紙屋高雪こと神谷貴行氏が処分されようとしていることが産経新聞(yahooニュース)で報道された。
 

共産党福岡県委員会が「ご飯論法」の発案者の1人で、ブロガー、漫画評論家の神谷貴行氏を党規約違反で処分する方針を固めたことが19日、分かった。党県委員である神谷氏が今年2月の党会合で、党首公選制導入などを訴えて除名されたジャーナリストの松竹伸幸氏の処分見直しを主張し、その議事内容を外部に公表したため。党内外に支持者が多い神谷氏への処分は、異論を許さないという共産党の印象をさらに強めかねない。

 

 

「ご飯論法」でユーキャン新語・流行語にも選ばれた紙屋氏がどうしてこうなったのか?

 



ことの起こりから辿ってみる。



1.紙屋高雪問題ビギニング

2023年3月5日のかみや貴行氏のブログにこう書いてある。
 

2月某日、日本共産党福岡県委員会の総会が行われました。

 

 私は県役員(県委員かつ県常任委員)なので、それに参加しました。*1

 

 私は総会で、“松竹伸幸さんの除名処分決定の根拠となった4つの理由はどれも成り立っていないので、松竹さんの除名処分に関連して記述されている今回の総会への報告部分を削除するとともに、松竹さんの除名処分を見直すように関連地方機関に中央委員会が助言することを、福岡県委員会総会として決議すべきだ”と発言・提起しましたが、この私の意見は、「採用しない」ことが賛成多数で決定*2されました。

 

 


『シン・日本共産党宣言』を出版した松竹伸幸氏の除名処分について異議を唱えたのだ。
もともと神谷貴行氏は紙屋高雪として、松竹伸幸氏が編集の仕事をしているかもがわ出版から本も出版している。
神谷氏と松竹氏が最初に会ったのは、『理論劇画 マルクス「資本論」』を出版した後、京都で講演会のために呼んだときらしい。

 

 

 


その神谷氏は、2018年に福岡市長選挙に立候補し、松竹氏がこのブログで応援している。

 


そういう関係もあったのかもしれないが、神谷氏は今年(2023年)の2月に日本共産党福岡県委員会総会で松竹氏の除名を取り消す発言をした。
 

私が総会で述べた発言の要旨は次の通りです。本当はもっと長いものですが、それを記すことが本稿の目的ではなく、県委員会総会の決定がなぜこのような構成になっているのかを理解するためのものに過ぎないので、要点をごく簡単に記します。

 

——松竹さんを除名処分とした決定ではその理由を4点述べていますが、私はその4点がいずれも成り立っていないと考えました。除名は「もっとも慎重におこなわなくてはならない」(党規約54条)以上、1点でもその根拠に疑問があれば除名処分を見直す必要があります。

 

——第一は、「松竹さんは綱領に反している」と言われていますが、松竹さんは安保廃棄と自衛隊の解消という党綱領が民主主義革命(民主連合政府)においてめざす政策は共有しており、綱領には反していないということです。松竹さんが「安保堅持、自衛隊合憲」だと述べているのは、野党連合政権についての話であって、これは党自身が野党連合政権の政策として述べていることです。なお「野党共闘の障害」と松竹さんが述べているのは安保・自衛隊という「テーマ」についてであって、党への悪口・攻撃ではありません。

 

——第二は、「松竹さんは規約に反している」と言われていますが、松竹さんは、規約の範囲での党首公選も提案しており(党員全体が投票して、その結果をへて中央委員会が委員長を選ぶなど)、規約に反していないということです。また、現在の党の委員長選出が選挙によって行われていることを見れば、選挙が「必ず派閥を生む」ものでないことは明白です。さらに、党内での議論ののち決定をして外部には行動の統一をはかる(人によって言うことがバラバラでない)のが規約の制度設計ですから、「党内に存在する異論を可視化するようになっていない」というのは悪口どころか現行の民主集中制がめざす“理想”のはずです。

 

——第三は、「松竹さんは分派をつくって規約に違反した」と言われていますが、党員でない人も大勢いる出版社で、編集者という職業上、出版物の中身を知り、販促の立場から「同じ時期に出したほうが売れる」と言っただけで、私も複数の出版社で体験したことがあり、そのような発言は分派でもなんでもないということです。

 

——第四は、「松竹さんは中央委員会等に意見を言わなかった」とされていますが、そもそもそれは義務ではなく権利であり、除名処分理由にはならないということです。松竹さんは本の中で述べている通り、綱領と規約に反していないことを自分でよく調べ、考えた上で、その範囲でモノを言っているだけで、そうであれば自分の公開する発言を、いちいち党中央にお伺いを立てて許可を取る義務はありません。ジャーナリストであればなおさらです。

 

——大軍拡に反対する共産党を反動勢力が攻撃しようと待ち構えていることはその通りですが、以上の経過に照らせば、今回の事態は党のミスにより自ら招いたオウンゴールです。処分を見直せば攻撃の口実はなくなります。党の命運とともに、一人の党員の人生がかかっている大問題であり、真摯な是正を求めます。

 

 このような趣旨で私は発言しました。


この4点については、本ブログでも似たような論点を取り上げている。

①    「核抑止抜きの専守防衛」が綱領路線に反しているわけではない。
②    松竹氏の提唱している「党首公選制」は規約の枠内での実施を考えている。
③    松竹氏の行動は分派活動ではない。
④    松竹氏が中央委員会で意見を述べなかったのは、党員としての義務違反ではない。

こういう論点だ。

この神谷氏の主張に対して、総会では反対意見があった。
神谷氏はこういうふうにまとめている。
 

第一の点について。松竹伸幸さんは、日米安保条約堅持、自衛隊合憲という党綱領に反する主張を公然と行っています。松竹さんは1月に出版した本の中などで、「核抑止抜きの専守防衛」を唱え、「安保条約堅持」と自衛隊合憲を党の「基本政策」にせよと迫るとともに、日米安保条約の廃棄、自衛隊の段階的解消の方針など、党綱領と、綱領にもとづく党の安保・自衛隊政策に対して「野党共闘の障害になっている」「あまりにご都合主義」などと攻撃をおこなっています。

 

 第二の点について。松竹さんは、「党首公選制」という党規約と相いれない主張を公然と行っています。松竹さんは、1月に出版した本の中などで、「党首公選制」を実施すべきと主張するとともに、党規約にもとづく党首選出方法や党運営について、「党内に存在する異論を可視化するようになっていない」、「国民の目から見ると、共産党は異論のない(あるいはそれを許さない)政党だとみなされる」などとのべています。「党首公選制」という主張は、「党内に派閥・分派はつくらない」という民主集中制の組織原則と相いれないものですが、松竹さんがこの主張と一体に、わが党規約が「異論を許さない」ものであるかのように、事実をゆがめて攻撃していることは重大です。

 

 第三の点について。松竹さんは、党攻撃のための分派活動を行っています。『週刊文春』1月26日号において、党に対して「およそ近代政党とは言い難い『個人独裁』的党運営」などとする攻撃を書き連ねた鈴木元さんの本(1月発行)を、「『同じ時期に出た方が話題になりますよ』と言って、鈴木さんには無理をして早めに書き上げていただいた」と出版を急ぐよう働きかけたことを認めています。松竹さんは党のききとりに対して、この本の「中身は知っていた」と認めました。この行為は、党攻撃のための分派活動といわなければなりません。

 

 第四の点について。党の聞き取りのなかで、松竹さんは自身の主張を、党内で中央委員会などに対して一度として主張したことはないことを指摘されて、「それは事実です」と認めました。党規約は、中央委員会にいたるどの機関に対しても、自由に意見をのべる権利を保障しています。異論があればそれを保留する権利も保障しています。しかし、松竹さんは、そうした規約に保障された権利を行使することなく、突然の党規約および党綱領に対する攻撃を開始したのです。



① は「核抑止抜きの専守防衛」という松竹氏の主張を曲解した藤田健赤旗編集局次長の主張を繰り返しているだけ。
②は、「党首公選制」を頭から規約違反だと決めつけてその枠内で捉えようとする主張。
③ の分派活動は、編集者と執筆者の会話をむりやり分派活動と歪曲したもの。
④は、松竹氏が党内で主張しなかったことを権利行使しなかったと責めるもの。



まあ、県の党委員会ならそういう党中央の主張の繰り返しが多数派になるんでしょうね。

で、県委員会総会で「結語」としてこう述べられている。
 

今日の県総では神谷さんの意見表明をきっかけに真剣な議論がされました。ところが松竹氏の場合、本人も認めているように、これをやらなかったのです。党のルールに則った議論をせずに、本を出版し、その記者会見をやり、記者クラブでの講演までやって党を外から攻撃しました。もし彼が、党のルールにそって党内部で議論をしたならば、結論はまた違っていたと思います。会議で自分の意見をしっかりのべたり、中央委員会に対してであれ、都道府県委員会に対してであれ、地区委員会に対してであれ、質問したり、意見をのべたりすることが大事です。これは党員の権利であると同時に、異論をもった場合、それを解決していく一つの出発点となるものです。その点で、今日の県総はたいへん有意義な討論となりました。

 

 しかし同時に強調しなければならないことは、会議で異論をのべ、自由に討論する大事さとともに、その異論が解決せずにさいごまで対立した場合、それは多数決で決定されることになります。それが党規約の立場です。決定されたら、異論、反対を表明した少数者は、自分の意見を保留する権利があると同時に、決定に従って実践しなければなりません。今日の報告と結語が採択されれば、県委員会総会での決定となります。県総の決定はたいへん重い決定です。この決定をひっくり返せるのは県党会議だけということになるからです。もちろん新しい要素が出た場合、県委員会総会での新しい決定は可能であることは当然です。


この後、例の「結社の自由」を、県委員会は主張したらしい。

袴田里見氏の立退き裁判の判決文の前半だけを引用して、「『結社』とは人の集団のことで、犯罪を目的としない限り、どんな結社を作ろうが自由です。その結社の入会資格や内部規律(規約)もそれが犯罪でない限り各結社の自由です」という慶應義塾大学の小林節名誉教授のトンデモ理論を引用しているのだ。

ここは解説すると長くなるので、興味がある人はこれをお読みください。

 

 

でも、ここで終われば、問題はなかったのだろう。

 

 

2.紙屋高雪氏の根源的な疑問

しかし、神谷氏は二つの疑問をもつことになった。
ひとつは、少数意見は党内であっても繰り返しのべることはできるのか、できないのか?という疑問。
これには県委員会の幹部は「できる」という結論だったらしい。

もうひとつが、異論を持つメンバーは指導的ポジションにはふさわしくないのではないか?という疑問。

でも、まあ神谷氏が個人でこういうことを悩むのは問題ないだろう。


しかし、実はこういうことを神谷氏は自身のブログで書いたのだ。

それが問題になった。

党内のことを党外に出した、と見なされたということだろう。

このことを古寺多見(kojitaken)は、「kojitakenの日記」にこう書いている。
 

しかし、神谷氏が自らの意見を「保留する権利」も認めないとするのがどうやら現在の共産党のスタンスらしい。

紙屋(神谷)氏は「長い休み」に入った。

 

 


紙屋研究所というブログの2023年5月28日には、「休んでいる今、思い出し、読み返すのは大西巨人『神聖喜劇』だった」と書いている。

その主人公東堂と自分を重ね合わせている。
 

もしぼくが仮に東堂と同じような状況であったとして、「理不尽な言いがかりかもしれないが、ここは一つ、ルール違反であることを認めしまえ。大したことではなかろう」「嘘も方便だ」と言って、そこで抵抗することを自己嫌悪の感情で片付けてしまえば、やはり同じように「何かが、ある重大な何か」が、ぼくのなかで「最終的に崩れ落ち、潰れ滅ぶ」かもしれない。

 

 見解が異なったものを保留する権利があるとぼくは考える。

 

 にもかかわらず、自分の見解を捨て、「すべて私が間違っておりました。あなた様のいう通りです。許してください。助けてください」と作文をして嘆願しなければ、罰せられる——そんな馬鹿げた枠組みが、仮にあったとして、それにぼくが屈するようなことがあるならば、「何かが、ある重大な何か」が、ぼくのなかで「最終的に崩れ落ち、潰れ滅ぶ」ことは疑いないように思える。

 

 


神谷氏は5月31日には「紙屋研究所」ブログで、不破哲三『スターリン秘史』のことを書いている。
そのなかで、神谷氏はこのときブログのなかで、こんな引用をしている。
 

私は、そこに、モスクワでの長い亡命生活、とくに「大テロル」以後の、方針の最終的決定者はスターリンだけという専制体制下での生活と活動の中で、これらの幹部たちの“知的水準の衰弱”が現れていること、そしてそのことが、スターリン専決の体制の一つの基盤となってきたことを、強く感じるのです。(同前)

 

 

 

 

3.長い休みの間

 

紙屋氏の長い休みは続いている。


しかし、9月に入って、ざわざわしてくる。

9月13日には福岡県議会議員選挙に出馬したことのある、すなかわあやね氏という日本共産党員がこんなツィートをXにアップした。

 

神谷貴行(紙屋高雪)さんが処分されるかもしれない件を、少し前に副委員長と話した。

わたしは処分に反対したいし、採決させないために規約違反にならないようなにかできないか聞いたけど、そんな手段はないと言われた。

離党する権利もあると教えてくれました。

 

 

 

なんかスリリングな内容だ。

9月16日には「かぴぱら堂(古書店)」のXでこんな文書がアップされた。


声明文「神谷貴行(紙屋高雪)氏への不当処分の中止を求めます」を発表し、日本共産党中央委員会常任幹部会と福岡県委員会に送付しました。

 

という文章に続けてこう書かれている。

日本共産党福岡県委員会常任委員の神谷貴行氏が、党規律違反の嫌疑で調査審議のため党員権利制限を受けていると聞き及びました。当店は、神谷氏への処分は一片の道理もない不当なものであり、直ちに処分を中止するべきと考え、世論に訴える活動をしております。

 

神谷氏への処分理由は、氏が「日本共産党の党内民主主義について」を党外に発表したことが党規約違反とされたものと思われます。しかし当該文書は、氏が異論を党外に発表することを目的としておらず、逆に氏が党規約にもとづいて党内民主主義を実践する過程を解説したものです。

よって、党規約には何ら抵触していません。

 

ところが党福岡県委員会は氏に「党内問題を党外に持ち出したことを自己批判せよ。自己批判を拒否するなら処分への調査に入る」と決めつけ、氏を党員権利停止の措置をとり、勤務員としての出勤を停止させたと、複数の情報筋から聞き及んでおります。

 

それだけでなく氏を反党分子扱いする風説を県党内で流布しています。福岡県西部地区委員長は「党を外側からでなく内側から破壊して、亡き者にしようとするもので、今までの反共攻撃とはまったく違う」と発言しました。

 

これは明らかに神谷氏を「内側からの党破壊者」であると示唆したものであり、この発言が「しんぶん赤旗」に掲載されたことは、神谷氏への処分は事実上、党中央の方針でもあることを示しています。

 

むしろ、処分は「松竹伸幸氏除名を批判した神谷氏は許せない」とする党中央指導部の一部構成員により主導されているという情報も聞き及んでいます。

これらの事態が明るみに出たことは、党内外に強い衝撃を与えています。氏は「紙屋高雪」のペンネームで漫画評論や町内会問題等の論考を多数発表して世論から高い評価を受け、熱心な紙屋ファンが大勢存在します。

 

実際、当店にも複数の出版・書籍業界の関係者から「紙屋さんの処分が心配だ。止める方法はないか」と問い合わせを受けています。もし神谷氏への処分を強行すれば、世論の反発は松竹伸幸氏へのそれを大幅に上回るり、党への信頼は大きく失墜することは想像に難くありません。

当店は出版書籍業界の一隅で事業に携わる立場から、党による不当処分の強行は、紙屋高雪氏の自由な言論活動を阻害するものであり、「表現の自由」「出版の自由」に対する重大な挑戦であると認識しております。

以上の見地から、日本共産党中央委員会・福岡県委員会に対し、神谷貴行氏への処分を直ちに中止し、現在の党内での身分を引き続き保障するよう、強く求めます。

 



その後、あの今にも処分されそうな産経新聞の記事が出た。


 

4.1970年代後半からの深層マグマ

 

今回は、松竹伸幸、鈴木元という古参党員、蛭子智彦という市会議員、そしてこの紙屋高雪という著名人の処分。

 

1970後半~80年代前半にかけて田口・不破論争があり、原水協への介入問題があり、多くの知識人がそれに異を唱えて、除名、除籍、離党する騒ぎがあった。

 

 

スターリン批判が中途半端に行われた時代。

プロレタリア独裁は、プロレタリア・ディクタツゥーラとかプロレタリア執権という訳語に変えられただけ。

プロレタリア独裁と共産党の民主集中制の関係は中途半端なまま、日本共産党は外国の共産党とは違うというような結論になった。

ユーロコミュニズムから日本共産党が学ぶことはほとんどなかった。

レーニン時代に考えられ、スターリン時代にも残った民主集中制という名の指導部官僚制は原型が残った。

 

そのうち、原水禁運動をめぐって、原水禁と原水協の団体の協力に共産党が介入し、吉田嘉清代表理事が辞任し、共産党を除名された。哲学者の古在由重氏も吉田氏に協力したとして除籍された。

今回の除名、除籍処分はそのときと似ているのではないだろうか?

 

 

そして、1990年代には、ヨーロッパの共産党は民主集中制を放棄するか、共産党そのものがなくなった。しかし、日本では共産党も民主集中制もそのまま維持された。

日本共産党は、完全に時代に乗り遅れてしまっている。

 

紙屋高雪の除名処分ビギニングは、松竹伸幸氏と深層で繋がっている。
これはたんに人脈という意味ではない。

組織の深層、無意識というか、多くの党員が考えないようにしていたマグマが噴火しているのだ。

 

それは1970年代とも繋がっているのかもしれない。

 

あの頃と違い、党員がブログで語り、SNSで情報を発信する。

党員に限らず、この30年間で人類はそういう思想表現の自由を得ている。

そういうメディアは共産党では禁止すべきなのだろうか?

中央集権制で党中央だけに頭脳があるという形の組織は、民主主義が進行する時代に逆行している。

逆行することに抗して、それを成立させているのは中国共産党と中華人民共和国くらいだろう。

徹底的に検索で党に都合の悪いことは消去する。天安門事件に関わったような人物はいつも監視下に置いておくか、組織から排除する。

中国がその方法をいつまで続けられるのだろうか?

 

日本共産党も、そろそろ時代遅れの党運営の原則は見直さざるを得ないのではないだろうか?

 

 

5.平和な一日。

 

9月9日に神谷貴行氏に処分が下るはずだった。

 

今日予定だった私への忌まわしい抑圧行為は突如「延期」になった。

したがって今日は夫婦で娘の学校関連行事を見に来ている。

平和な一日。

 

 

でも、延期になったみたいだ。

 

それは延期なのか、取り消しなのか?

 

神谷氏は5月31日のブログで、不破哲三『スターリン秘史』を読んでこう書いている。

 

飛躍的で豊かな方針転換を提起したスターリンがすごいということもあるが、他方で、全くそういう方針を打ち出せなかった旧コミンテルン幹部たちの「知的水準の衰弱」がはっきりしたということの重大さを不破は指摘するのである。

 

 知的な決定をどこかに委託してしまう。

 

 大事な方針の大もとはどこかの誰かが決めてくれる。

 

 知の源泉はいつもどこかのエラい人。

 

 “戦略的転換”はエラい人の仕事。私たちヒラができるのはマイナーチェンジだけ。

 

 新しい事態、新しい情勢が起きているのに、従来の成功体験にしがみついて、思想の飛躍、ブレイクスルーを起こさない。——

飛躍的で豊かな方針転換を提起したスターリンがすごいということもあるが、他方で、全くそういう方針を打ち出せなかった旧コミンテルン幹部たちの「知的水準の衰弱」がはっきりしたということの重大さを不破は指摘するのである。

 

 知的な決定をどこかに委託してしまう。

 

 大事な方針の大もとはどこかの誰かが決めてくれる。

 

 知の源泉はいつもどこかのエラい人。

 

 “戦略的転換”はエラい人の仕事。私たちヒラができるのはマイナーチェンジだけ。

 

 新しい事態、新しい情勢が起きているのに、従来の成功体験にしがみついて、思想の飛躍、ブレイクスルーを起こさない。——

 

 

 

神谷貴行氏は、県委員会総会で、松竹伸幸氏の除名処分取り消しを主張した。

県委員会幹部は、経験主義で反対し、「結語」にまとめた。

 

神谷氏はそこで根源的な疑問を持ってしまった。

 

多数派に葬られた自分の意見は二度と言ってはいけないのか?

異論を持つ自分は指導者としてふさわさしくないのか?

 

そして、議事とともにその疑問をブログに上げた。

 

知の源泉はいつもどこかのエラい人。

 

“戦略的転換”はエラい人の仕事。私たちヒラができるのはマイナーチェンジだけ。

 

平和な一日。

 

それはいつまで続くのか?

 

それが続く方がいいのかどうか、誰にももわからない。