IMAGINE! -2ページ目

IMAGINE!

忘れてしまいそう。でも大事そうな何か。そんな何かを書き連ねています。

他の人に起こったことを、あたかも自分のことのように感じること。


これを、


共感と言う。



フランス・ドゥ・ヴァールという動物行動学者によると、この共感するという能力は、


人間以外の動物にもあるそうだ。


ここでは紹介しないが、『共感の時代へ』という本で、とても楽しい例をいくつも挙げている。




つまり、他の誰かに共感するということは、


僕たちが思っているよりも、はるかに動物的・本能的・身体的な行為だというようなことが言われている。



要するに、頭で考えてどうこうと言うよりも、身体が勝手に反応してしまうものなのだということだろう。



たとえば、隣の人が笑っていれば、それだけで自分も嬉しくなってくる。笑顔になれる。これは、頭で考えてそうしているのではない。身体がそうしている。そういうものなのだ。







ここから逆に言えるのは、


自己中心的な考え方やそれに基づいた行動(自分が幸せなら、他の人はどうなってもいいという)は、身体の現象に逆らっていて、身体にとって喜ばしくないということだ。



脳で考えた結果の行動は、時として自己中心的になりうる。だから気をつけなければならない。



共感するという能力にしたがって、自分の行動を構成する。



これは、動物として生きるうえで基本的なことなのだ。無視してはいけない。



前回は「病は気から」というか、精神(脳)がいかに身体に作用するかということに触れた。


今回は、逆。


身体がいかに脳に作用するかということについての話だ。


ガボール・マテという学者さんによると、


身体には英知が詰まっているのだそうだ。



僕たちは、それを経験的に知っている。

特に楽しいことがあるわけではなくても、ただ笑顔でいる、それだけで何か楽しい気分になることがある。



また、勉強したいのにやる気が出ない。そんなときは、とにかく手を動かし始めてみる。ファミレスにでも脚を運んでみる。やる気は身体で迎えに行くことが可能だ。初めからやる気があるから勉強するのではないのである。



こんなことは、誰でも経験したことがあることだろう。



専門家もこう言う。


「一般的には、「脳」が私達の最高層にあって、身体は脳の支配下にあると思われがちです。しかし、本当のところは逆で、「カラダ」が主導権を握っています。つまり、「脳からカラダへ」ではなくて、「カラダから脳へ」です。」(池谷裕二『のうだま』)




少し観点を変えてみたい。今度は、身体が発するメッセージが健康にとっていかに大切か、という話だ。

ちょっと難しいが、以下のように考える学者もいる。

「病気になる人、特に精神的に苦しんでいる人の住居はたいてい「悪い場所」にある。不動産屋で部屋を探しているときに、駅から近くて、日当たりが良くて、買い物が便利で、家賃が安くて・・・・だけど、「住みたくない家」というのにときどき出会うことがある。どこが気に入らないのかと問い詰められても、うまく答えられない。でも、「何だかいやな感じ」がする。こういう感じは、分かる人には分かるし、分からない人には分からない。」(内田樹『子どもは判ってくれない』)

「身体の発信する微弱なメッセージを聴き取ることは私達の生存戦略上、死活的に重要である」(同)



では、どうするか。


僕は、


自分の身体が本当に欲しているのは何かを考えることが第一歩と考えている。具体的には、姿勢、音楽、食事、運動、睡眠時間、人間関係、服装(装飾品)、家、仕事など、ライフスタイル全般だ。



また、おじさんなのに元気。腰痛も肩こりも無い。行動的で、いつまでも若々しい。そんな人はたいてい周りに一人くらいはいるものだ。そんな誰かの振る舞いを参考にしてみるのもいいかもしれない。



身体の異常と治癒、治療に関しては、まだまだ考えていることがある。


それはまた今度!

放射能問題で、食の危険性が騒がれている。


食について考える。


もちろん、安全で身体に優しいものを食べたほうがいいに決まっている。


しかし、身体に優しいものばかりを食べようと思って、外食するときも「これは大丈夫かな?」「これはどこ産かな?」と、過剰に気にしてビクビクしながら食べていては、



安全な食品までもが身体を脅かすのではないか?



と思う。



アンドルー・ワイルは、病気について、その要因となるものを、「原因」と「作因」に分けて考える。


「病気の作因はいたるところにある。ウィルス、バクテリア、原虫のみならず、発ガン物質、アレルゲン、昆虫、毒性植物などなど、無数の潜在的刺激物として存在している。相対的に健康という山の局面でしっかりと平衡を保っている人は、そうした作因と相互作用してもめったなことでは発病しない。作因とのかかわり方を決定するのが内部因子である以上、病気の真の原因は内部にあるといわなければならない。内部にあると同時に、それはまた非物質的なものである。」(『人はなぜ治るのか』)



ワイルが言うことが正しいのならば、放射能を含んだ食品(作因となりうるもの)を摂取しないように気をつけるのと同じくらい、いや、それ以上に、自分自身の内部の質をいかに高めるかということも大切だ


つまりビクビクしない。ワクワクする。


以下は参考までに。


http://ameblo.jp/togihideki/theme-10042202355.html



「全員、食べ物と飲み物には最新の注意を払った。サラダも食べない。洗った水が怪しいから。果物も食べない。どんな虫がついていたかわからないから。歯磨きの口すすぎも封を切ったばかりのミネラルウォーターを使う。全員、慎重にそれを守った。でも僕だけはそんな注意をひとつも守らなかった。わざわざ地元の人しかいかない定食屋に行ってわけのわからないものを味わったりもした。その都度、好奇心でわくわくしっぱなしだった」


「数百人いた僕以外の日本人はことごとく全員、一人残らずひどく腹を壊した。全員熱にうなされた。調べたら、なんと「赤痢」に感染した人もいて隔離されるに至った。そんな中、僕ひとり、ぴんぴんしていた。みんなは確実に注意を守ったらしい。なぜ?これは答えにはならないかもしれないけれど、僕と、僕以外の違いは、 ただひとつビクビクしていたか、していなかったか。」