母親は、青年達を自分の家へ上げると夕食の支度をしてくれた。
「今日はここで泊まっていってね」
「は、はい、お母様」
青年の母親という点が大きく見えるのか、ネコマタは恥ずかしがったり、焦ったりしていた。
「おい、柳…。何も言わないままでいいのか?」
オーガは青年に気を遣ってそんな言葉を告げた。
「よくないとは思ってんだけどさ、母さんがゾンビになったって……」
未だに…。
ネコマタとオーガは、悲しそうに俯く青年の姿を見つめているしかできなかった。
「ネコマタちゃん、オーガちゃん、やーくん、料理できたわよ~」
そんな風にのんきな声を発して母親が料理を持ってきた。
楽しそうにしている母親がとても羨ましくなってきた青年は、静かに料理を口にした。
「やーくん、あの頃とは違ってあんまりしゃべらなくなってしまったのねぇ…」
「お母様、ご主人様はどんな幼少時代を送っていたのですか?」
「そうねぇ、あんまり覚えてないのよねぇ…。ただ、やーくんは人懐っこくて、とても楽しそうにしゃべる子だったってことかな」
すると、オーガは静かに僕に耳打ちをした。
「ゾンビに転生すると、生前の記憶があやふやになってしまうんだ。それは仕方のない…ことなんだ」
オーガはまた、青年の悲しみを重くしてしまうのではないかと思った。
「覚えてない…?そんな…!僕には優しくて、人が良い母さんの記憶があるっていうのに…!母さんは何も覚えてないの!?」
「え、えぇ…」
バンッと机を大きく叩いて、青年は大きく叫んだ。
「そんなの僕の母さんじゃない!!僕の母さんはもっと、もっと…!」
あの頃の、優しい母さんの笑顔が脳裏へ浮かんで、僕は家を飛び出していた。
信じたくなかった。
僕にはあるものが、母さんにはなくなっていたなんて。
会いたくなかった。
こんな思いするぐらいなら、あの頃の優しい母さんのままで残しておきたかった…!
「母さん!母さん!」
泣きながら、青年は町を飛び出して走っていた。
「母さんっ、か、あさん…」
知らない野原を走って走って。
青年は母親を探すように声を張り上げる。
でも 答えてくれる人はいなくて。
青年はもう、あの頃の母親と出会うことはなかった。
野原を静かに歩いている青年
周りはもう暗くなってしまっていた。
「なんだか、僕、ガキみたいだな」
「母さんっ!!」そう叫びながら、泣きながら走りだすなんて、まるで迷子の子供みたいだ。
そう、今でも僕は迷っているのかもしれない。
あの人が本当に、僕の母親と重ねてしまって、いいのか。
「一体、ここはどこだろうな…」
野原を走りに走ったせいか、自分がどこにいるのかもわからなくなってしまった。
明かりもない。
自分の行動が虚しく思えてきた。
こんなことしたって、何もないのに…。
そこで、一つの希望が見えた。
「ご主人様!!」
本当の暗闇の中、一筋の希望が…。
「ネコマタ…?」
「ご主人様、私をおいて走り出すなんてひどいです」
青年に追いついたネコマタは「もう、離しません」というように、力強く腕を絡んできた。
「ご主人様、聞いてください…何も考えずに私に耳を傾けてください」
ネコマタは静かに呟いた。
「あの人は確かにご主人様のお母様です。ご主人様が走り出した後、お母様はとてもつらそうな顔をしていましたし、
こんなことも言っていました」
「ショックを受けると思ってました。それでも、やーくんを一目見てみたかったんです、話して見たかったんです。無事に過ごしているのなら、私はそれでいいんです。
やーくんがどう思おうが、あなた達二人が傍にいてくれるとわかっただけで、私はもう満足です。ありがとうございます」
ネコマタは、母親が言ったであろうその言葉を静かに、感情を込めて口にした。
すると、ネコマタは強く、青年の肩を抱きしめた。
「ご主人様、ショックを受けているのはわかります。しかし、あの人は確かにご主人様の、お母様なのです。ご主人様のことを大切に思っている、心配しているお母様なんです!!
ですから、目を背けないであげてください!!お母様が生きているだけで、それだけで充分、幸せなことじゃないですか…」
「ふ、うぅ…」
ネコマタの言葉が、無心になっている僕に、自然に入ってきて…。
視界をすぐに濡らす。
強く抱いているネコマタを、青年は抱き返す。
「ごめんよ、ごめん、ごめん……!!」
泣きじゃくっている青年を、ネコマタはおさまるまで抱いてあげた。
「本当にありがとうネコマタ、おかげで踏ん切りがついた気がする」
「いいぇ、これは恩返しです。私はご主人様にいっぱい、助けてもらいましたから」
「えへへ」と満面の笑みを零すネコマタは、今の青年にとって闇を照らす希望以上、天使のように見えていた。
そんな天使は、少しだけ青年との目線を外し、恥ずかしそうに赤面をした。
「ご主人様、お願いが二つあります」
「うん」
「一つ目は、もう私から離れないでくださいね」
きゅっと腕を組む力を強めて、ネコマタは言った。
「あぁ、ごめんな…」
「はいっ、それと…」
言いずらそうに間を空けたネコマタは。
「柳さん、って呼んでもいいですか?」
なんだか、くすぐったいような感覚を覚えた青年は、予想外、そしてとても嬉しい提案に口元を緩めた。
「じゃあ、僕もいい加減ネコマタっていうのやめようかな…?名前で呼ぼうか」
「はいっ!!」
嬉しそうに、キラキラとした瞳で青年を見つめた。
「大雨の嵐の中でネコマタと君は出会ったんだ。 メコ なんてどうかな?」
おおあメのねコまた で メコ。そう考えた青年の提案に。
「初めて名前を貰いました…。メコ、かわいらしい名前です」
「じゃあ、メコ、一緒に帰ろうっか」
「はい、柳、さんっ♪」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「母さん、ごめんね」
母親の家へ帰ると、青年は謝った。
「ううん、いいのよ、やーくん」
「僕気付いたんだ。母さんは母さんだって…。母さんが生きているだけで、それだけで僕は幸せ者だって…。だから、ありがとう、母さん、生きていて…くれて…」
「やーくん、本当に大きくなったのね…」
涙ぐんだ母親が、目元を拭った。
そして、青年の頭を優しく撫でてあげた。
「おかえり、やーくん」
「ただいま、母さん」
ネコマタ達には、その光景がキラキラと輝いて見えて…。
青年には見えていた、笑顔で迎えてくれた母親が、あの頃の母親と重なっていることを…。
翌朝。
「母さん、今日で僕達は帰ると、するよ」
朝食を食べながら、青年はそう報告をした。
「あら、ここに住んでもいいのよ?」
そう提案をしてくれた母親、メコは柳のことをチラッと伺った。
「ううん、僕達には帰らなくちゃいけない家があるんだ…。この家も、その一つかもしれないけどね」
「うん、わかったわ」
反論も何もせずに、母さんは頷いてくれた。
そう、僕とメコがずっと寄り添って生きてきた、帰らなくてはいけない 家があるんだ。
「オーガちゃんにネコマタちゃん、これからも私の息子をよろしく、ね?」
「おう」
「はいっ」
そう答える二人。
「あ、そうだ。この子はね、「メコ」っていう名前なんだ」
「へぇ、メコちゃんっていうのね」
「そして、僕のお嫁さんなんだ」
にこにこして言った柳のせりふに。
ぶぅぅぅ!!とメコは飲んでいたお茶を、料理とは別方向に噴出した。
と同時に母親も噴出していた。
「やややや、柳さん?」
「僕じゃ、不満かな?」
メコは驚いたように目を大きく見開いて、
それから嬉しそうに微笑んだ。
「いえ、むしろ、とっても嬉しい、です…」
両手を胸に添えて、そう呟いたメコの頬は朱色に染まっていたのかもしれない。
「おぃおぃ、見せ付けてくれるじゃねーか…。帰ったら俺の呼び名も、決めてくれよな?」
「おぅ」
「後、アルラウネもな」
拳と拳を重ね、まるで男の約束をしたように思えた。
「んふふ、楽しそうで何よりだわ、二人がついていたら心配しなくても、よさそうねっ!」
そう言って、母親は幸せそうな雰囲気に微笑み返した。
「じゃあ、母さん。僕達はそろそろ帰るね」
食事を終えて、他愛もない雑談を交わした後、四人は、実家の玄関を開けた。
「うん、またいつでも来てね?」
「うん」
「お母様、お元気で!」
礼儀正しく頭を下げるメコ。
「うん、私の息子をよろしくね、メコちゃん」
「は、はい」
少しだけ赤面して答えるメコ。
「料理、とてもおいしかったぜ、ありがとうな」
「うん、お腹減ったら、またいつでも来てね」
そうやって、母親と柳達はお別れをした。
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帰り道、三人はるんるん気分であった。
「とてもいいお母さんでしたね、柳さん」
そ、それに、よろしくされちゃいましたし…。ともじもじして呟いたメコ。
「何か、俺はお邪魔だったか?」
オーガも並んで歩いており、母親に貰ったお土産の数々を軽く担ぎ上げていた。
「ううん、オーガがいてくれたおかげで、安心して買い物とかできたんだよ。オーガがいなければ怪しい物買っていたかもしれないからさ」
「…買ってはいないものの、変な物を貰ったのだがな」
メコが相変わらず大切そうに、果実らしきものを抱えている。
「むむっ、何か動きました」
と、なでなでしていたメコが言った。
「う、動いた…?やっぱそれって果実じゃないのかな」
「こんな気色悪い果実なんて、誰も買わないとおもうがな」
確かに…。
率直な感想を言えば、これって果実というより卵だよな…。
「それより、そこのネコマタを「メコ」と呼んだんだから、俺の名前も決めてくれよな。除け者は嫌だ」
なんだかかわいらしい一面を見せるオーガ。
「僕をずっと守り続けてくれたオーガだもんな」
リオっていう名前でいいんじゃないか?まもリ続けてくれたオーがということで。
「リオか、何かかっこいい名前だな!気に入ったぜ」
バシンと空いている方の手で背中をはたかれた。
「リオさんですね。私のことはメコと読んでくださいな」
「おぅ、メコ。これからもよろしくなー」
そして、三人はアルラウネの呼び名を決めることに勤しみ始め、結局、果実のことは忘れてしまっていた。
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「わぁおー、もう帰ってきちゃったんだ。早いねー、おかえりー」
片手をひらひらとさせて、のんびり日光浴をしているアルラウネが言った。
いつものほほんとした人で、癒されるなぁとか思う柳。
「うん、ただいま。野菜の管理は…おぉ、全然おっけーだね」
「というか、一日で枯れるなんてヘマ、植物のあたしはしないさ!」
胸をどーんと打っているアルラウネ。
野菜もアルラウネと同じように、日の光を浴びてまっすぐ青空を向いていた。
「お土産お土産ー!」
「みあげならいっぱいあるぜ、その前に、アルラウネ、お前の呼び名を決めさせてもらった」
人差し指でアルラウネをビシッと指差す。
「呼び名…?はっ、もしや、「アルラウネ」というのがめんどくさいということなのかな!?」
アルラウネはショックを受けたような顔をした。
すぐに笑顔に戻ったけど。
「呼び名なんてくすぐったいなぁ、で、どんな名前にしたの?」
「アルちゃん」
「なんか普通だあああああああああああああああああ」
後ろに仰け反って、叫んだアルちゃん。
相変わらず元気だなぁ。
それから、三人の呼び名を発表し合った。
「あたしだけ、単純ーー」
なんせ「アルらうね」のアルちゃんだからね
「まぁまぁ、お土産いっぱい買ってきたから、それで我慢してよ」
「お土産!何買ってきたのー?」
オーガが持っているお土産に目が釘付けになっていた。
「温泉饅頭とか、落花生のパイとか」
「それも普通だね」
そう零すアルちゃんは、さっそくお土産の包装を破ってパイをむさぼっていた。
「うんまぃ!久しぶりに甘いもの食べたわぁ」
いや、あなたのアルラウネの蜜の方が甘いでしょ。
「さて、荷物とか家に置いておきたいから、一旦戻るよ」
とりあえずパイのお土産をアルに渡して、家に荷物を置きに行こうとした時。
「や、柳さんっ!」
「ん?」
メコが驚きの声を上げていたので振り返ると…。
メコが持っている果実or卵のような物に、耳を突っつくような音とともにひびが入り始めていた。
「え、えっ!?」
その光景を見た三人は驚いていた。
一人はパイを食べながらのほほんと眺めていた。
「これって、もしかして、夫婦に幸せをもたらすってことなんですか!?」
メコの勘違いは継続中であったためか、危機感はなく、期待の目で眺めていた。
「メコ、大丈夫?」
反対に危機感満載な柳は、メコと一緒に卵を支えてあげることにした。
「おぃ、これってもしかして…」
オーガの言葉を遮るように、卵が大きいひび割れ音を発した。
その瞬間、卵の中から、その正体を現した…。
「…ぱぱ?」
「えっ」
パパと呼ばれるから男なのだろう…。
しかし、ここのメンバーでパパと呼ばれるはずの男は柳しかいなかった。
「ぱぱぁっ!!」
とても可愛らしい声とともに、柳の胸に抱きついてきたのは、不思議な鱗を身にまとい、鋭いツメと鋭い目つきの、小さな子供であった。
「オーガこ、これは?」
「孵化をして、初めて見た人を親だと思ったんじゃないのか?」
冷静に考察を述べるオーガ。
「いや、そういうことじゃなくてだな…そういうことでもあるんだけど、この子は一体?」
「見た感じ、ドラゴンの種族だと思うぞ」
ぎゅぅぅ、と柳の胸に顔を埋めているドラゴンはひたすらに頬をすりすりしていた。
「ドラゴンの卵をずっと暖めていたような感じなのか…」
「いや、でもドラゴンの卵を得るなんて相当すごいとしか…。あの種族は地位がとても高く、力も魔力も並のもんじゃない。近づくものもいないんだ」
「そんな子供を僕達が得たって事は…面倒ごとを押し付けたとしか思えないな」
「もしかしたら、子供を捜しているかもしれないドラゴンに襲われる可能性もあるんだぞ」
そ、そうだ…!
「う、うむぅ…見捨てるわけにもいかないしなぁ、それに、こんな感じだし」
僕の胸に顔を埋めている間に、ドラゴンの子供はすやすやと寝てしまった。
「お父さんの胸に抱かれて、安心して寝てしまったのかもしれませんね」
メコはドラゴンの子供をよしよしと優しく撫でてあげた。
「この子の名前も決めた方がいいですね」
「メコはやっぱり、この子を置いておくことにするんだね」
「当たり前です。ドラゴンさんに事情を話せばわかってくれますよ柳さん!」
「う、うんそうだね」
「それにリオさんだっているんですよ!万が一の時リオさんがやっつけてくれますよ」
「いやいやいや、さすがにあんな種族相手じゃ歯がたたないぞ」
「何とかなるでしょ」
アルはそうのんきなことを言った。
まぁ、捨てるわけにもいかないし、結局最善策はこれしかないんだろう。
「そうだね、僕達で育てようか」
胸に抱きついたまま寝ているドラゴン。
「ふー、ふー」
と独特な寝息を立てている。
「名前は「風(ふう)」という感じでいいじゃないですか?
「あはは、それはいいね!」
つい柳は笑ってしまって、その胸の動きで風がうん…とうなった。
「あ、起こしちゃったかな…」
「もう、だめですよパパ」
パパ!?
「ん、風、いい名前…えへへ」
と、話が少しだけ耳に入っていたのか、喜んだような声を上げた後、ふぅ、ふぅとまた眠ってしまった。
「なんだか、また賑やかになりそうだね」
「そうですね」
「あたしも、何かあったら参加するよぉー」
「俺も、やるぜ」
四人は笑顔で頷きあった。
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