ドスンッという鈍い音とともに、硬い扉のようなものが閉められた。

まず、状況を把握できなかった。

俺は、館の主である部屋にいた。

光はきちんと視界を照らしていたはずなのに。

今は、ぼんやりとした火が闇を照らし、地下へと続く階段に、俺は足をつけている。

当たって欲しくない考えの方が正解してしまった。

多分、この館の住人は俺に何かしようと企んでいる。

この闇でぼやけている階段の先には何かがあるのだろう。

俺に危害を与えるものであることは確かなんだ…。

しかし、ここで立ち止まっていても仕方ないことには気付いており、おそるおそる一段一段下がっていく。

先ほど、鈍い音と共に閉められた扉は開くはずがない、そう俺の心は呟いており、扉を開けようとはしなかった。


どうして、紫はこんな危険な場所に俺を落としたのだろうか。

咲夜は紫のことを知っていたし…。

全く、行き先、行き先、こんなことばっかりに巻き込まれている気がする。

唯一の希望である隙間も今は反応しない。


完全に隔離されているため、今までとは比べ物にならないぐらいの不安がざわめいている。

凶暴な妖怪が待っているのか、それとも強大な力を持った魔物が封印されているのか。

死ぬまで回る歯車に逆らえないまま、俺は階段を降りきった。

そこも相変わらず薄暗く、なんとか視界を繋いでいるのはぼんやりとした火だけである。

地下室にしては小さな部屋であり、牢獄が数個連なっている。

まるで…監禁する場所のようだ、硬い扉といい、薄暗い部屋といい、牢獄といい。

そんな不気味な部屋に下りていくように仕向けられた俺は、このまま監禁されるか…。

それとも、監禁されている魔物か、なんかに食べられてしまうのかも。

という、想像力を発揮させており、恐怖心を煽るだけだった。

決して自分から牢獄に近付こうという気はおきない。

奥は暗いから、何がいるのかも認知できないのだ。

監視するために作られたような机とイスに腰掛けると、不愉快なギシギシという音を発する。

ぼんやりとした火をバッグの中にあてて、薄っすらと見えるものを確認する。

…バッグの中には…。持ってきた衣服とか、後は非常食のチーズが残っているのか・・・。

地霊殿からここへ飛ばされてきてしまったため、何の用意もできていない…。

「誰か…いるの?」

驚きで体が少し跳ねてしまった。

幼い声が牢獄から聞こえて、俺はその方向へ身構えてしまう。

暗い闇に奇異の瞳を向けると、奥の闇から少しずつ…少女が現れた。

「・・・…」

少女だからといって侮ってはいけない、牢獄に監禁されている点から見ても、危険だ…。

少女が灯火に当たるところまで来ると、不思議に輝く羽根がみてとれた。

「・・・綺麗な羽根・・・」

それは本当に羽根かどうかなのかも定かではないが、とても綺麗な色を反射させていた。

俺と少女は見つめあいながら、二人で沈黙した。

彼女が危ない存在だと教えてくれる情報は、もう十分にある。

「君は…どうしてこんなところにいるんだ」

俺は刺激しない程度に、そんな質問をした。

「それは・・・」

ギロリッと赤い瞳が俺を見つめる。

「私が、何もかも壊しちゃうから」

俺の危険信号はすでに赤色を示していた。

もしかしたら、あの牢獄にいても俺を壊せるなんて言うんじゃないだろうな。

だとしたらここも危険だぞ…。

「ど、どうして・・・?」

「力の制御ができないからっ」

少女っぽい口調をしているものの、内容はとても怖いものだ。

壊してしまう、つまり、「殺してしまう」ということなのだろうか・・・。

「でもね、ずーっとここに監禁されてもつまらないの、だから時々・・・」

「遊びたくなっちゃうんだ」

えへっと笑うその瞳の奥には狂気が見え、その言葉に、とてもかわいらしい印象は持てなかった。


「ねぇ、あなたの名前はなんていうの?」

「し、白鳥…神無」

「そっかぁ」

ニッコリと笑顔を見せたものの、俺の心は揺るがない。

次の言葉は聞きたくない。

俺はイスに座ったまま、イスごと後ろへ一歩下がる。

階段を登ろう!!

この少女は出て来れないはずだから、登ってさえすれば、命だけは・・・。

「じゃ、じゃあ俺、用事あるから・・・さ」


冷や汗を掻きながら立ち上がり、階段を登ろうとゆっくり歩き出したとき、何かが俺の足を掴んだ。



「なっ!」

とても強い力に、転倒してしまったが何とか手足で衝撃を受け止めた。

ぼんやりする中で、俺の視界が捉えたの骨だった。

「っ・・・!」

人の骨は、肉体のないはずなのに俺の足をガッチリと掴んでいる。

「なんなんだよ・・・」

もがくものの、骨は数を増して、俺の動きをガッチリと封じてしまう。

「くそっ!・・・助けてくれ・・・・」




強い力によって、いつのまにか開いた牢獄の中へ引きずられていく。

「な、なんで開いてんだ・・・」

「開けたり閉めたりできるから」

その間も、少女との距離は縮まっていく。

「くっ・・・」

俺は混乱する頭に呟きかける。


今まで、いくつもの困難を乗り越えてきたじゃないか。

どんなことがあっても、俺はなんとか越えてきたんだ。

例え、死に直面したとしても・・・。


今、俺には待つ人がいる、笑顔を見せてくれる人がいる、寄り添ってくれる人がいる。

こんなところで、死ぬわけにはいかないんだ…。

何を取り乱している。


冷静になれ・・・。


恐怖に惑わされるな・・・。

「私の名前はフランドール・スカーレット」

俺はとうとう、牢獄の中へ入ってしまった。



「遊びましょう?」

牢屋の閉まる音が、不気味に空間を揺らした。