その頃


「藍、あの二人見てみなさいよ」

二人が楽しそうに遊んでいるのを一目見て、紫は料理中の藍の元へ寄った。

料理に集中していた藍が、橙と神無の方へ振り向くと、優しく笑った。

「楽しそうですね」

まるで兄と妹みたいだなぁ、と藍は心が温かくなった。

「あの子は、中学一年生、十二歳の頃からずっと独りだったのよ」

「三年間も孤独だったんですよね…」

かわいそうに…。

私だったら耐えられるはずがないよ。そう思う藍。

「えぇ、私達が普通にしてきた生活も、あの子にとっては、宝のようなものなのよ」

「はい」

紫は藍の肩に手を置いて。

「だから、あの子のお世話、頼んだわよ?」


一瞬驚いたものの、藍はその申し出を快く受け取った。

「任せてください」

強く、頷く。

「私は仕事で忙しかったり、寝ている日が多くなると思うから、ね?」

前半は多分ないと思いつつ。

「はい!」

藍は改めて二人を見つめて、呟く。

「それにしても、初対面の人に対して、橙があんなに懐くなんて、珍しいですね」

今まで長い付き合いをしてきた三人はお互いのことを良く知っていた。

特に橙は藍の式神であるため、そして人見知りでもある。



「白鳥家と仲良かったってのもあるけど、初対面では珍しい」

藍と紫は同じことを感じていた。

「神無は橙をも魅了する人物だったのね…さすがあたしが認めた一族」

「ははっ、そうかもしれませんね」



「それにしても、藍は変わらず…」

神無の話題が終わると同時に、紫は現実世界から持ってきた便利グッズに視線を変えて。

ため息を一つついた。




「ぐはぁ、また負けたぁ」

え、これって心理戦のはずだよね。

こんな小さな女の子に心理戦で負けるはずない…と思う。

「だから言ったでしょ?橙は強いって」

「久しぶりにばば抜きやったけど、こんなに弱かったかな~俺?」


「もう一戦やろうよ~」

「あぁ、いいよ、絶対勝つ…!!」






…一戦も勝利しないまま、八雲家の食事に参加することになった。

「橙って、強いな…」

ボコボコにされた。

精神的にもボコボコだ。

「えっへん」

腰に手をあてて、胸を張った橙。

ばば抜きの攻略法とかあるのだろうか?

考えたあげく心理戦という結果を導いていながらも、この強さには他の何かがあるとしか考えられない。


「神無、口に合う?」

心配そうな瞳がを藍が向けてきた。

料理をしている背中しか見ていなかったが、藍の料理はおいしい。

「うん、うまいよ。久しぶりに手料理食べたからすごく感動してる」

「・・・・・・そう?よかった」

魚の焼き加減とか、絶妙だった。

でも、今の間は一体何なのだろう。

「知ってた?妖怪って基本的食事はしないのよ」

動いていた箸が止まる。

「えっ!?、まさか、俺のためにみんな? そ、それならごめん…」

「違う違う、そういう意味じゃないの」

紫がポンポンと俺の頭に手をのせた。

ちなみに、紫と橙は俺を挟むように座っており、藍だけが反対側に座っていた。

「妖怪は自分の力で食事とかはなんとかできるんだけどね、
人間がおいしそうに物を食べているのを見ていたら、つい、あたし達もつられたって、感じよ」

「あ、あぁ…よかった」

てっきり無理に食べさせている感じがしてしまった。

「おいしいものを食べたらあたし達だって幸せよ?だから気にしないの」

まるで赤子をあやすような感じで紫に言われてしまった。

それにしても、妖怪は食事をしないなんて、なんて便利なんだろうか。

「そんなに固くならないでいいわ、もう神無は、うちの家族みたいなもんだし、ねぇ?」

住み慣れた家のリビングで食べるのはいいんだけどね…。

他人の家だとやっぱり緊張してしまう。

…。

いや、もう他人じゃないのかもしれない。

紫は家族と言ってくれた。

ここは家族の家…なんだ。

「そうですね」「そうです!」

何の迷いも見せずに、二人は頷く。

「みんな、ありがとう…」

ここにずっといたい。

この温かさをずっと感じていたい。

そう思った。




藍の作ってくれた食事を食べ終えて、一段落すると。

「さ、みんな寝ましょーか」

もう、そんな時間か、久しぶりで囲んだ食事がとても楽しくて。

つい、時間を確認することを忘れていた。


「そうですねぇ」

藍は食器を片付け始めているというのに、紫はのん気なんだなぁ。

「あ、俺がやるよ」

大量に持っていた食器を半分ぐらい受け取って、台所へと運ぶ。

「え、あ、どうも…」

「これぐらいしないと、世話になっているんだから、申し訳なくてね」

そう、居候の身なんだから早くこの家になれて、炊事洗濯をして。

三人の役に立ちたいと思った。

これでも独り暮らしをずっとしていたんだ、家事ぐらい余裕だ。

と心の中で思いつつ、食器が洗い始める。

えっと、洗剤がここで…食器はここに置けばいいんだね。

「あははっ、藍の驚いた顔傑作だったわよ」

そんな姿をボーっと眺めていた藍はハッと我に返った。

「もう、紫様…」

「家事手伝ってもらうなんて、一度もなかったもんね」

「紫様が手伝ってくれないからですよ!!」

涙目になりながら、そう訴える。

「あははーごめんごめん」

手をひらひらさせて紫がそう言う。

多分、これからもずっと手伝うことはないと思った。

「藍、風呂沸かしておいて」

「あ、そうですね」

食器を全て運び終えた藍に対して、紫はそう指示をした。

人使い荒いなぁ…。

「神無~食器洗い終わったらお風呂入っておいで、藍が寝室とか、全部案内してくれると思うけど」

やっぱり、荒い。

藍は「はい」と頷いた。

「わかったよ、色々とごめんな」

「大丈夫、私の仕事だからね」

仕事じゃなかったら、拒否しているってことだろうか?

そんなことを心の片隅にしまっておいた。

藍は微笑んで、茶の間を出ていく。





入浴が終わり、藍から差し出されたパジャマを着て就寝する部屋へと移動した。

「ここが、前、白鳥家が使っていた部屋。布団はもう敷いてあるから」

「おぉ…ありがとうな」

先のことまで考えて家事をやってくれるなんて主婦の中の主婦だなぁ、藍は…。

そういえば、三人とも風呂へ入ってなかったけど、そこも妖怪の力というものなのかな?

というより、俺一人のために風呂を沸かしてくれるのも、なんだか申し訳なかった。

「何かあったら、私達は三人で寝てるから、呼んでね」

「あぁ、わかった」

「それとも、一緒に寝る?」

「なっ…いや、大丈夫…」

冗談を言わなそうなイメージがある藍が突然そんなことを言い出したものだから。

別の意味でびっくりした。

「ふふっ、じゃあ、おやすみなさい」

悪戯っぽい笑みを浮かべて、藍は寝室へと向かった。

「あぁ、おやすみ…」

意外に、藍も冗談言うんだな…。




布団の中へ入ると、今日の出来事が頭の中で何度も繰り返し回っていた。


夢で終わって欲しくない、そう願う。



突然のことに疲れきっていた神経は、俺の意識を沈めていくのに充分な要素だった。

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てことで神無物語四話です。

このまま長く続いていきます。

是非最後まで読んでくださいねw!