日本人の完璧主義はかなり徹底されているように思います。


ものの見方としての、その対象が完璧であるか、否か。


例えば、地方の大学が定員割れしているのに対して、有名大学の志願者が増加傾向にあることからも、このことが窺えます。


私は、何事にも功罪というのがあると考えますので、この完璧主義もご多分に洩れずにそうであろうと思います。


つまり、前回の内容を加味して考えれば、いい大学を目指して努力すること自体は問いません。


しかし、二流三流出身の人間をそれだけで格差の対象に仕立て上げる点については、見直す余地が残されていると言えるでしょう。


理想化されたモデル。


お金が無いよりはあった方が良い。


身なりがだらしないよりは、しっかりしていた方が良い。


粗野粗暴であるよりは、品行はおさまっている方が良い。


このような価値基準は、主にメディア等を通して半ば洗脳的に私たちに擦り込まれているような気がします。


もちろん、この考えの大きな問題点は、理想や完璧というレベルが個人の実益のレベルに留まっている点にあります。


この実益を重んじる世の風潮に歯止めを掛けなくては、今後の日本人論は益々否定的な色が強まることでしょう。


火事の現場で人命を救助する際に、相手が誰であろうと関係はありません。


救うに値するかどうかではなく、ただ救う。


なぜならば、それは自分と同じ与えられた一つの大事な命だから。




…以上で、1,2,3の簡単な考察は終わりです。


総括については、私から提示するよりも、皆様方にお任せしようと思います。


それぞれの主張が密接に結びついていることが分かってくると思いますから^^



ではでは~


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