少しの間沈黙が過ぎ、障子の奥から、足音が聞こえてきた。

ガラガラッと障子が開くと。

藍と橙のような、不思議な服装をした人物が現れた。

一目見た瞬間  この人が紫かもしれない、そう思えた。

「紫様?起きているなんて珍しいですね」

「んっ…。親愛なる白鳥家の孫様が来ているんだもの」

寝癖がひどい髪をぼりぼりとかいて、俺をじっと見つめる。

「あぁ、似てる…やっぱり白鳥の孫…懐かしい、優しい匂いがする」

うっとりとした表情で、俺の側で腰を下ろした。

俺は少しだけ動揺した。

「どうも、藍から話は聞いていると思うけど、あたしが八雲紫。よろしくね」

「あ、あぁ…よろしく」

この人は耳も尻尾も生えていない。

人間と言われれば頷いていしまうけど、この人が俺をこの世界へ誘ったのか。

現実とこの世界を行き来する…。

「あなたの家族が死んでしまった時は、すごくショックだったの」

紫は目を伏せて、突然そう言った。

その言葉に、俺は自分でも驚くぐらい、唖然としていた。



「でも、あなたは生きていて、本当に良かった。まだ希望はあるわ」

頬に手をかけて、俺の瞳をじっと見つめる。

「紫…?」

「ふふっ」



次の瞬間、紫が俺のことを強く抱きしめ始めたのだ。

足に乗っていた橙はすぐに逃避した。

「ゆかり…!?」


「「紫様!?」」

藍と橙の表情は見えないが、声からしてとても驚いているように思える。

大人の女性らしい香りが俺の鼻を刺激する。

しかし、それよりも驚きの方が勝ってしまっていた。



「神無~♪」

長い時間抱きしめられて、やっと解放されたときには

ガッチガチに全身が凍ってしまっていた。

「ね、寝惚けているの?」

藍にそう問うと。

「そうかもねぇ。でも、、白鳥家とは長い付き合いだったし、紫様は白鳥家が大好きだったんだよ」

紫はにっこりと微笑む。

「そうっ」

「だから、あなたの家族が死んだ時、紫様はずっと泣いていたんだよ?」

「えっ…」

俺は再度言葉を失くした。

「もう、藍、それは言わないでよ」

家族が死んだ時、泣いているのは俺だけだった。

その時から、悲しみを背負うのは俺だけだと思っていた。


でも、ここには、家族のために涙を流してくれる人がいる。

それが、とても嬉しかった。

やっと自分の悲しみを理解してくれる者がいてくれるんだ…と。

中学時代も、短かった高校時代も、俺の家庭事情を知っている人はみな、理解はしない。

時には慰めてくれた、時には悲しみの眼差しで「頑張って」と言ってくれた。

しかし、それはきっと上っ面の付き合いなんだ。

この人たちは本当に、理解してくれている。

「紫…ありがと。家族のために泣いてくれて」

久しぶりに、笑えたんだ。


紫は俺の頭を優しく撫でてくれる。

「あなたは孤独の中でよく頑張ったよ。これからは独りで背負うこともしなくていい」

その一言で、俺の涙腺は崩れてしまった。

やっと暗い呪縛から解放されるような気分。

家族が死んでしまった事実は消えないけど…。

それでも、この人達となら…!

そう思えたのだ。


「なっ、神無?」

「こんな温かいの久しぶりで…すごく嬉しくて…」

紫は優しく、お母さんのように微笑んだ。

「そう、だったら、あたしの胸で思う存分泣くといいわ」

そして、紫は俺をまた強く抱きしめて。


俺は大粒の涙を流した。


孤独が  その時、初めて晴れた気がしたんだ。


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新・書き下ろし第二話でございます。
ちなみにこの話。

30話から45話ぐらいまで続きますよ
みなさん、頑張ってついてきてください!

続く