騒がしい昼間の宴会が終わりを告げる夕方。

空が茜色に染まると、カラスが家へ帰れと鳴き始める。

マジで帰れ。

「静かになったけど…」

数時間前まで大勢いた部屋は、すっからかんになってしまった。

どこか寂しく感じる自分がいた。

「あの…白鳥さん」

夕暮れに思いをはせていると、早苗が襖からひょっこり顔を出したのだった。

「あっ、早苗、ごめんね。俺のせいでうるさくなっちゃって」

「大丈夫ですよ。賑やかなのは嫌いじゃないですから」

早苗は縁側に座る。

「白鳥さんは、現実世界から来たんですよね」

「あぁ、そうだよ」



早苗の言葉で、数々の出来事が甦ってくる。

突っ込まれてほしくない部分も多い現実世界。

…早苗も現実世界の人間だったんだよな。

「どうして、白鳥さんは紫さんのお家に住んでいるんですか?」

早苗はそんな質問をしてきた。

俺は言葉を詰まらせてしまう。

昨日、早苗達にはばれてしまっていたのだった。


「無理に話そうとしなくてもいいです」

・・・。


「偶然と偶然が続いて、俺は紫の家でお世話になってる」

そう、遠まわし言っておいた。

「そうですか…。両親が元気でやっていると思いますか?」

「…あぁ、きっと元気だと思うよ。」

それは、俺の両親対してか、それとも早苗の両親に対してなのかわからなかった。

でも…俺が嘘をついてしまったことは、明らかである。

「…私のこと、覚えているでしょうか」

「そんなに幻想郷、長いの?」

「はい、もう現実世界の生活がぼやけてしまいました…」

少し先にいる早苗は、焼けた空を見つめている。

「頭に耳が生えていたり、尻尾が生えていたり…。現実世界ではいるはずのない存在も、もう私の身近になっています」

「あぁ、俺ももう、慣れてしまったよ」

慣れというのは恐ろしい。

今、現実世界の人間が来ても、俺はその人に「この生活が普通」と言えるはずだ。

「慣れてしまえばいくほど、なんだか現実世界が遠くなっていく気がします」

「そうだな…」

今はまだ、現実の生活も覚えている。

でも、いつかは早苗みたいに、ぼやけていってしまうのだろうか。

「すいません、私は嘘を付きました…」

俺に背を向けて、早苗はそう言った。

「えっ…嘘?」



「私の両親はもう、私のことを覚えていないはずです…」

早苗はそう悲しげに呟いた。

「ど、どうして…?」

「私はこちらへ来るとき、私を知る人の記憶を消してきたんです」

「…えっ…、そんな、どうして…」

「多分、白鳥さんもそうなっているはずです」

そんな事実、俺は初めて知った。

「幻想郷の住人となるのならば、現実世界の住人の記憶から消してしまった方が、都合が良いからです…」

忘れられて、しまう…。

「……」

「もう現実世界に居場所なんてないはずなのに、両親の心配したり…現実世界のこと話したりなんて、おかしいですよね」

何かをごまかすように、早苗は下手な笑いを入れて、そう呟いた。

「…ごめん、俺も嘘付いた」

この事実はあまり人に話したくはなかった。

でも、早苗は話しにくいことを、俺に話してくれたんだったら…。

「俺の両親はもういないんだ。家族を事故で失った」

「そ、そんな…」

「独りだった俺を拾ってくれたのが、八雲家だったんだ」

「そうだったん、ですか…」



「白鳥さんは強いですね」

ポツンと呟いた。

「強い?」

「身近な人間を失っても…辛い顔、一つも見せない…」

「…両親を失ったのは結構前で、あの時は随分泣いたよ…。突然思い出すことはあるけど…もう枯れてしまったよ」

両親のことは、今でも悲しい過去として塗り替えることはできない。

でも、涙を流すことはもうなくなっていった。

「私は、白鳥さんみたいに強くなれないです…。今でも、両親の事を思い出して、涙を流すことがあります…」

「早苗…」

「現実世界の生活はぼやけてしまいました…でも、両親の声、両親の温かさは今でも鮮明に覚えています。
もう居場所がないとわかっていながら…私はあの地へ帰りたいと願っているんです…。どうして、あの時両親に何も言わず出て行ってしまったのか…もう一度運命をやり直したいです…」

振り向いた早苗はそう言った。

彼女の瞳には、大粒の涙が溜まっていた。

「早苗、君の両親は、君のことを絶対忘れていないと思うけど?」

「ど、どうしてですか…」

涙の雫を頬に流した早苗。


「俺の両親が生きていたとしたら、俺はそう考えるよ。だってさ」




「脳みそが覚えていなくても、心はきっと覚えているからだよ」


「心…ですか」

「あぁ、感じたもの、触れたもの。すべて心は覚えていると思うんだ。例え、記憶喪失になろうと…ね」




「…やっぱり、白鳥さんは強いです」

手で涙をこすって、早苗はそう言う。

「早苗が現実世界に行くとき、俺もついてってやるよ。居場所ないんだったら、俺を居場所にするといいさ、だろう?」

「…はい」

早苗は泣きながら、笑った。

「なんだか、とっても軽くなりました…。」

「それは良かった」

「自分でも、そう言ってくれる人を探していたのかもしません…。安心を得るために」

「現実世界の話だから、わかってくれる人、いないもんな」

「はい…」

気がつくと、茜色の空は闇に飲み込まれていた。


妖怪が活発になる、夜の始まりだった。

「後で、夕食を運んできますね」

「悪いね…」

「いぇ…ありがとうございました、白鳥さん」




「なんかあったら、また話してくれよ?」









「はいっ」

笑顔で早苗は頷いて、この場を去っていった。