1.松竹伸幸氏の除名処分と東郷ゆう子氏の除籍処分の類似性

松竹伸幸氏の裁判は、この前の記者会見では、どうやら名誉毀損の損害賠償請求をし、そのなかで除名処分撤回の地位確認訴訟をするようだ。

 


名誉毀損について、今回の事案が適用されるかどうかの問題はまたあらためて書くとして、除名処分が適正だったのかどうかは、東郷ゆう子氏の除籍裁判でも争点になっているので、その類推からこの問題を取り上げたい。

東郷ゆう子氏の場合、支部会議などの党活動の権利停止について、不当であると裁判所に訴えたら、「内部問題は内部で解決する」という規約違反だとして「除籍」処分にされてしまった。

 



松竹伸幸氏の除名処分は、『シン・日本共産党宣言』が「内部問題を内部で解決する」に違反したこと、鈴木元氏の出版を早めたことが「分派活動」の規約違反とされた。

訴えの利益があるかどうかが、まず争われるだろうが、その後問題になるのは、部分社会の法理の問題、つまり政党の自律権を尊重すべきという考えだ。

部分社会とは司法権が及ばない社会のことだ。



この問題にあたる点で、東郷ゆう子氏の除籍裁判と松竹伸幸氏の除名処分裁判は類似している。

過去の判例では、「学問の自由」が憲法で認められている大学、「信教の自由」が求められている宗教団体とともに「結社の自由」が認められている政党などにとくに強く表れている。

2.部分社会の法理を背景に何が問われるか?

こう言う事案では、4つのステップで判断される。

①その事案で双方に権利・義務の争訟性があるかないか
②司法が立ち入ることによって終局的な解決が図れるかどうか

もしも、①②があるとなれば、次には手続きが適正に行われたかどうかを判定することになる。

①    争訟性があるか
②    終局的に解決できるか
③    適正に手続きされたか
④    公序良俗違反(権利濫用を含む)はあったのか

という順序で審理が行われる。

3.『憲法判例百選Ⅱ』にみる判例

では、『憲法判例百選Ⅱ(第七版)』(有斐閣)で、これらの判例を振り返る。
『憲法判例百選Ⅱ(第七版)』には、解説欄も含めて、8つの最高裁判例が載っている。
それぞれどのステップまで、どういう審理されたかを見る。

 



○最高裁昭和35年10月19日:村議会議員出生停止懲罰無効確認請求事件
①内部規律に問題として自治的措置に任せるのが適当
②解決できない

○最高裁昭和52年3月15日:富山大学単位不認定等違法確認訴訟請求事件
①単位授与による卒業は一般市民法秩序と直接関係しない
②解決できない

○最高裁昭和55年1月11日:種徳寺庫裏等引き渡し請求事件
①非行のあった住職の地位確認について宗教上の教義にあたるものは不適法だが、そうでないものは裁判所が審判権を有する
②本堂等の明け渡しにより解決できる
③地位の存否、すなわち選任、罷免の当否を判断した
④適法と判断した

○昭和55年4月10日:本門寺住職地位確認請求事件
①住職選任の効力は、もっぱら住職選任の手続き上の準則がに従ったかどうかによる
②代表役員兼責任役員が誰であるか住職の地位の確認により解決しうる
③住職選任の手続きを判断した
④準則が何であるかを審理した

○最高裁昭和56年4月7日:板まんだら寄付金返還請求事件
①寄附について本尊であることの錯誤の問題は、信仰上の宗教的価値に関する判断である
②宗教上の教義の問題は法令の適用によっては解決しえない

○最高裁昭和63年12月20日:袴田里見家屋明渡等請求事件
①建物明け渡しは争訟性がある
②除名処分が原因になっており、その審査によって解決できる
③規約により適正な手続きを履行したかどうかで審理する
④規約は公序良俗に反するなどの特段の事情について主張立証しないので、手続きには何ら違法はないというべき

○最高裁平成5年9月7日正信会代表役員等地位不存在確認請求訴訟
①血脈相承を受け、代表役員の地位に就くことが宗教上の理由によるときに裁判所は審理・判断できない
②特定の者の宗教法人において代表役員の存否は法律上の争訟に当たらない

○最高裁平成7年5月25日:除名処分と比例代表選挙無効請求事件
①参議院の選挙会が除名の有効性を認めたものを除名によりその有効性を審査することは政党の自律性について「行政権」の介入になる
②裁判所はその当選をその他の理由で無効とすることを裁判所は予定していない
③除名届は適法になされている限り、当選訴訟の当選無効の原因とはならない
④除名届は適法になされている

4.これまでの判例で何が問題になったのか?

これらの裁判では、

①争訟性があるか
②終局的に解決できるか
③適正に手続きされたか
④公序良俗違反(権利濫用を含む)はあったのか

について、④まで判断したのは、種徳寺庫裏等引き渡し請求事件、本門寺住職地位確認請求事件、袴田里見家屋明渡等請求事件、除名処分と比例代表選挙無効請求事件であるが、そのうち原告勝訴となったのは、本門寺住職地位確認請求事件のみである。それは住職選任手続きが宗教上の問題とされなかったためである。

そのなかで、袴田里見裁判では、政党の結社の自由による自律権を認めながら、規約が公序良俗に反するものではないことを前提に手続きの公正を審理し、規約沿って除名処分が為されたと判断した。
もっとも踏み込んだ判例となっている。


5.規約そのもの、規約の運用がどういう場合に「公序良俗」違反となるのか?

袴田里見の裁判では、その団体の定める規約規定自体が公序良俗に反していないと判断された。

公序良俗違反は、信義誠実義務違反(民法1条2項)、権利濫用(同3項)などとともに一般条項といわれるが、この一般条項は、個別具体的事案に形式的な法適用をした場合の不都合を回避し、妥当な結論を導くためにも用いられる。
ただし、どのような行為が公序良俗違反をはじめとする一般条項に該当するかの判断は、裁判官の幅広い裁量に委ねられていると考えられている。

民法90条 公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。


民法90条はこう規定している。

しかし、公の秩序も善良な風俗も時代により変遷することから、どのような行為が公序良俗違反に該当するかは、時代により異なることとなる。
法律行為自由の原則から、合意当事者は、当事者間の合意内容に拘束されるのが原則だ。
しかし、民法90条は、形式的に成立した合意が公の秩序あるいは善良の風俗に反する場合、合意(あるいは法律行為)を無効とする。
そのことにより、当事者は合意内容への拘束を解かれる(あるいは法律行為により生じた結果がなかったことにされる)こととなる。

尚、公序良俗違反により、ひとつの行為の一部のみを無効とすることも可能と考えられている。
では、公序良俗違反の適用範囲とはどうなっているのか。
元々、「公の秩序」は国家社会の一般的利益、「善良の風俗」は社会の一般的な倫理・道徳観念を意味するとされ、各々の適用範囲も異なると考えられていた。
しかし、近時では、このふたつを特に分けることをせずに、「公序良俗」ひとくくりで社会的妥当性を意味する抽象的な概念ととらえるのが一般的となっている。
どのような行為が公序良俗違反をはじめとする一般条項に該当するかの判断は、裁判官の幅広い裁量に委ねられている。
しかし、それだけに、一般条項が多用されると、いつ一般条項の適用により、契約条項の効力の発生が妨げられるのか不透明となり、締結された契約の内容の実現性に対する事前予測可能性が低くなることから、取引の安全性が妨げられることとなりかねない。
そのこともあり、公序良俗違反のような一般条項の適用には慎重な姿勢が取られている。
しかし、何が公序良俗に反するかは判例の蓄積によりかなり定まってきている。
近時の公序良俗違反が問題となった裁判例として以下の判例・裁判例がある。

・地方自治体が所有していた温泉施設を、私企業に対し負担付贈与した契約が、公序良俗違反に該当すると主張された住民訴訟(福岡地判令和3年4月28日)

・有期雇用契約の不更新条項等が、労働契約法18条の趣旨に反し、公序良俗違反により無効であるとの主張がなされた労働事件(横浜地裁川崎支部判決令和3年3月30日)

・違約金合意が公序良俗違反であるとの主張がなされたプログラムの著作権侵害差止等請求事件(東京地判令和3年3月24日)

・弁済がなされなかったとき、別の契約の効力に影響を及ぼし、借入金額をはるかに超える損失が生じることとなる特約について、暴利的なもので公序良俗違反で無効と認定された譲渡代金返還請求事件(東京地判令和3年3月4日)

・従業員同士の私的交際の禁止と違約金を定めた同意書を、公序良俗違反とした違約金および損害賠償請求事件(大阪地判令和2年10月19日)

・高齢者の身元保証をするのと引換えに不動産を除く全財産を、身元保証支援等の支援業務をおこなうNPO法人が取得するという内容の死因贈与契約が、暴利行為であるなどとして公序良俗違反で無効との原審判断を維持した預金返還、預金債権名義変更手続請求控訴事件(名古屋高判令和 4年3月22日)

・36協定の上限を超えた時間分に該当する固定残業代の定めは、上限を超えた残業を義務付けるものではないことから公序良俗に反して無効とまではいえないとした未払残業代等請求事件(名古屋地判令和 5年 2月10日)。

 

 


内田貴『民法Ⅰ(総則)』によると、自由を極度に制限する行為を公序良俗違反とする類型もある。

 


上の例で、従業員同士の私的交際の禁止と違約金を定めた同意書を、公序良俗違反とした違約金および損害賠償請求事件(大阪地判令和2年10月19日)などはその類型に当てはまるだろう。

このことを最近の日本共産党の除名・除籍裁判に当てはめると、東郷ゆう子氏の除籍裁判で、権利制限の無効を裁判に訴えたら「除籍」処置になったことなどは、裁判を受ける自由を侵害する規約の運用が公序良俗違反になると思われる。
これは「結社の自由」(憲法第21条)より「裁判を受ける権利」(憲法第32条)が上回ると思われるからだ。
では、松竹伸幸氏の除名処分はどうだろうか?

 

6.松竹伸幸氏の除名処分裁判で問われる争点の核心

松竹氏は除名理由として『シン・日本共産党宣言』が党の綱領・規約を攻撃する出版であること、鈴木元氏と分派活動を行ったこととされている。これらが政党の規約解釈にとって裁量権の範囲なのか、権限の逸脱かが争われることになるだろう。
『シン・日本共産党宣言』は「言論出版の自由」(憲法第21条)が党員として「結社の自由」(同じく憲法第21条)の制限を受けるかどうかが問われるだろう。

しかし、日本共産党宣言がここに書かれているのは、党綱領・規約の攻撃と言っているが、松竹氏はそうではないと反論している。でも、幹部会委員長が「攻撃」だと言っていることについて、裁判所は宗教法人の「教義」と同じように判断は避けるのではないか?

もうひとつの争点である松竹氏が編集者として鈴木元氏の出版を早めたことだけを持って「分派活動」に適用できるのかどうか?

ここは規約に沿った手続きが適正かどうかの問題と捉えられるのではないか?

ここで問題なのは「分派活動」とは何であるのかだろう。

この点、松竹氏の質問について、日本共産党はその定義を明確には答えていない。

第29回党大会の山下報告でも同じである。

これは松竹氏に有利に働くのではないだろうか?


いずれにせよ、これは東郷ゆう子氏の除籍裁判より微妙に複雑な判断になると思われる。

しかし、時代とともに裁判所の判断も変わることがある。
最近、昭和35年の判例が変更された。
地方議会で出席停止でも裁判の対象になったのだ。



https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=ZabkWzd6mCk



だから今回の裁判でも判例変更が起きるかもしれない。

 

とくに21世紀に入って、民主主義、人権の意識は社会で変化している。

最近のハラスメントに関する芸能界や職場の意識が変わっているのは、人権意識が発達してきたからだろう。

学校での退学処分の判例や地方議会の出席停止処分の判例変更などは人権と民主主義の問題が関わっている。

宗教法人と違って、議会や社会でも民主主義を求めている政党が、その内部では逆のことを行っているのは裁判所としても注視しないといけないのではないだろうか?

いつまでも司法審査が及ばない部分社会の法理で政党内部のことを審理しないのはおかしいとパトラとソクラは思う。

その社会の変化、裁判所の変化に期待したい。