実在論はギリシャの大哲学者プラ トンが唱えたイデア論以降、中世における普遍論争を経て、現在にまで至っているわけですが、未だ解決に至っていない分野のひとつであります。
つまりは、天地が創造される以前から普遍的な概念はすでに存在していたのではないか?という立場を指してそう言います。
普遍が世界を覆っているとは、要するに、「自分」という一個の可能性はもともと世界のどこか、あるいは全体に及んでいて、宇宙創世より膨大な時間の積み重ねの中で、やっとこさ私という個体が産声をあげるに至った、というようにも言えるのです。
ゆえに、「自分」という存在は、ピンクやブルーの色をしたダイヤモンドよりもずっと希少で価値のあるものだと思います。
なぜならば私やあなたは偶然にこの世界に生み落とされたのではなくて、論理的必然性を伴いながら当然の結果としてその時その場にあるからです。
これについては、また次回にでも。