切れ目から光が漏れてすぐ、覚えのある畳の感触が伝わってきた。

「ここ、八雲家だよね…」

覚えのある匂いが鼻をくすぐった、温かい光が包み込んでいる部屋。



「そうだよ。…もう、紫様が寝てしまうからですよ」

聞きなれている人が答えてくれた。

あぁ、やっと…。

「ご、ごめんなさい…神無…で、でも、藍も藍でしょぉ!?数学の教科書から離れなかったくせにぃ!!」


「た、確かにそうですけど…!!」

「もともと藍が案内する予定だったのぃ、藍がぁ変てこな数式に熱中しているからぁ!!」

「へ、変てこってなんですか!?数式というものは、数学にとって意味あるものなんですからね!?」



二人の言い合いも、とても心が安らぐものだった。

「ははっ」

その時、足元でくすぐったい何かが動いた。

「ふぇ、な、何…眩しい…」

二本ある尻尾をふりふりとさせて、俺の全身へ触れる。

目を擦って、周囲の状況を確認して、すぐに。

「神無ぁぁぁぁぁ!!!」

思いっきり抱きつかれてしまった。



妖怪に襲われた時から記憶がないのだから、そうなるのは当たり前か…。

もしかしたら、もう、橙の前に笑顔を見せてあげることもできなくなってしまうところだったのだから。


「ふぇぇっ…良かった、良かった…い、生きてたんだね神無!!」

橙はすでに大泣きして、叫んでいた。

俺は優しく抱きとめた。

怖かったんだよな…橙…。

「橙も、無事で良かったよ…」

「橙、そんなに泣いてどうしたの…?」

言い合いをしていた二人は、橙の叫びで収まりをみせ、

口を半分開いたままで固まっていた。



―――――――――――――――――――――――――――――――


「そぅ、そんなことがあったのね」

橙と俺の話を聞いて、紫は腕を組んで頷く。

「神無、よく守ってくれたわね」

「あぁ、でも、妹紅のおかげ…」

言い終わる前に、紫は俺の頭を撫で始める。

「偉いわ、神無」

少しだけ嬉しかったりするのは、言わない。

「私からも、礼を言わせて貰うよ。ありがとう、神無」

藍も微笑みを見せてくれた。

「神無…本当にありがとぅ」

「あぁ…橙も、頑張ってくれて、ありがとうな。橙がいなきゃだめだったかもしれない」

優しく頭を撫でると、嬉しそうに橙は目を細めた。

「うん…」

涙を少し溜めながら、橙は太陽のような笑顔を見せる。

その時、本当の安心が、心を満たしていった。


それから、今日一日の出来事を楽しく、夕食を四人で囲んで話し合った。

その時、俺は本当の安心を手に入れたと確信できた。


この温かさをもう一度感じられたこと。

やっと見つけた場所に、戻ってこれたこと。



「神無、これ」

橙が両手で持っていたのは、俺の制服だった。

「あ、忘れてたね、さんきゅ」

暑苦しく邪魔で仕方なかったブレザーが、こんなところで役に立つなんてな。

「とっても温かかった」

少し間を空けて。

「体も、心も…ね…」



注意して聞いていなければ聞こえない程の小声で、橙は何かを言ったのだが…。

俺には聞き取れなかった。

「んっ?」

俯き加減で頬を赤くして、その場を離れていった。

その姿を八雲の二人は微笑ましく見守っていた。




続く