1.名目GDP(国内総生産)にみる経済の豊かさ

 

先日、2023年の名目GDP(国内総生産)で、日本はドイツに抜かれて世界4位となったという報道がありました。

 

GDPは、国内で生産されたモノやサービスの付加価値を表す指標です。

日経平均株価がバブル後最高値を更新しています。日本経済はどうなっているのでしょうか?

 

小栗泉・日本テレビ解説委員長 
「日本が4位に転落した理由の1つは円安です。15日も1ドル150円台と歴史的な水準の円安・ドル高が続いています。GDPは世界で比べる場合はドル換算のため、今は円安で円の価値が低いことから、日本は大きく下がってしまいました」 

 

有働キャスター 
「すると、順位は下がったものの経済は大丈夫ということですか?」 

小栗委員長 
「そうとも言えないようです。経済評論家の加谷珪一さんは『ドイツの経済規模はこの30年間で2.3倍に拡大したのに対して、日本は0.9倍とむしろ縮小している。つまり世界で、日本だけが経済成長していない。このままではどんどん追い抜かれる』と話します」 

 

有働キャスター 
「なんとかする方法は…?」 

小栗委員長 
「加谷さんによると、ポイントは『消費の意識』と『賃上げ』です。GDPは、私たちがお金を使うことで上がります」 

「例えば日本製品を買ったり、どちらにしようか迷った時には少し贅沢な方を選んだりと、消費の意識を持つことが重要です。そのためにも賃上げが必要だと加谷さんは指摘しています」 

 

 

 

ドイツに追い抜かれる前のGDPは上の通りです。

ドイツと日本の差なんてあんまり大したことありません。

アメリカと中国が大半のGDPを生み出しているということです。

 

GDPを算出する計算式は、

 

民需(国民の消費金額+国内企業の投資額の合計)+政府支出(政府が使った金額)+貿易収支(輸出額-輸入額)

 

となります。

つまりその国の人口が大きく影響するのです。

 

これを国民一人当たりのGDP推移にするとこうなります。

 

 

ノルウェー2位、アイスランド8位、デンマーク9位、デンマーク12位、フィンランド18位と北欧の5か国は上位になります。

日本32位、中国70位となります。

 

2000年には、日本が2位で北欧5カ国より上位だったのですが、この20年で日本の退潮は顕著です。

一方、北欧5カ国は20年前とあまり変わりません。

 

 

この要因の一つには賃金の問題があるのでしょう。

2000~2017年の賃金推移では、北欧の国々は賃金上昇しているのに、日本は上がっていません。

 

 

 

 

2.どうして賃金が上がらないのか?

 

どうして日本の賃金が上がらないのか?

 

その理由は企業が内部留保で利益を貯め込んでいるからという説明です。

こういう図が国会でもフリップにされたりします。

 

 

では、他国はどうなのでしょうか?

 

 

日本の労働分配率はその後もあまり変わりません。

 

 

日本はアメリカに比べて、内部留保比率が高く、労働分配率が低い。

ただ株主等分配率は徐々に上がっているという特徴があります。

 

では、どうして利益が賃金に回らないのか?

 

その理由の一つに日本は労働生産性が低いからというものがあります。

どうなのでしょうか?

 

 

労働生産性を問題にする場合、実質の物的労働生産性と、名目の付加価値労働生産性の問題があります。

 

1)付加価値労働生産性:名目GDP÷(雇用者数×労働時間)
2)物的労働生産性:実質GDP÷(雇用者数×労働時間)

 

で計算されます。

 

実質GDPは物価や為替の変動を含めて計算します。

 

 

 

 

 

 

サービス価格を含めて見ると、賃金とサービス価格が連動し、実質労働生産性とは連動しているのがわかります。

 

このグラフでは実質の労働生産性は他国と比べても大差ありません。

実質というのは物価変動や為替変動も含むものです。

 

日本の場合は、それに比べて名目賃金とも差があるのです。

 

 

3.企業の内部留保の行き先をどうするのか?

 

 

となると、内部留保比率のほうが問題ということでしょう。

 

企業活動で生み出される付加価値は時に大きく変動するのに対して、全体としてみれば賃金の変動率は相対的に小さい。したがって景気が短期に大幅に悪化するような局面では、労働分配率が急騰することがある。左図で示したリーマンショックの際などはその典型だ。また足元では、コロナ禍で企業活動が大きく制限されたため、この時も労働分配率が急騰している。逆に、業績が急拡大するようなバブル期には労働分配率は急落する。

さて、そうしたことを踏まえた上で労働分配率の推移を見ると、2000年代以降、明らかに低下傾向にある。一方、右側の企業の内部留保の金額の推移を見ると、2000年代以降に急ピッチで増加していることが見て取れる。マクロで見れば、日本の企業は生み出した付加価値の分配に当たって、労働者への分け前を削って内部留保に回してきたことになる。

 

つまり、リーマンショックなどの急激な変化を恐れて内部留保を増やしたということです。

 

内部留保はバランスシートの右側に計上されるので、それが増加した時に左側(資産側)では何が増えたのか。しばしば利益を生まない現預金が無駄に積み上げられているという批判が投げかけられるが、確かにリーマンショック(08年度)以降、現預金が100兆円以上積み増されている。ただその間に増加した内部留保の額は200兆円を超えている。その差を説明するものは何だろうか。

 

 

 

このグラフで内部留保を企業の預貯金と誤解する人がいて、すぐに「内部留保を吐き出せ!」という国会議員もいます。

 

賃金は、単年度の売り上げの利益のなかから支出するものです。

損益計算書の費用のなかに含まれます。

 

そのいう費用を差し引いたのが当期純利益で、それが積み上がったものが利益剰余金という「内部留保」なのです。

当期純利益というのは「損益計算書」(PL)で表され、利益剰余金は、「貸借対照表」(BS)で表されます。

 

 

 

手元資金としての現金・預金は貸借対照表の左側の資産の部で表され、利益剰余金は右側の負債・純資産として表されます。

 

 

 

 

では、現預金として蓄積される以外の資産の行き先はどうなっているのでしょうか?

 

答えは証券投資の増加である。子会社や関連会社の株式保有という形で「対外直接投資」が増えているのである。利益が出にくい国内よりも相対的に利益率が高い海外に投資しているということだろう。世界金融危機(リーマンショック)の際に資金繰りに窮した経験から、多くの企業が手元流動性を増やした。そして同時に先行きの利益を確保するために海外に資金を投じているのである。

 

ではどうすべきなのでしょうか?


労働者側から見れば、付加価値の増加分を、企業が「利益の確保」と、「不測の事態に備えた流動性の積み上げ」と、「将来の利益を狙った海外への投資」に回すことを阻止できなかったということになる。

そうであれば、「労働生産性を上げれば賃金も上がる」とは言い切れないことが分かる。結局、もっと賃金を受け取ろうとするなら、企業が必要人材の確保に躍起になるような状況をつくり出す必要がある。「その人材に辞められては困る」「その業務を果たす有能な人材が欲しい」と企業に思わせる状況、つまりは労働市場の流動性を高める必要があるということである。労働者自身が、賃金の上昇よりも雇用の維持を優先しているようでは、賃金交渉で優位に立つことはできない。

もっとも、労働力の供給増加の面で大きく貢献してきた女性の参入も、今やその就業率は70%を超えており今後はブレーキがかかる可能性が高い。高齢者の就業率がさらに高まるとしても、現役人口の減少が加速していく下で、日本経済が絶対的な人手不足に陥っていくのは避けようがない。勿論デジタル化、ロボット化は進展するだろうが、人材の奪い合いが賃金水準(労働分配率)を引き上げていくことになるとは言えそうだ。

 

つまり、一つには労働力の流動性を高めて、賃金水準を上げるということです。

今年の春闘では大幅な賃上げが実現できていますが、これには運送業の人手不足や、万博・半導体工場建設ラッシュによる建設業の人手不足が引き金になり、メーカーやホワイトカラーの人材確保に波及したことが大きな要因になっています。

 

AIによる半導体需要、万博、IRなどの開発事業が経済を牽引したことが日本経済をデフレ、ゼロ金利政策から脱出する糸口になろうとしているのです。

 

 

4.内部留保の新たな投資先の可能性?

 

では、これまでデフレで国内需要がなく、海外の株投資に回っていた投資先として国内の需要はないのでしょうか?

 

 

IMD(国際経営開発研究所:International Institute for Management Development)が作成する「世界競争力年鑑(World Competitiveness Yearbook)」の2023年版が去年の6月20日に公表されました。

 

日本の競争力総合順位は過去最低の35位でした。

 

「世界競争力年鑑」2023年版の結果について、IMDは多面的な要因が絡み合った「polycrisis」の影響が強かったと指摘している。景況感が暗く、インフレ圧力も差し迫る中、安定したエネルギー供給、強固で柔軟なサプライチェーン、貿易黒字を維持した国の競争力は強い地位を維持した一方、原材料やエネルギーの輸入に多くを依存する国の競争力は低位にとどまった、との見方である。

 

日本の総合順位の変遷をみると、1989年からバブル期終焉(しゅうえん)後の1992年まで1位を維持し、1996年までは5位以内の高い順位を維持した。しかし、金融システム不安が表面化した1997年に17位に急低下した後は、20位台の中盤前後で推移し、2019年以降は30位台が続いている

 

 

 

 
 

コロナ禍で浮き彫りとなったことの1つにデジタル化の遅れがあります。

北欧のデンマークやエストニア、シンガポールなどとはまだ差があります。

 

 

 

日本はIT投資が各国に比べて少ない状況にあるが、労働力人口の減少により、企業が人手不足により直面するようになれば、デジタル化などの省力化への投資や人材投資に積極的になることを迫られるだろう。菅政権によるデジタル庁の創設や、岸田政権の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」に含まれるDX(デジタル・トランスフォーメーション)への投資や「人への投資」促進など、政府の政策的な後押しにも支えられて、今後の日本のデジタル関連の投資や人材投資は加速することが期待される。デジタル化を含めた技術革新に迅速に対応し、新規技術が経済活動の中でより幅広く活用されることが可能となれば、経済の生産性を引き上げることにつながるだろう。

 

 

 

 

企業の単年度の収支では、人件費部分を拡大し、賃金への配分を増やすことです。

その上で、ICTに関する設備投資やファンドなどへの投資を増やすことでしょう。

 

政府はインフラ整備や人材養成、ファンドの設立などで配分すべきでしょう。

 

5.イノベーションを阻むものは何か?

 

北欧諸国は、テクノロジーの活用やイノベーション創出もさかんで、ユニコーン企業を多く輩出しています。

 

European Commission(欧州委員会)が発表した「European Innovation Scoreboard2020」では、スウェーデン、フィンランド、デンマークが3位までランクインし、評価項目の1つであるイノベーションリーダー指数は、EUの平均スコアを大幅に上回りました。

 

デンマークのスタートアップやその成長を支えるエコシステムは、首都コペンハーゲンとその周辺に集中しており、Innovation Lab Asiaが発行した「北欧イノベーションガイド」によれば、近年このエリアにはコワーキングスペース、アクセラレーター、インキュベーターが続々と誕生しているという。

 

大学在学中に起業を支援する体制も整っていることから、デンマーク工科大学では1997年から2017年の間に2,200を超えるビジネスが創出された。十分な資金がなくとも、メンターからの起業アドバイスが提供される無料のインキュベーションオフィスの存在や非常に低金利で借りられる学生ローンの存在が学生の起業を後押ししているようだ。

 

それ以外にも起業家に提供される多くのサポートがあり、例えばビジネスカウンセリング、ネットワーキングイベントへの参加、ツールの提供等を無料で受けられる。さまざまなところに起業家を支援する場所があり、Webで簡単にアクセスできる手軽さも魅力的だ。

 

 

 

 

フィンランドのノキアはイノベーションで携帯事業を切り拓き、新たな環境のもとでネットワーク企業として再生しました。
 

北欧には常にイノベーションを生み出す環境があり、またその環境を作り出しています。

 

イノベーションのジレンマというハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセンが提唱した概念があります。

 

 

イノベーションのジレンマとは、業界トップになった企業が顧客の意見に耳を傾け、さらに高品質の製品サービスを提供することがイノベーションに立ち後れ、失敗を招くという考え方。

成功している企業がイノベーションのジレンマとよばれる失敗に陥る理由として、クリステンセンは、3つの理由を挙げている。

まず第1に、破壊的な技術は、製品の性能を低下させる。そのため、既存技術で成功している大手企業の多くは破壊的な技術に関心が低いという点である。例えば、デジタルカメラが登場した当初は、画質などで銀塩写真に比べて画像の質は低く、フィルムカメラのメーカーは、この技術に関心も注意も払わなかった。しかし現在では、フィルムカメラはデジタルカメラに主役の座を追われている。

第2に、技術の進歩のペースは、市場の需要を上回ることがあるという点である。技術が市場の需要を上回っているにもかかわらず、トップ企業はハイエンドの技術をさらに持続的に向上することを止められない。そのため、新たに開発した技術に、市場は関心やプレミアムを得ることができない。さらに、比較的に性能が低くても顧客の需要を満たす、新たな技術をもった新規企業に市場を奪われる隙を作ってしまう。

第3に、成功している企業の顧客構造と財務構造は、新規参入企業と比較して、その企業がどの様な投資を魅力的と考えるかに重大な影響を与える。破壊的技術が低価格で利益率が低い、あるいは市場規模が小さいなど、既存の技術で成功してる企業にとって魅力を感じず、参入のタイミングを見逃してしまうという点である。

上記のコンセプトから、革新的な技術やビジネスモデルで従来の企業を打ち破った企業が、大企業になると革新性を失ってしまう状態や、さらに最先端の技術開発をしても成功に結びつかない状態などを、総じてイノベーションのジレンマと呼ぶ。

 

 

 

ここで、まとめです。

 

経済の豊かさを表しているGDP(国内総生産)は、一人当たりGDPで見るべきであり、それは国民の一人当たり所得を特に見るべきです。

 

GDPの成長を支えるものは、生産性の向上です。

 

しかし、その場合も労働者の購買力を上げるための賃金との連動が必要です。

 

そのためには、人材の育成とともに環境整備を行うべきです。

 

 

低迷した日本に今必要なのは国際競争力を高めるです。

グローバル化した経済環境のなかで、自国のみの市場で競争力を考えるわけにはいかないのです。

 

既成概念に囚われていては、イノベーションを生み出しても実現することはできません。

北欧の歴史や政治、経済はそれを教えてくれます。

 

経済の豊かさは、常に新たな需要を発見し、そのための製品やサービスを開発し、市場に投入することでしか持続的に維持できないでしょう。

 

そして幸福度を上げるには、社会の倫理や価値観を変えていくことが大事です。