翌朝、バッグを片手に、昼食やら飲料水やらを詰め込んだ。

「藍、これあげるよ」

数学の教科書と問題集を手渡した。

「ほ、ほんと!?これはありがたい」

目を輝かせて、ページをめくる速さと目の早さを比例させる。

「それじゃ、行って来るよ」

どこへ落とすとかもう、どこでもいいから、とりあえず、霖之助という人の店につけばいいと思う。

「神無ぁ、気をつけてね。絶対、無茶しちゃだめだよ!」

前回の出来事が頭に焼き付いているのか、念入りに橙はそう言う。

「じゃあ、神無、いってらっしゃい」「神無、気をつけて」「神無、無茶しちゃだめからね!?」

「じゃ」

軽く手を振って切り目に入ると、闇に飲み込まれていった。

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闇に慣れた目で、光の眩しさに苦労して数分。

あたりは緑豊かな森が広がっていた。

「ふぅ…。とりあえず、霖之助とかいう人の店を探すか」

紫は地図を持たしてくれず「自分の足で探すことも大切よ」そう言った。

つまり、この地の住人に聞いて周ればいいと言う事だ。

…。

自分の足で探すと言うのも、楽しいものだろう。

そう思い込んでいた最中、目の前にそれらしい店を発見した。

「・・・あっさりそれっぽいの見つかると、拍子抜けしちゃうなぁ」

紫は言っていることとやっていることが違うなぁ・・・。

店に近付くと、白黒の服、白黒の帽子をかぶって、黄色を髪をした少女が店から出てきた。

「じゃ、またくるぜ」

少女とは思えない口調を残して、この店を去ろうとしていた。

「ねぇ、ちょっと聞いていいかな?」

店から出てきた少女を呼び止めると、少女は笑って。

「おう、あたしは霧雨魔理沙」

「お、おぉぉお…う」

突然の自己紹介に舌が回らなかった。

出会い頭に自己紹介するものなのか!?

現実の世界に行ったら、個人情報がすぐに世界中にもれてしまいそうなモノクロ少女だ。

「魔理沙っていうのか、俺は白鳥神無だ。よろしく」

「あぁ、よろしく。てか、初対面だよな?」

「あぁ、そうだな」

何度も頷いてみせる。

この少女は、初対面か定かではない具合でも、自分の名を名乗るのか。

「そこの店なんだが、店主は霖之助さんという人がやっているの?」

「霖之助さんという人はやっていないぜ、霖之助という人がやっているけど」

そこらへんは耳で聞いて、頭で処理して流してほしかったものだ。

「そ、そうか…ありがとう、じゃ」

手を軽く振って、店のドアに手をかけた時。

「霖之助の話は長いから、軽くスルーするといいぞ」

魔理沙という少女が、そう忠告した。


店のドアを開けると、カランカランとよくある音がなることもなく、不気味にドアと床の軋む音とが聞こえた。

「霖之助さーん、いませんか?」

店内は、まるで雑貨屋のような雰囲気を持っていた。

「霖之助さーん?」

すると、奥の方から白髪のメガネをかけた男性が現れた。

「おぉ、霊夢と魔理沙意外の人間が、僕の店に訪れるなんて珍しい」

「あなたが、霖之助さんですか?」

「あぁ、僕が森近霖之助という者だ。僕を呼んでいたみたいだが、何か用事かい?」

この男性の雰囲気は、文学系といった感じだ。

先ほどから人の気配なんてなかったはずなのに、ひょっこり現れる点。ここの店と雰囲気がよく合っているのだろう。

「いや、紫からの紹介で、ここの店は現実世界の道具を扱っていると聞いたので」

自分が元いた世界を「現実世界」とすでに言いなれてしまったことから、俺も幻想郷に染まってきているんだな。

「そうだね、ここにある物は現実世界の道具ばかりで、僕の趣味で集めた物だよ」

辺りを見回して、確認できるとしたら生活用品やらばかりだ。

幻想郷ではこれが珍しいのか?

「生活用品ばかりですね。そこにはストーブもありますし」

「ほほぅ、君はここの道具を見て、名前が分かるというのか?」

「まぁ・・・そんな感じです」

一体、どんな冬を過ごしているのだろうか?

ただ、僕が無知な奴だと思われているだけかな。

「僕の能力と似ている」

大きく外れた勘違いをしているみたいだけど、ここで俺が「元現実世界の住人なんだ」と言ったらどうなると思う。

先ほどの、魔理沙の忠告とか、この店の置いているものから推測して、長い時間は問いただされるに決まっている。

この道具はどう使うんだ~とか、そういった類の話に時間を潰したくはないな。

「自己紹介が遅れてましたね、白鳥神無です。どうも」

「あぁ、よろしく」

「ここにある道具はどこから集めてきているんですか?」

「無縁塚っていう外の世界と近い場所に落ちている物を拾ってきているんだ」

てことは、ここにあるものは全て拾いものってことなのか。

見慣れた生活用品も、この幻想郷にとっては貴重なものってことかな。

「そうだ・・・君に聞きたいことがある。そこにあるコンピューターとかいう物が置いてあるだろう」

「あぁ、これですね」

現実世界でよく扱っていたパソコンが、目の前にはあった。

「僕は用途と名前がわかるんだが、動かし方がわからなくてね。君には、僕と同じ能力が備わっているみたいだから、聞いてみたいんだが」

「・・・ちょっと俺にもわからないです」

この世界にはどこにも電気というものがない、例え、動かし方を教えたといえ、扱うのは不可能だ。

もしかしたら、雷を使って~とか言い出しそうなので、教えることはやめておいた。

他にも、リモコンやゲーム機、mp3プレイヤー等がガラクタのように置かれているが、この世界で扱うのは到底無理だろう。

ストーブみたいに、燃料を燃やすタイプならいいのだが。

最近の現実世界のものは、電気がなしでは動かないものが 多い。

「ん、待てよ、ソーラーパネルかがついているものなら、動くんじゃないか・・・」


太陽の力で発電するといった感じだが、あれが着いているのは電卓とか、リモコンぐらい。

後、この幻想郷で動かせるとしたら、電池を付ける機械ぐらいかな。

「霖之助さん、電卓ありませんか」

「電卓か、えーと」

店内をうろついて、箱を取り出した。

「この箱の中に、電卓という機械は多く入っているが・・・」

確かに、電卓は多く入っていた。

「ソーラーパネルがついているものは・・・おっ、あった」

ソーラーパネルがついていれば、動かせるかもしれない。

幸い、古ぼけてもいなく、傷もそんなに見当たらない。

「霖之助さん、ここにある小さいくぼみの中を見てください」

霖之助は、言われた通りにくぼみを覗き込む。

「不思議な色をした・・・四角い形のものが埋め込まれているね」

「これはソーラーパネルといって、でっ・・・機械を太陽の力で動かせるものなんです」

「それは興味深いな、電卓というものは使ったことがないんだ。今は太陽も照っている。早速、照らしてみようじゃないか」

店の窓から入る光に電卓を照らして数分。

「おっ、動いた」

「本当かい?」

本に読みふけっていた霖之助が素早く立ち上がった。

数字を打ち込むと、数字は画面に表示されるようになった。

「この道具の用途はわかっていますよね。計算する道具です」

「そうだね」

霖之助は笑顔で電卓を受け取り、ボタンを押して楽しそうに動かしていた。

「君は僕より物知りかもしれないな」

うまく説明できたと思う。

ソーラーパネルで電気のことについて触れなかったのが正解だった。

危うく発電という言葉を口にしてしまうところだったが、俺には、電気がどういうものなのか、説明できるほど頭が良くない。

「太陽の力で機械を動かせるとは・・・面白い知恵を与えてくれたな、君は」

「このパネルが付いていれば、大半は太陽の光に当てれば動くと思いますよ。コンピューターには付いていないと思うので、無理だと思います」

「ふむ」と霖之助は鋭い目で俺を見た。

「君は、どこでその知識を手に入れたのか、聞いてみたいものだ」

「落ちていた本に、ソーラーパネルのことが書いてあったんです」

「なるほど」

うまく、文学的疑問を交わすことができた。

霖之助が持っている本も、現実世界のものだ。

コンピューターについての本。

「今日は気分良い、良いことを教えてもらったし、不明だった機械の動かし方も教わった。お礼に、そこにあるコーラという飲み物を持っていくといい」

こ、コーラ?そんなものが幻想郷にあるのか。

でも、全部拾いものだとしたら、腐っているんじゃないのか・・・?

「腐ってませんか?」

「大丈夫、今日、朝一で拾ってきたものだから」

「そうですか」

何の確証があるのかは知らないけど、気を悪くしては困るので、とりあえず貰っておくことにした。

「あぁ、全部あげるよ」

「あ、そうですか」

五本も貰ってしまった。

帰り道で、適当に妖怪に配るとするか・・・。

「では、失礼しますね」

「あぁ、また来てくれないか。君とはいい話相手になれそうな気がするんだ」

「まぁ・・・気が向いたら」


ドアの軋む音とともに、俺は香霖堂を後にした。

空は相変わらず照っているものの、日光があまりいきわたっていない、じめじめとした森の中を歩くことになった。


木の根元には、見るからに毒素を持ってそうな色をしたキノコが生えている。


「よぅ、また会ったな」

先ほどと同じ場所で、魔理沙と会った。

「あぁ、さっきはどうも」

「霖之助の話に付き合わされなかったか?」

「いや、そんなに」

「あたしだったらいっつも長話させられるのになぁ、羨ましい限りだぜ」

「だって、君とは親しいんでしょ?初対面の俺に長話はできるはずないって」

魔理沙は納得したように頷く。

「ふむ、確かにそうだな」

「なーんか、やっと常識人にあった気がするなぁ・・・」

「あたしに対しての嫌味か!?」

現実の世界だったらという意味で言ったんだけどな。

「魔理沙、コーラいるか」

「おっ、あの口の中が変な感じになる飲み物だな!?あれ、結構好きなんだぜ」

コーラを手渡すと、グビグビと飲み始めた。

「そのコーラ、腐ったりしてないよな」

現在飲み干すために頑張っている魔理沙を指差して言う。

「・・・あたしに毒見させたのか」

「そういうわけじゃない、コーラいっぱい貰ったから、分けてあげたんだよ」

意外に鋭いな・・・。

「そうか」


コーラを全て飲み干した魔理沙は「じゃ、用事あるから」と言って去っていった。