20年ぶりの再会だ。ぼくは、
カウンターの向こうの彼女へ握りをわたす。
あの頃、あまり口をきくことをなかったのは、
意識しすぎる思春期の男女だったからだろうか、
もうそんなことは関係なく、話しをする。
それでも、握りは硬くなってしまう。ぼくが
好きだった君なので、隣りの連れを忘れていたけど、
その連れにはいつもどおりの握りが出せていた
かもしれない。君は結婚し、そして別れたそうだけど、教室にいた
姿を思い出させる君の前でぼくは大人になったことを
実感する。あたたかい舎利をまた手に取って、真っ白な
烏賊を握る。指のリズムをあの頃流行っていた曲にあわせる。
舎利の中へほどよい空気を入れて握る。そして、
美味しいという君のくちびるを一瞬みて、
糸を引く魚の力を竿で感じ、引上げて水面から顔があらわれたときに
逃げてしまう魚を思い出す。そういう魚は
いつまでも忘れない。
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