫さん、紫さんは、どこでも落すことができるんですか?」
「えぇ、まぁ・・・」
上品に紅茶をすするレミリアと紫。
お嬢様勝負もいいところだ。
「じゃあ、お兄ちゃんと・・・一緒に現実世界へ帰ることもできますか?」
「「「「えっ」」」」
「できるわよ」
しかし、お嬢様を保ったのは紫だけであった。
紫以外は紅茶を噴出す勢いだった。
「そ、そうですか・・・。お兄ちゃん、一緒に現実世界へ帰ろうよ・・・!」
フランを乗り越えて、俺の両手を握る杏。
「ちょっとまちなさい杏!!それは主人である私が許さないわよ!あなたは特に真面目で仕事も熱心なんだから、あなたみたいなメイドがいなくなっちゃうと私も不便なの!」
と、一生懸命、杏を説得するレミリア。
「そ、そうですよ白鳥さん!!メイド長である私も、勝手な仕事放棄は許しません」
咲夜、白鳥は二人いるから名前で呼んであげて・・・。
「では・・・今日でメイドの仕事を辞めます」
「「ええええええっ!?」」
咲夜とレミリアが取り乱す。
「ねっ?お兄ちゃん、一緒に新たな生活、始めようよ・・・!」
「いや、でも難しいんじゃ・・・。杏、学校にも通ってないし!そ、それに、家も今残ってるかどうか・・・」
「それだったら、あたしが手配するわ」
紫が何気なくいったその一言が、杏をヒートアップさせる。
「じゃあ、今すぐ家に帰って、勉強教えてよ!私、頑張るから・・・!!」
どうして、杏はここまで現実世界へ帰ろうと懸命なんだろうか。
「なぁ・・・杏、どうして、そんなに現実世界へ帰りたいんだ?」
「・・・お兄ちゃんには、紫さんみたいな温かい人がいてよかっただろうけど、私が落されたのはこの紅魔館・・・。いきなり仕事の教育をされて、周りには怖い妖怪ばかり・・・」
「杏・・・」
「知らない人が大勢いるこの館で過ごした日々。幼い私にとっては・・・とても心細かったの」
「そう・・・か」
「杏、そんな思いでこの館で仕事をしていたのね・・・」
初めて聞かされる真実に、レミリアは申し訳なさそうに呟く。
「そうだったの・・・。紅魔館なんかに落してしまって、ごめんなさいね」
「なんかって何よ!!」
「あたしも、色々と忙しくて、面倒が見れなかったの・・・」
レミリアのきーきーうるさい突っ込みは華麗にスルーされた。
紫は珍しくしょんぼりとした表情になり。
「お兄ちゃん、私の気持ち・・・わかるよね?・・早く、現実世界に帰って、平和な日々を送りたいの・・・私は・・・」
そう言って、俺の返答に期待の色を見せる。
「・・・」
「か、神無、なんとか説得しなさいよ!!このまま・・・じゃ、杏が現実世界へ帰っちゃうのよ!?」
レミリアが顔を突き出してそう言うけれど・・・。
俺にはどうしていいかわからなかった。
このまま、幻想郷を去ってしまった方がいいのか。
それとも・・・。
杏はこの幻想郷に残ることを望んでいないんだ。
・・・…。
答えは出ないまま、黙ってしまう。
「神無、明日の朝に現実世界の扉を開くわ。・・・それまでに、どうするか・・・決めておきなさい」
いつのまにか、俺の隣へ来ていた紫が静かに呟く。
「神無の力は十分治まってるから・・・。ここに残るのも、現実世界に行くのも・・・神無が決断しなさい」
肩に手を置いて紫は隙間の中へ消えていってしまった。
「・・・神無に杏、今日も泊まっていくといいわ」
レミリアが真剣に呟いた。
「はい」「ありがとう」
集まっていたみんなが俺に深刻な視線を向ける。
俺はそれに耐えられなくなって、紅魔館を出た。
今は独りで、答えを出したい。
「神無・・・とってもつらそうな顔していたわね・・・」
その後の沈黙を破ったのはパチュリーだった。
「神無、ここに来て間もないのに、そこまで悩むことなのかしら」
レミリアが頭に?マークを乗せている。
「私としては、大事なメイドを失ってしまったほうがショックなのよ・・・杏!!今ならまだ間に合うわよ!?戻ってきなさい」
「い・・・嫌です!レミリアお嬢様・・・。私は現実世界へ帰ってお兄ちゃんと平和に過ごしたいんです!!」
両手の握りこぶしを胸に当てて、お嬢様へ反論する。
「神無の悲しい顔、私は見たくない・・・。神無の笑顔をずっと見てたいの」
フランは幼い口調で、自分の意思を言う。
「あんなつらそうな神無、初めて見たわ・・・」
パチュリーも冷静に述べる。
「・・・お兄ちゃん・・・」
みんなの意見を聞いて、不安が渦巻いてきた杏。