しんぶん赤旗は有料広告も拒否できる

 

「月刊Hanada2022年8月号」によると、中北浩爾氏はしんぶん赤旗の編集局に、『日本共産党』(中公新書)の広告掲載を拒否されたそうだ。

 

憲法には「経済的自由権」があるので、広告を載せるか載せないかはそのメディアの裁量の範囲内にある。

日本国憲法における経済的自由権には、憲法 22 条・29 条で保障される 職業選択の自由(営業の自由)、居住・移転の自由、財産権が含まれている。

 

中北浩爾氏はそれを承知で、いやそういう経緯があったからこそ、「言論の自由(憲法21条)」と「名誉毀損に対する原状回復(民法723条)」で、共産党がサンケイ新聞と争った「反論掲載権(アクセス権)」を持ち出したのだろう。

 

しかし、まあ、それでもしんぶん赤旗は一般紙でないとか、公平・公正でなくてよいとかムニャムニャ拒否の理由を書いているが。

このしんぶん赤旗の文章も訂正してあげたいが、今回は止めておく。

 

 

袴田裁判の教訓をどこに求めるか?

 

ところで、松竹伸幸氏の除名処分について朝日新聞の社説などに対して、共産党は憲法上の「結社の自由」で反論している。
これは日本共産党の元副委員長である袴田里見氏の家屋明渡事件で裁判所が共産党の主張を認めたときに擁護した権利である。
袴田氏は敗訴し、「結社の自由」で、除名処分の理由そのものを裁判所は判断しなかったのだ。

しかし、今回、松竹伸幸氏の提訴では、その「結社の自由」に挑戦している。

それとともに、今回の裁判では袴田里見氏の裁判で示された除名処分の手続きの瑕疵を争うことにもなるだろう。

 

袴田里見の家屋明渡事件の最高裁判決で示されたこの部分だ。

 

政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばないというべきであり、他方、右処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であつても、右処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則つてされたか否かによつて決すべきであり、その審理も右の点に限られるものといわなければならない。

 昭和63年12月20日 最高裁判所第三小法廷判決

 

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/340/062340_hanrei.pdf

 

つまり、一般原則の「裁量権の逸脱」について争うことになるだろう。

袴田里見の家屋明渡事件判決の穴はここにあるのだ。

松竹伸幸氏の除名処分の撤回はここにひとつ活路を見いだせる。

 

 

サンケイ新聞のアクセス権拒否問題の穴はどこにあるか?

 

では、サンケイ新聞のアクセス権拒否事件の場合はどうだろうか?

 

最高裁判決をよく読むとこういう記述がある。

 

反論権の制度は、民主主義社会において極めて重要な意味をもつ新聞等の表現の自由(前掲昭和六一年六月一一日大法廷判決参照)に対し重大な影響を及ぼすものであつて、たとえ被上告人の発行するD新聞などの日刊全国紙による情報の提供が一般国民に対し強い影響力をもち、その記事が特定の者の名誉ないしプライバシーに重大な影響を及ぼすことがあるとしても、不法行為が成立する場合にその者の保護を図ることは別論として、反論権の制度について具体的な成文法がないのに、反論権を認めるに等しい上告人主張のような反論文掲載請求権をたやすく認めることはできないものといわなければならない。

 

○反論文掲載事件 昭和62年4月24日最高裁判所第二小法廷

 

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/168/055168_hanrei.pdf

 

『憲法判例百選Ⅰ(第7版)』(有斐閣)によると、この「別論」の意味するところでアクセス権研究者の間で議論があるようだ(p.165-166)。

 

このサンケイ新聞のアクセス権拒否裁判の判決では、名誉毀損の不法行為は認められなかった。

 

本件広告を全体として考察すると、それが上告人の社会的評価に影響を与えないものとはいえないが、未だ政党間の批判・論評の域を逸脱したものであるとまではいえず、その論評としての性格にかんがみると、前記の要約した部分は、主要な点において真実であることの証明があつたものとみて差し支えがないというべきであつて、本件広告によつて政党としての上告人の名誉が毀損され不法行為が成立するものとすることはできない。

 

 

しかし、もし名誉毀損が認められていれば、他にも方法はある。

 

 

中北浩爾氏への名誉毀損は成立するのか?

 

名誉毀損の不法行為により、謝罪広告を載せさせるという方法だ。

 

そういう視点であらためて谷本諭氏の文章を読むと、名誉毀損が成立する可能性がないともいえない。

 

「わが党が日米安保条約廃棄の立場をとることのどこが問題なのか、民主集中制を組織原則とすることのどこが問題なのかについて、中北氏が政治学者として事実にもとづく批判をしているかといえば、そのような批判はどこにもみられない。」

 

「中北氏がわが党に対して、“安保容認の党になれ”と説くというならば、これらの諸点について、事実にもとづいて明らかにすべきではないだろうか。ところが、中北氏の主張からは、そうした本質的な議論は全く見られない。」

 

「中北氏は、これらのいったいどこが問題なのかを、事実にもとづき論理的に明らかにすべきではないか。」

 

「中北氏が行っているのは、そうした真剣な議論ではない。中北氏は、わが党が「異論を唱える党員を『支配勢力に屈服した』と糾弾する」「簡単に除名や除籍を行い」などと批判しているが、まったくの事実誤認である。」

 

「「パワハラ」「異論封じ」「閉鎖的」「時代遅れ」――。中北氏は、わが党の民主集中制の原則に対して、雨あられのように批判の言葉を投げつけるが、どれも事実にもとづく批判とはいえない。どれもこれも独断的なレッテル貼りだけである。」

 

「結局のところ、中北氏のわが党に対する批判は、“安保容認の党になれ”“民主集中制の放棄を”という“鋳型”が先にあり、そうしたゆがんだ“鋳型”にあてはめてすべてを裁断するというものになっている。」

 

 

 

東京新聞に掲載された中北浩爾氏のインタビューを読んでいなければ、これらの記述からどんなインチキな政治学者かと思う人もいるだろう。

中北浩爾氏は真面目な政治学者だ。

著書のひとつ『日本共産党』(中公新書)は、これまで定評のあったジャーナリスト・立花隆が書いた『日本共産党の研究』(講談社文庫)と比べても本格的な研究書だと言える。

膨大な資料を駆使して、この政党の100年の歴史を検証した労作だ。

50年問題や民主集中制に関する党内論争も整理している。

 

谷本諭氏の文章は「政治学者」としての中北浩爾氏の社会的評価を下げていることは事実だし、「レッテル貼り」とか主張する根拠があるかと言えば、微妙なところだろう。

「レッテル貼り」はむしろ谷本諭氏のほうだ。

 

裁判で争う余地はある。

 

名誉毀損が成立し、損害賠償請求とともに謝罪広告なら掲載させることができる。

 

 

たとえばこんな感じの謝罪広告にすればいい。

 

おわびと記事の取消し

日本共産党発行の2024年2月21日付「しんぶん赤旗」に、「日本共産党を論ずるなら事実にもとづく議論を――中北浩爾氏の批判にこたえる」との見出しのもとに、理論委員会事務局長である谷本諭の記事を掲載しましたが、そのような事実は全くありませんでした。

事実無根の記事を掲載し、中北浩爾氏の名誉を著しく傷つけたことについて、深くおわびするとともに、右記事をすべて取り消します。

                           しんぶん赤旗編集局長 ○○○○
 

 

中北浩爾氏の提訴に期待します♡