ーー。
僕たちは今『飛軽の大楠』にいる。
「イトさんとも、これでお別れですね」
「そうだな」
イトさんとは今日で暫しの別れのだ。
僕はこの半年間で様々な事を学ばせてもらった。その中でも特に僕の中で刺さったことがある。
それは、必ずしも自分を律する事が良いとは限らないが、日々謙虚であり続ける姿勢だ。
本物とは人知れず誰かの役に立つ事をひっそりと行うものだと。
幸いにも僕の周りには人生の先輩たちが沢山いる。
調子に乗ってしまった時や、浮かれている時にこそ、長くなった鼻をへし折ってくれる方々が居るのはとても有難い。
だからこそ、他者の思いを汲み取る事ができたなら、きっとそれが成長の証とも言えるかもしれない。
時代は移り変わる。今まで許されていた事にメスが入り、罷り通ってきた悪事が淀み無く明るみに出ている。
隠し事はできなくなり、生きづらいと思う年長者たちは数多くいるだろう。
日の目を見る事が無かった若者にもスポットライトが当たる時代となった。
だからこそ僕は思う。
『長幼の序』年長者は年少者を慈しみ、年少者は年長者を敬う。
この姿勢さえ忘れなければ、誰もが横並びに、手を取り合って助け合う事ができるのではないかと。
「今まで指導ありがとうございました!少し寂しいですが、たまには遊びに来てほしいです。ゆずさんも」
「うむ」
「また来る時はケータイに連絡するからね。一生の別れじゃないんだから、寂しく思わないで」
ゆずさんの笑顔にはいつも安心を与えてもらってる。
どこか他人とは思えない不思議さがあり、実家の家族に久しぶりに会う感覚と変わらない。
むしろそれ以上に親しみを感じるのは何なのだろうかとさえ思う。
今後の先導役は亀の『レイ爺』だ。
亀なのに二足歩行で杖をついているんだ。
あちらの世界でも長老と呼ばれ、この日本を古代より護っていたらしい。
この日本は今重要な時期に差し掛かっているそうだ。
それだけ今は過渡期にあると言う。
「今日からよろしくお願いします!僕は今回の一件で自分の力不足を思い知らせました。もっと沢山修行して、誰にも頼らず護り抜く力を付けてみせます!」
「誰かを頼るのもまた、己の才。案ずるな。必ず時は来るのじゃよ」
多くは語らないが、一言に重みを感じる。
「有難うございます」
それにしてもゆずさんと会う時は毎回満月な気がするけど、これは偶然なのだろうか?
1ヶ月に1回会う程度だから、たまたま重なっていてもおかしくはないが。
「そう言えば、ゆずさんとは毎回この場所での待ち合わせですけど、どこに住んでるんですか?」
「⋯レディーに住処を聞くのは、もう少しデートを重ねてからですよ。麻琴さん、こういう時は慎重にいかないと」
「ハハッ、そうですか」
我らの住処を把握し、手紙までよこしたのに自分の素性は明かさないとは、中々ミステリアスだが、それがまた良い。
そして今の助言を後でしっかりメモする事を忘れてはいけない⋯。今後の為にも。
「それでは、さようなら。また会える日を楽しみにしてます」
「うん、またね」
そう言ってゆずさんは手を降って僕たちを見送ってくれた。
帰り道に陽斗が言った。
「何だかあっという間に過ぎてった半年間だったな」
「あの出会いからもう半年か⋯。今でも不思議に思うし、現実感が無いんだよな」
「麻琴からすれば、そうかも知れないが、俺にとっては日常に箔が付いた様なもんだよ。なんせ、秘密を共有できる人間が一人増えたんだからな」
「お?つまりそれは俺のことか?もっと誇れよ、この偉大なる親友様に」
「はいはい、そうだね」
「それより陽斗。お前に弱点はあるのか?」
「弱点?何だよ急に」
「今のうちに聞いておかないと、いつまた逆襲が始まるかわからないからな。クリームパンの様に」
「いつまで引き摺ってるんだよ。あれはもう解決しただろう」
「お前をぎゃふんと言わせないと気がすまないんだよ」
「はいはい、ぎゃふん参りました。これで満足か?」
こいつは相変わらず人を舐めた態度を取るが、これがいつもの日常だ。
こんな日常を護るためにも、俺達はまた一歩ずつ成長していかなければならない。
「今に見てろ。冷え切ったその性根を叩き直してやるからな」
「へいへい」
「へいは一回!」
「それはハイの間違いだろ」
僕たちの人生はまだ始まったばかりだ。
ーー。
「って、なんでイトさんまたここにいるんですか」
「なぬっ。いつでも遊びに来てと言ったのは麻琴の方だろう」
「いや、言いましたけどまさか別れた次の日に来るとは思わないじゃないですか」
「我が主やゆずとも話し合ったのだが、オラは継続してここにいることにした。レイ爺も歳を重ねて毎日指導するのも大変だろうからな」
「え、皆さんも歳とるんですか?霊獣や眷属は変わらないのでは。それにゆずさんの方は大丈夫なんですか?」
「ゆずはああ見えて熟練の巫女だ。オラがいなくても問題はないし、他の指導霊が就いておる。それより麻琴、ほれ」
「ん?何ですかこれ?」
「楠木で作ったワンドだ。これからはあのような災よりも遥かに大きな災害として襲い掛かるかもしれん。その時の為にも結界を張る訓練だ」
「ハリーポッター的な魔法が使えるとか?」
「あながち間違ってはいないが、活用法が違う。これからはここに留まるだけではなく、各地点在している神の下へ足を運ぶ。その為の目印でもある」
「神様の所へですか?」
「今、日本に存在する八百万の神々の中には、力を失いかけてる神もおれば、人間の有り様を見て放棄した神もおる。その神々を復活させる」
「神々を復活ですか?そんな事できるんですか」
「超古代、神は自然を護り、肉体をもって生きる人間に恵みを与えた。人間は与えられた恵みに只々感謝し、祈りを捧げる。これらが噛み合う事で自然のリズムが循環し、日々の生活が成り立っていたのだ」
「へぇ…」
「それがいつしか人間の欲望が混じり合い噛み合わなくなる。日々の感謝が当たり前となり、当たり前が奪い合いに変わる。結果人間の欲が勝り、神への敬いが絵空事となる。するとどうなるか?」
「神は怒る?」
「好き勝手やる人間に手を貸す者がいるのか?それと同じだ。この世は自らが蒔いた種は自らが刈り取るようになっている。神に見放された世界ほど怖いものはないぞ」
「まさに今必要としているのは、『長幼の序』そのものですね」
「他国では崇拝というものが、一神教として唯一無二の絶対神を崇め奉るものだと教えられている。悪くはないが、ここは日本。あらゆる万物に神宿る国ぞ。崇めるのでは無く、敬意を評し、それぞれの立場を尊重し合えるのが本当の神合わせでもある」
「その為にも、神々の下へ自らが足を運んで祈りを捧げるんですね」
「その通りだ。純粋の祈りは神をも救う。今は深くは考えず、己の鍛錬に向き合えば良い。レイ爺の言う通り、何れ時は来る」
「奥が深いですね。まだ頭が付いていきませんが、頑張ります」
こうして再び厳しい、、もとい。
愛ある指導の下、新たな特訓が始まった。
ーー第二章開幕。