斎藤元彦氏は、もともと報道機関等に配布された怪文書が原因で、亡くなった幹部のことなども、百条委員会で追及されました。
そして知事を辞職。
でもまた知事選挙に出馬するそうです。
斎藤元彦氏を告発した怪文書は兵庫県政を変える上で、どのような意味があったのか。元局長の自死は何を変えたのか?
では、もう一度、西播磨県民局長だった渡瀬康英氏(当時60歳)が、知事らの七つの疑惑を書いた怪文書を配布してから懲戒処分になるまでの経緯を追ってみましょう。
その怪文書がこちら。
4枚のA4用紙に7つの項目での疑惑が書かれていました。
〈1〉片山安孝副知事(当時)が「ひょうご震災記念21世紀研究機構」の五百旗頭真理事長(故人)に、副理事長2人の解任を通告し、理事長の命を縮めた。
〈2〉前回知事選で、県幹部4人が知人らに斎藤知事への投票依頼などの事前運動を行った。
〈3〉知事が24年2月、商工会議所などに次の知事選での投票を依頼。
〈4〉視察先企業から高級コーヒーメーカーなどを受け取った。
〈5〉片山副知事(当時)らが商工会議所などに補助金カットをほのめかし、知事の政治資金パーティー券を大量購入させた。
〈6〉23年11月の阪神・オリックス優勝パレードの資金集めで、片山副知事(当時)らが信用金庫への補助金を増額し、企業協賛金としてキックバックさせた。
〈7〉複数のパワハラ。「20メートル手前で公用車を降りて歩かされ、どなり散らす」「気に入らないことがあると机をたたいて激怒」「幹部のチャットで夜中・休日など構わず指示」など。
元局長が作成したのは、怪文書なのでしょうか?
それとも公益通報の文書なのでしょうか?
そもそも怪文書とは何でしょうか?
六角弘『怪文書』(光文社新書)によると、著者はこう定義しています。
ところで怪文書とはいったいどのように定義づけされるのか。広辞苑を繙いてみると、
「いかがわしい文書。無責任で中傷的・暴露的な出所不明の文書または手紙」
と記述されている。
これをもとに、私流の解釈を加えて定義付けすると、
1差出人が不明であること
2ターゲットがあること
3不特定多数にバラまかれていること
の三条件を満たしたものということになる。
また六角氏はこんなことも書いています。
怪文書をバラまく側にしてみれば、一歩間違えば、相手側の逆襲に遭い、逆に社会的に抹殺されることにもなりかねない。出す際には、まさにターゲットと刺し違えるほどの覚悟が必要である。
それゆえ、出すからには最小限の費用、労力で最大限の効果を挙げたいと願う。送付先を的確に選定すれば小さな攻めで、大きな破壊力が生まれるからだ。そのため、どこに送るか、その選定は大変重要な要素になってくる。
まず、ターゲットにした人物の周辺には、当人の行状を知ってもらうためにもバラまく必要がある。そこでその人物の同僚や上司、家族に送りつけることになる。また、同業他社のしかるべき部署に送るのも効果があるだろう。またマスコミに送る場合にも注意を要する。報道機関でも、大新聞やテレビなどは、よほどのことがないかぎり怪文書など無視して報道しない。そこで自ずと送付先の中心は、週刊誌、夕刊紙、スポーツ紙などになってくる。また、同じ新聞に送るにせよ、政治部や経済部よりも、社会部の方が扱ってもらえる可能性が高い。
ターゲットが違法行為を働いていることが明らかなら、警察、検察、国税局が送付先の筆頭候補になる。また、所轄官庁、国会議員に送りつけるのも最近の風潮になっている。
怪文書はデマや虚偽の内容を含んでおり、それが1990年代までは1~2割が真実で8~9割がデマや虚偽だったそうです。
しかし、2000年代以降その内容は逆転し、真実が8~9割になったそうです。
これは怪文書作成を取り巻く状況が変わったからです。
それまでは配布する方法は各家の郵便受けにビラを入れたりする方法もあったのが、ネットで不特定多数に見せることもできるようになりました。影響力も大きくなった。
それに怪文書の出所を暴かれることもあり、ただのデマでは誰かの失脚を狙う目的を達成できないこともあるからです。
西播磨県民局長だった渡瀬康英氏の文書で斎藤知事を追い落とすことのできる真実とは何だったのでしょうか?
渡瀬氏は怪文書を配布した当初、明らかにこの怪文書による斎藤氏の追い落としを狙ったのでしょう。
だから、ターゲットを記事にしてくれそうなマスコミと、議会で問題にしてくれそうな県議会議員に送ったのです。
しかし、斎藤知事の逆襲に会い、パソコンが押収されてしまっ。
それで、渡瀬氏は公益通報で身を守ろうとしたのでしょう。
公益通報とは、(1)労働者等が、(2)不正の目的でなく、(3)勤務先における、(4)刑事罰・過料の対象となる不正を、(5)一定の通報先に通報することを言います。
公益通報を行った労働者(公益通報者)は、公益通報を理由とした事業者による不利益な取扱いから保護されます。
・事業者内部:当該労務提供先(又は労務提供先があらかじめ定めた者)
・行政機関:当該法令違反行為について処分又は勧告等行う権限のある行政機関
・その他の事業者外部:その者に対し当該法令違反行為を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者
西播磨県民局長の渡瀬康英氏が、怪文書ではなく、最初から所定の公益通報先に公益通報していたらどうなっていたのでしょうか?
少なくとも公益通報者保護法によって、犯人探しみたいなことは避けられたはずです。
でも、社会への影響力は小さかったかもしれない。
しかし、正攻法で攻めるには公益通報としての内容を備えていないといけなかったのです。
つまり、(1)労働者等が、(2)不正の目的でなく、(3)勤務先における、(4)刑事罰・過料の対象となる不正を、(5)一定の通報先に通報するこです。
ここで問題となるのが、
(2)不正の目的でなく、
(4)刑事罰・過料の対象となる不正を
というところでしょう。
果たして怪文書を配布した目的は何だったのでしょうか?
書いていた内容は刑事罰・過料の対象となる不正だったのでしょうか?
先の7つの疑惑で斎藤氏はこう反論していました。
そして百条委員会でも、条例や刑法違反に当たる事実の指摘はありませんでした。
あったのは、いかに斎藤氏が部下等にパワハラ的な対応をしていたかどうかでした。
追及者はひたすら「パワハラだと思わないのか?」と斎藤氏のパワハラの自覚について迫っていました。
しかし、斎藤氏は「そう思わない」「業務上の範囲内」だと反論していたのです。
渡瀬氏の作成した「七つの疑惑」の文書は、公益通報の目的についてははっきりと不正を正そうとしていたのか、それともただ騒ぎにして辞職させようとしていたのかよくわかりません。
また、条例・刑法違反なのは、選挙の事前運動を依頼していたことやパーティー券購入の強要でしょう。
しかし、それは斎藤氏が否定し、百条委員会などに確たる証拠も提出されていないようです。
百条委員会を終えて、わかるのは、多くの人が斎藤氏にパワハラをされた、または目撃したということ。
投票依頼については実際に知っている人が3名いたということくらいです。
要するに、兵庫県の職員が斎藤知事のもとで働くのが嫌だったということはよくわかります。
渡瀬康英氏はパワハラ知事を辞めさせたかったのでしょう。
自分の命と引き換えにその目的は成し遂げたのです。
そして一年早い選挙になった。
つまり、4.5億円の県民の出費増になった。
果たして、それは自分の命を賭ける価値があったのでしょうか?