1.幸福な監視社会としての中華人民共和国という共産主義国家

 

六四天安門事件がその後の中国に与えた、いや今も与えている影響があります。

分かりやすいところは、政治的な複数政党制は形だけのものになっているということです。

 

中国共産党は、1998年に国連人権規約B条項(人々の政治的自由の保障を含む)の署名に踏み切ったにも関わらず、全国各地で進められていた中国民主党の申請を弾圧しました。

 

中国民主党の結成申請に対しては、「共産党の指導」を了承していたにもかかわらず断固これを却下し、その上これに関わった主な指導者をことどとく逮捕・投獄し、なかには十数年に及ぶ実刑判決を下すほどであった。

 

 

双方向・循環型の党組織であり、異論を排除しないと言いながら、党大会で異論を述べたらその代議員を徹底的に指導者が批判し、その後も個別に呼び出して指導するという日本の共産主義政党もあります。

どちらの政党もよく似た思考方法なのでしょう。

 

中国共産党の場合、自由化を芽のうちに摘んでおくという発想なのだと思います。

 

 

もうひとつが、徹底的な監視、検閲です。

 

中国では、「天安門事件」と検索しようとするとアクセスが遮断されるようです。

 

ネットの検索を常に監視されています。

1990年代のネット掲示板から始まって、今のSNSもすべて監視対象です。

 

「中国共産党による一党支配に疑問を呈すること」「トップ政治家に対する批判」「民主化運動など反政府運動を教唆すること」「少数民族の独立を促すこと」が検閲の対象です。

 

 

唯一、ショートメッセージ(SMS)だけは送付の前には検索されないので、抗議活動の連絡に用いられていたりするそうです。

 

監視されて当たり前になっているそのような中国の現状もあります。

 

新疆ウイグル自治区にはAIの監視カメラがあちこちに取り付けられ、「AI監獄」と化しているという報道があります。

 

 

 

中国政府側からすれば、ウイグル自治区にはイスラム教徒が多く住んでおり、これまでもイスラム過激派によるテロが何度かありました。だからそれを未然に防止しているという理由です。

 

 

2016年8月、陳全国という実力者が新疆ウイグル自治区の共産党委員会書記に就任し、地域の最高指導者になった。彼は新しいテクノロジーを活用し、住民への監視と支配を強めていった。たとえば、マスデータ(大規模データ)を使った「予測的取り締まりプログラム」の導入によって、罪を犯しそうだとAIが予測した容疑者を拘束できるようになった。陳の指示によって何百もの強制収容所が開設された。これらの収容所は正式には「拘留センター」「職業訓練センター」「再教育センター」などと名づけられた。この地域に住む1100万人のウイグル人のうち、それらの施設に収容された人数は2017年までに150万人に膨れ上がった。

 

 

ウイグル自治区に限らず、中国には監視カメラが世界で一番取り付けられています。設置されているカメラは2000万台以上と言われているのです。人口比にしてもランキング上位の国がいくつもあります。
しかし、ウイグル族などを含め、中国の人々はそれに対して従順に見えます。

 



『幸福な監視国家・中国』(NHK新書)によると、中国の人々はテロ対策や犯罪防止のために積極的に情報を提供することに抵抗はないようです。お互いをネットの情報などで監視する状況を「デジタル・パプティコン」と著者たちは呼んでいますが、テロを防止するという目的のためにはカメラで日常を映されるのは許容するのです。

 

これは日本でもそういう自治体があったりします。個人の人権より公共の福祉を優先するという首長もいますが、中国ではその程度がさらに進んでいるということでしょう。

また、中国国民は、社会信用のシステム構築に積極的です。

金融の与信供与の信用度を上げるアプリがあります。携帯電話や公共料金の支払い履歴などに基づいて信用を評価する「芝麻信用」というサービスです。ネットショッピング、モバイル決済、ネットの人間関係、保有資産、学歴などクレジットヒストリー以外のデータをもとにAIがスコアを算出します。これはクレジットカードを持てない低所得者層に融資をする場合などに役立っています。

「懲戒」分野の信用システムも進んでいます。
脱税や規則違反などの道徳的信用をスコア化してブラックリストにしているものもあります。この失信被執行人リストは、通称「老頼(ラオライ)」と呼ばれています。裁判判決をちゃんと履行しない人をリスト化し、船舶の利用や私立学校への通学、一つ星以上のホテルやナイトクラブの利用に制限をかけています。
これは中国共産党や省庁、自治体が合同で発表しているリストです。
自治体による信用スコアの公表もあります。
これにより、入学、雇用、生活保護、社会保障、共産党入党、軍隊への応募などで優遇したり、資格を剥奪したりしています。
これは一時世論の批判を浴びましたが、自治体での導入は進んでいます。

監視されることとの引き換えに様々な社会的優遇を受ける。
中国の人たちはそれを受け入れています。

 

 

2.幸福な民主主義国家・中国

 

1989年の六四天安門事件から35年経っています。

今の大学生は生まれてもいませんでした。

 

政治的選択の自由がないのもネットを監視されるのも当たり前という社会で育った若者はどうなっているのでしょうか?

 

 

マイケルサンデルの問いと中国の若い世代の答え

 

NHKのBSでマイケル・サンデルがアメリカ、中国、日本の学生たちと討論をする番組があります。2022年に「中国は民主主義国か?」というテーマの回がありました。

 




中国の学生は、アメリカとは違うが「中国は民主主義国」だ。アメリカとは違う、もう一つの「民主主義」を世界に示していると主張しました。
サンデル教授は、「複数政党制」「直接選挙」「言論の自由」は民主主義の必要条件か?と質問しましたが、中国の学生は、民主主義には3点全て不必要だと回答していました。


それは次のような理由です。

 

・「複数政党制」について、政党から出た人は国民の一部の代表であり、全国民の代表ではない。複数政党制のもとでの選挙にはお金の問題が付きまとう。

 選挙ではどちらが勝つかが焦点となり、国民の問題などの争点に焦点があたらない。

 

・「直接選挙」について、中国には「推薦」もある。

 単に手続きの違いで、合理的な方法がとられれば良い。

 50%の支持で大統領となった人が、全ての国民を代表することができるのか?

 

・「言論の自由」について、言論は何かの問題解決に使うから大切なのであり、怒りや不満を表明するためのものではない。




中国人学生たちは、中国を民主主義国家だと考えているのです。
国民が信用する人が国民のことを考えて政治をしている、という主張です。中国共産党は国民のなかで選ばれた人たちの集団です。その人たちがつくる政府やエリートが研究する科学を国民は信用しているので、コロナ対応、シャットダウン、ワクチン接種がうまく行ったとの意見もありました。
逆にポピュリズム(トランプなど)は民主主義ではないと言っていました。特にトランプについては、かつてトップだった人がツイッター、フェイスブックを締め出されたのは、人権侵害、検閲ではないのかとも批判していました。

それに対して、アメリカと日本の学生は、民主主義に必要なものは、直接選挙、言論の自由、複数政党の存在であると主張しました。
でも、中国の学生たちは、そのような政治システムよりも、いかに国民の役に立っているかの実効性のほうが大切で、トランプのように一部の国民の利益だけを考えているトップが出てくるほうが問題だと指摘していました。
確かに一理あると思ってしまう議論でした。
社会主義を目指す中国が行き着いたのが、サンデルと話していた学生たちの意見なのでしょう。

 

 

 

選ばれし優秀な共産党員が統治する民主主義社会

 

中国の学生は、中国共産党員は国民のなかで選ばれた人たちであり、その人たちがつくる政府やエリートが研究する科学を国民は信用しているので、コロナ対応、シャットダウン、ワクチン接種がうまく行ったと言っていました。

 

中国では9000万人を超える人数になっている共産党員ですが、それでも人口比は6%強です。

 

『中国共産党 世界最強の組織』(星海社新書)によると、共産党員になるには、

 

①申請してから「入党積極分子」になれるかどうかの段階

②「党員発展対象」になれるかどうかの段階

③「予備党員」になれるかどうかの段階

④予備党員の段階

 

という4つの段階でそれぞれ審査があるのだそうです。

 

 

 

 

入党希望者は大学や職場などの党支部で数年かけて研修と審査を受ける。そのプロセスで重視されるのは政治的な知識や思想・態度以上に、日ごろの学習態度や勤務態度、協調性やコミュニケーション能力等の面で、周囲の模範であるかどうかで判断されるのです。

中国共産党に入るのは、この国でエリートになる道ですが、模範的な社会人として振る舞わなければならない役割を背負うことでもあります。

 

予備党員になる前には、「党の綱領と党章を遵守し、生涯を共産主義に捧げ、党と人民のために自己の犠牲を顧みず、永遠に叛逆しません」と入党志願書に書かなければなりません。

 

一年間の予備党員の期間が過ぎれば正式の党員になれますが、義務を果たしていなければ留年もあります。

入党を希望してから最低でも2年間の審査の期間があるのです。

その間、ペーパーテストではなく、意識の高さや思想信条が審査されます。

コミュニケーション能力の低さや協低さが低さも党員にななれない理由に結びつきます。

中国共産党としては優秀な党員を増やしたいので、落とすためのシステムにはしていないのです。

 

しかし、生活相談にきた人や選挙の応援に来た人を入党工作の対象にする日本の共産主義政党とは事情が違うようです。

 

中国の民主主義と共産主義社会

 

中国の自由と民主主義に関する考え方は先の通りです。

 

①政治的自由:複数政党制は不要

 

②選挙制度:直接選挙は不要

 

③言論の自由:怒りや不満を言う自由は制限してもよい
 

 

六四天安門事件を経て、反対政党が禁止され、ネットの言論が監視されている中国では、そう思う人が増えても仕方ないのかもしれません。

社会主義国家の維持に果たす共産党の役割も大きいようです。

 

中国は今でも農村人口が半分を占めていますが、中国の農村には村民委員会という自治組織があります。

これは、人民公社が解体された後、管理体制の空白や治安の悪化などの問題を解決するため、農民が自発的に組織したのが始まりで(1980年、広西チワン族自治区)、その後に法制化されました。

村民委員会は基本的に自治組織ですが、政府機関の業務を請け負ったり、行政の活動を補完する役割も担っています。

一方、農村には党支部のような基礎組織があります。それをまとめるのが党委員会です。

現在では、村民委員会のトップと村の党組織のトップを同一人物が兼ねることが多く、それは「一肩挑」と呼ばれています。

草の根自治と上、意下達の中央集権制度の政治的な党活動という、分権化が進んでいる欧米や日本の政治学では、いっしょになるはずのないものが、くっついてしまうのが中国社会の特徴ともいえます。

これは農村に限ったことではありません。

都会でも住民自治で党員がボランティアで力を発揮しています。

 

中国でコロナ時にロックダウンを短期間に行うことが出来たのを専制政治が要因のように言われていますが、実際には党員ボランティアが住民の間で活躍したと西村普氏は言っています。

 

コロナ以前であれば、1~2の小区を一つのグリッドにし、担当者を配置するケースが少なくなかった。しかし、封鎖管理下の上海では、一つの小区を5~9程度のグリッドに細分化し、さらに、一棟一棟に担当者を配置して対応するケースが見られた。このようなケースでは、一つのグリッドに3~5棟のマンションが入ることになる。 

 

 各棟に担当者を配置する場合、グリッド担当者を総動員しても人員が足りない。多くの社区では、ボランティアを募ることで人員不足を緩和させた。後述するように、ボランティアの大半は中国共産党の末端党員である。また、マンションの警備員もこのような自治活動の戦力として投入された。 

 いくらネット社会が発達したといえども、5~9名の居委会が数千世帯の住民と直接連絡を取ることは不可能である。まして、小区内の感染者の発生状況やPCR検査の進捗状況をモニタリングし、保存食はともかくも野菜などの生鮮食品を配給することには無理がある。ゆえに、居委会→グリッド担当者→棟の担当者→住民のような多層的な連絡系統をつくる必要があった。住民がグループチャットで棟の担当者と連絡を取り合うケースが典型であったようだ。棟の担当者はグリッド担当者に連絡し、最終的に居委会に繋がる連絡網を構築できる。大規模な社区であれば、グリッドを上位・大規模の「中隊」と、下位・小規模の「分隊」の二層構造にすることなどで対応したようだ。

 

 

企業での党員は党課というハードな教育を受けています。

 

中国語の「課」には、授業の意味もあります。

 

形式は、大学等の大教室での授業とあまり変わりません。教師役の幹部がパワーポイントの投影や板書をし、それを多数の党員が聴講するというものです。「党課」の教師は、党組織内の幹部が兼任したり、やる気のある特に優れた党員が担当したりしますが、場合によっては、上級党組織の幹部や外部の教師や学者を招聘(しょうへい)することもあります。

 

「党課」それ自体は、企業以外の共産党組織にもありますが、企業内の共産党組織の党課には、社員教育のような側面もある点に特色があります。企業内の「党課」はそれほど高い頻度で催されるものではないようで、国有企業の党組織の場合、年に一回程度、主に夏季に行われます。

 

「党課」は社員教育という側面も持っているのです。

 

国家電網党校(管理学院)党建研究課題グループによる『国有企業党支部業務指導ハンドブック』によれば、企業内党組織における「党課」の教育内容は次のようなもので、党員としての面だけではなく、社会人としての側面からも教育が施されることに特色があります。

 

(1)習近平思想や過去の指導者の政治思想に関する政治思想理論やその精神の教育。

(2)党の基本方針や重要政策に関わる教育。

(3)党章と党の基本知識に関わる教育。

(4)時事的な状況に関わる政策やタスクの教育。

(5)党の伝統や風紀の教育。

(6)党員の現実思想の教育。

(7)市場経済知識や科学・文化知識の教育。

(8)専門知識教育。

(9)企業文化教育。

(10)廉政(クリーンな政治)のための教育。

(11)社会主義核心価値観や中華民族の伝統美徳に関わる教育。

 

以上のうち、「(1)習近平思想や過去の指導者の政治思想に関する政治思想理論やその精神の教育。(2)党の基本方針や重要政策に関わる教育。(3)党章と党の基本知識に関わる教育。(5)党の伝統や風紀の教育。(10)廉政(クリーンな政治)のための教育。(11)社会主義核心価値観や中華民族の伝統美徳に関わる教育」等は、大学の党支部で入党希望者に施される教育とそう大きく変わらないテーマであり、企業以外の党組織でも行われているものです。

 

ですが、国有企業の党組織の場合、これらのテーマが、そのまま、企業の内部統制やコンプライアンス、また、CSRといった内容と関連している点で、社員教育という側面をも併せ持っています。

 

企業内教育で「習近平思想や過去の指導者の政治思想に関する政治思想理論やその精神」を教えるのは、思想信条の自由の国からは違和感があります。しかし、この企業が国営企業であること、共産主義という労働者階級の国家であることを謳っていることからすると仕方がないのかもしれません。

 

中国の会社法では、企業内に中国共産党委員会(党委)を設置することが義務づけられています。

そのため、外資系企業でも党組織を設置するところが増えています。

 

ひとつは、社内の党員たちが他の普通の社員よりも頑張って働き、突出した成果を出して、「やはり党員は違う」と人望を集めることである。実際にこういう行動はしばしば行われる。

 例えば、この連載の2020年6月23日付で「健康は最も重要な個人情報~新たな段階に入った中国の個人情報管理」という話を書いた。その中でアリババが感染拡大阻止のためにスマホを活用した「健康コード」開発に取り組む際、多くの社員が不眠不休で業務に取り組み、驚くべき速さでアプリを世に出したことに触れた。アリババ社内には1万6000人の党員がいて、非常事態に真っ先に手を挙げて取り組んだのが党組織のメンバーだったことが、その後の報道などで明らかになっている。

 

別に共産党の肩を持つつもりはないけれども、確かに民営企業で党委員会のメンバーとして活動している人には社会貢献意識が強く、なおかつ仕事ができる人が多いのは、私の個人的経験からも事実と感じる。これには中国企業と仕事をしたことのある方は賛同していただけるのではないかと思う。

 また大規模な災害の発生時などに率先してボランティア活動に赴いたり、義援金を集めたりする活動も党組織がしばしば行う。福利厚生施策の向上や文化・娯楽活動などを経営者と相談し、先頭に立って実行していくのも党委員会の役割の一つと認識されている。

 実際、現時点での民営企業の党組織の役割は、上述したような「模範社員」か、社員の福利厚生に関連するものが目立つ。それは先に説明したように、民営企業の経営に党組織が直接関与するのは現実的に難しく、ひらたく言ってしまうと、これくらいしかできることがないからという側面が強い。

 

https://wisdom.nec.com/ja/series/tanaka/2020082401/index.html

 

中国共産党の思想信条も身につけ、コミュニケーション能力の高い共産党員が企業にいて、その企業の生産性向上に貢献してくれるなら、外資系企業といえども不満はないでしょう。技術流出が気になるところですが。

 

外資系企業では、就業時間に党活動をすることは禁じられていますが、就業後に党活動は自由なため、党支部が会社に会議室を要求するケースがあるそうです。

これはイスラム教徒の社員が会社に礼拝の場所を要求するのと似ているのかもしれません。

敬虔なイスラム教徒という人がいるように、熱心な共産党員という人がいても不思議ではありません。

 

いずれにしても、

 

①政治的自由:複数政党制は不要
②選挙制度:直接選挙は不要
③言論の自由:怒りや不満を言う自由は制限してもよい

 

というのを、自然に受け入れられる人で、コミュニケーション能力が高く、ボランティアなどを厭わない人、そういうひとを「共産主義的人間」と呼んでおきましょう。

 

そういう人にとって、管理型社会主義国家を未来社会として生きるのは有望でしょう。