松竹氏の訴状を読んでいて、事実はどうなのかが気になったことが二つある。
ひとつは提出している証拠の録音で、松竹氏と南地区委員会の関係者で何が語られたのか?
もうひとつは、弁明の権利を与えられなかったのは事実なのかどうか?
ふたつめのほうは、この録音のなかでは決定の場がいつか、そこに出てくる権利は語られていない。
他の機会に伝えたのなら別だが、そうでないと松竹氏は言っている。
この録音は、松竹氏の公式ページの次の項目からダウンロードできる。
京都府委員会・京都南地区委員会による調査
2023年2月2日
京都府委員会・京都南地区委員会の合同調査時の録音 m4a
鮮明に聞こえる録音がそこにある。
1時間16分56秒あるが、あっという間に終わる感じだ。
面白い1時間のラジオドラマを聞いているようだった。
京都府共産党南地区委員会のカワイとかタカギというひとと、松竹さんと言い合っている。
この録音は、いずれ誰かがすべてを文字起こしすると思う。
ここで語られていることが今後の裁判で争点になると思った。
すべてがここで語られているのだ。
まず、綱領・規約違反の問題。
南地区委員会の人たちは、松竹さんの『シン・日本共産党宣言』で書かれていることが綱領違反だと言う。
松竹さんが自衛隊を違憲だということを中心に考えていないことが問題なのだと。
松竹さんは、志位さんが共産党のトップとして悩んだ末、2015年に国民連合政権で「有事の際には、米軍出動要請、自衛隊活用する」と言ったことと何が違うのかと問う。
いやそれは綱領に書かれていないと南地区委員会が言う。
段階論は党大会の決定であると松竹氏は言う。
「松竹氏の著書を批判した藤田健論文を常幹(常任幹部会の意味)が正しいと認めている」と南地区委員会は言う。
松竹氏は、「これは地区委員会による調査で、私はそれに反論している。それに対して地区委員会がどう考えるかではなく、すべて常幹が言っているからという回答なら、最初から結論が決まっていることになるではないか」と抗議する。
南地区委員会はそれに対しては答えず、「規約違反である」と言い出す。
松竹氏は「今は綱領違反のことを話題にしている。規約のことは後で反論する」というような応酬がある。
規約の話題になると、藤田論文をさらに踏み込んだことが語られる。
ひとつは「党首公選制」は党規約第23条違反だということだ。
○日本共産党規約
第二十三条 中央委員会は、中央委員会幹部会委員と幹部会委員長、幹部会副委員長若干名、書記局長を選出する。また、中央委員会議長を選出することができる。
中央委員会は必要が生じた場合、准中央委員のなかから中央委員を補うことができる。また、やむをえない理由で任務をつづけられない委員・准委員は、本人の同意をえて、中央委員会の三分の二以上の多数決で解任することができる。その場合、つぎの党大会に報告し承認をうける。
松竹さんは、中央委員会が決めるというこの規定を否定していない。党首公選をしてその結果を中央委員会が尊重するのか、しないのかは中央委員会の権限になる、と言う。
いや、第19条で中央委員会が代議員の選出方法を決めることになっているし、決められていないことも第56条で中央委員会が決めることになっていると南地区委員会は言う。
○日本共産党規約
第十九条 党の最高機関は、党大会である。党大会は、中央委員会によって招集され、二年または三年のあいだに一回ひらく。特別な事情のもとでは、中央委員会の決定によって、党大会の招集を延期することができる。中央委員会は、党大会の招集日と議題をおそくとも三カ月前に全党に知らせる。
中央委員会が必要と認めて決議した場合、または三分の一以上の都道府県党組織がその開催をもとめた場合には、前大会の代議員によって、三カ月以内に臨時党大会をひらく。
党大会の代議員選出の方法と比率は、中央委員会が決定する。
代議員に選ばれていない中央委員、准中央委員は評議権をもつが、決議権をもたない。
第五十六条 中央委員会は、この規約に決められていない問題については、規約の精神にもとづいて、処理することができる。
この規約のどこにも党首公選はしないと書かれていない。
それに党員は選挙し、選挙される権利があることになっている、と松竹氏。
第五条 党員の権利と義務は、つぎのとおりである。
(三) 党内で選挙し、選挙される権利がある。
第十三条 党のすべての指導機関は、党大会、それぞれの党会議および支部総会で選挙によって選出される。中央、都道府県および地区の役員に選挙される場合は、二年以上の党歴が必要である。
選挙人は自由に候補者を推薦することができる。指導機関は、次期委員会を構成する候補者を推薦する。選挙人は、候補者の品性、能力、経歴について審査する。
選挙は無記名投票による。表決は、候補者一人ひとりについておこなう。
これまで党大会の決定で党首公選をしないことが決まったことはない。決定でないことを党外に持ち出しているわけではない。
松竹氏はそう主張した。
党首公選にすると分派が出来る。
50年問題の共産党の教訓だ、と南地区委員会。
50年問題で党首公選制が話題になったこともない。
分派が出来るのは中央委員会で誰が幹部会委員長になるかということでも同じだろう。自分がなりたいという人が立候補するとそのために働きかける。それは同じだろう、と松竹氏。
いや、共産党は党機関の決定を実行する人を選ぶのであって、誰がなりたいということではないと南地区委員会。
では、立候補は認めないのか? と松竹氏。
いや、立候補は自薦・他薦もある。
それでは同じでないか?
という応酬が続いた。
沈黙の後、
これまで党内でこのことを主張したことはあるのか?と南地区委員会の問い。
ない、という松竹氏の回答。
だが、そのことで党内のことを党外に持ち出したというのはおかしい。これは日本国民が関心のある社会・政治的な主張であって、言論人として言論の自由として言い、出版もしている。憲法が定めた表現の自由の権利である。
松竹氏はそう言っていた。
それに対して、南地区委員会は、共産党員には憲法の「結社の自由」が優先すると言う。
ああ、このやりとりは裁判の争点そのものかもしれない。
そう思った。
ある政党の党員で、思想・表現の自由はどこまで許されるのか?
それは、党の指導部の裁量なのか、限界があるのか?
明記されている綱領・規約で判断できれば問題ないが、明記されていないことは、一般人の常識で判断すべきか、指導部の裁量範囲なのか?
そこが1988年の袴田里見氏の裁判でも問われたことだった。あの裁判では、結社の自由があるので自律権に任されるのが原則とし、除名など市民的権利に関わることは、規約が公序良俗に反しない限り、司法権は介入しないということだった。
袴田里見氏の裁判では規約の定めた手続き違反は、袴田里見氏の方が目立った。
しかし、今回は共産党の側に瑕疵が目立つ。
その上に、今回は結社の自由と表現の自由をめぐる判定変更を求めている。
今回の瑕疵生んだのはひとつの曲解の文章だろう。
それを党指導部も追認した。
せめて統一地方選の期間の後まで調査し、検討すべきだったのだろう。
除名決定前の2023年1月21日。
その日の「しんぶん赤旗」に載った「規約と綱領からの逸脱は明らか――松竹伸幸氏の一連の言動について」という赤旗編集局次長の藤田健氏の文章。
そこで語られた松竹氏の主張の曲解がその後の展開をすべて決めたのだと思う。
2月2日の地区委員会の調査はその後のことだ。
この順番もおかしい。