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声が聞こえてすぐ、俺の目は、光を取り戻した。

全身を包み込む柔らかい感触。

「…」

気がつくと、俺はベッドで寝ていた。

視界には天井が映っている。

「あっ…俺…」

体を起こすと、痛みなど感じることは無かった。

もしかしたら、あまりにも傷害がひどすぎて痛覚すら失われているということもある。

しかし、そういうことでもないらしい、きちんと感触を感じているのだから。

だけど、生きているだけでよかった。

両手の平を見つめて、自分が生きていることを全身に把握させる。

「生きてるんだ…俺、また、笑えるんだ…」

「し、白鳥!?気付いたのか!!」

部屋のドアを開けて入ってきた妹紅が、俺に気付いた途端に、傍にまで寄った。

「あぁ!」

あのでかい炎喰らったはずなのに、熱さや痛みもなく、包帯すら巻いていない。

とても不思議な気分だった。

「俺は一体…」

あの瞬間、一体何があったんだろうか。

「お前、三日も寝てたんだぞ」

「えっ!?俺、三日も寝てたのか…」

あの出来事が、つい数分前にも思えてくる。

「あの時あたしが作った炎は、一瞬にして消えたんだ…何がなんだかわからない」

「俺は、炎を喰らっていないのか…」

誰かが妹紅の炎を無力化してくれたんだ。

そうじゃなければ、俺は今頃…。

もしかしたら、紫かもしれない。

隙間を使ってあの炎を違う次元に飛ばして、くれたのかも…。

あのでかい炎を無力化できるばかでかい力を持っているとしたら、紫ぐらいだからな。

「まぁ、白鳥が無事で何よりだ…。色々と言いたいこともあるが、今日はやめておくか」

多分、以前喰らった説教の強化バージョンであろう。

「ははっ…」

「ナズーリンも、お前のことを心配して、ずーと張り付いていたんだぞ」

「そうなのか?」

「今は、他の部屋で休んでいる、三日三晩付っきりだった」

「…そっか、すまないな、心配かけて」

「そうだ、ナズーリンにちょっかいを出していた奴はあたしがボコボコにしておいたぞ」

ふふんと勝ち誇った顔をする妹紅

「なんというか、なにからなにまでやってもらって、ありがとうなっ」

激しい足音がして、

突然、勢い良くドアが開いた。

「か、神無…!」

俺を見るなり、その人物は弾丸のようにベッドへ飛び込んできた。

「よかった…本当によかった…。神無が無事で!!」

ネズミの尻尾をフリフリさせているナズーリン。

あれ…ナズーリンって、俺のこと神無って呼んでたっけ…。

「ナズーリンも無事で安心した。ありがとうな、看病してくれて」

「ううん、それより、神無が生きてくれて、私嬉しいぞ…」

ナズーリンはいっそう愛おしそうに、瞳を輝かせる。

「そして、私を守ってくれたのも…救ってくれたのも…」

「神無だ」と小さく呟いて、

ベッドの布団ごと抱きついてくるナズーリン。

何かいつもと雰囲気が違うぞ、まだあの症状が治っていないのかな?

いやでも、あの黒い感じとは違うし…真逆だし。

「グチグチ言うのやめておこうと思ったが、やっぱりやめだ」

眉間のシワを寄せた妹紅が、腕を組み仁王立ちでそう言った。

「へ?」

「神無、お前は本当に危なっかしいな、全く無茶ばっかしやがって…バかんな」

いやいや、君はさっきまで俺のこと白鳥って言ってたじゃないか…。

「これからは、あたしがずっと監視してやらなきゃならんな」

そっぽを向いて妹紅が言う。

待て、妹紅、君はどんだけ暇なんだ。

「それは…気持ちだけ受け取っておくよ」

「なっ、なんだと…!?」

先ほどよりも深いしわを眉間に刻みこむ妹紅はとてもショックを受けたらしい。

一歩後退して固まっていた。

「ずーと見られているのも、行動しずらいから」

「まぁそうだな」

ふむと頷きつつも。

「なんだよ……連れない奴…」

そう、罰が悪そうに呟いた妹紅。

「あらあら、二人にラブラブしてもらってるのかしら、神無?」

「えっ」

いるはずのない人物の声に、驚いてしまった。

声の主はきっと紫だ。

…しばらくして紫は、俺の頭上から出てきた。

「一体どこから出て来ると思ったら…」


「神無!!無茶しちゃだめって言ったでしょぉ~!!」

ポコポコと俺の頭を叩いて出てきた橙。

「神無、心配したんだぞ」

藍も遅れて出てきて、俺にそう言葉をかけてくれた。

「あぁ、橙も藍もごめんな。明日いっぱい遊んでやるから」

橙の頭を優しくなでると、気持ち良さそうに目を細めた。


「私は遊んでもらう立場ではないよ!?」

「え、でも、藍、俺が幻想郷行くとき…」

「あぁ!!言うなバカ」

顔を真っ赤にしながら、手で口を塞がれた。

「わかったわかった」

藍の手を無理矢理どける。

「それよりも、神無は自分のことを気にするべきだ!無茶したら、神無が死んでしまうかもしれないのだぞ?」

妹紅と同じような意味を持つ言葉を藍はのべた。

「そうだな…」

でも、傷ついている人が目の前にいるのなら、俺は助けたいと思ってしまうんだ。

許してくれ…。




「やいナズーリン!」

なんでか、ずっとベッドの上にいるナズーリンを指差して橙が、悪役っぽいセリフを口にした。

「そこは橙の特等席!今すぐどけぇ~!!どかないと、ひ、引っ掻いちゃうよぉ!」

「ふん、いい度胸だね」

ナズーリンはベッドから降りて、橙とにらめっこを始めた。

また始まったよ…。

まぁ、楽しそうで良かった。



「妹紅、神無の看病、ありがと」

「あっ、俺からも、ありがとうな」

紫と俺は、妹紅に対して感謝の言葉をのべた。

「お、おぅ。そういや、神無があたしん家へ来た時も、隙間に吸い込まれていったな…。何か関係があるのか?」

疑問の視線を紫へ向ける。

「まぁ、色々と事情があるのよ。聞きたければ本人に聞くといいわ」

「あたしは話してもいいのだけれどね」と一言付け足して、俺の方を見る。


「そうか…」

妹紅もチラッと俺を見る。

あまり、そういった事情を説明したくないんだけどな。

俺は首を横に振っておいた。




「神無、帰ったらケーキ作ってくれないかな?」


突然、口をもごもごさせながら藍がそう頼んだ。


「あ~、ケーキね。うん、オッケー」

いつか、八雲家にパウンドケーキを作ったんだった。

あの時はみんなから好評を頂いたので、今度はもっと別バージョンを作って喜ばせたいね。

「ありがとう」

にっこり微笑んだ。

そんな笑みを見せられたら、頑張るしかないでしょ。

「藍、今そんな場合じゃないでしょ?」


「構わないって紫、そんなのお安い御用」

どちらかというと、そういった話をしてくれた方が、心の負担が軽くなる。

「神無、怪我はもう大丈夫なの?」

「おぅ、怪我なんてしてないさ、だって、紫が助けてくれたんだろう?」

「…?まぁ、そんなことはいいわ、それより、家に帰りましょ?」

紫がそう提案する。

「うん、八雲家へ帰ろう!」

俺は嬉しさのあまり、声を張り上げていた。

帰れるんだ、な。

「妹紅にナズーリン、お世話になったね・・・。本当にありがとう」

俺は頭を下げるが、ナズーリンは聞いてなかった。

妹紅は「おぅ」と頷いてくれた。

「橙、帰るよ」

「あ、はい!…この勝負はおあずけ!」

「いいだろう…!」


…君らは何の喧嘩しているんだ?

「神無、またな。あんまり無茶はしないでくれよ」

「あたしの寿命が縮むから」と妹紅。

妹紅には寿命なんてないはずなのにね。言葉にはしないけどそんな失礼なことを思った。

「神無、本当にありがとう。君のおかげで私は、本当の自分を取り戻すことができた、君は命の恩人だ」

「当たり前さ、だって俺達は」

「「大切な友人同士なんだから」」

ナズーリンと俺は笑顔を交し合った。

「二人とも元気でな」


俺達四人は、隙間へ消えていった。

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八雲家はいつも通りのままだったけど。

いつも通りじゃなかったらそれはそれでショックなわけだけどね。

それにしても、帰ってこれた喜びに心は満たされていた。

「…戻ってきたんだ、俺は」

意識を失った直後の思念を、この状況が浄化してくれている。

「おかえり、神無」

「ただいま…紫、藍、橙」

「あぁ、おかえり」

「おかえりなさい、神無!」

四人は笑って、いつもの日常へ戻っていった。






続く