「2年間タバコを吸い続けると、あなたの肺にはこれだけのタールがたまります」
赤信号で立ち止まった横断歩道に、1mほどの長方形がペンキで書かれている。
シンガポールの道路の話だ。
喫煙2年間で、道路1mの長方形の部分ができるほどのタールが、
肺に蓄積すると言うことらしい。
現実的な視覚教材だ。
法律や規則に厳しいシンガポールらしい光景だ。
朝、教会堂前の道路を掃除する。
その時拾い集めるタバコの吸殻の数はいつも10本を越す。
教会前のわずか20mほどの距離に、これだけの数の吸殻が捨てられている。
何を食べ、何を楽しむのかは、全く自由だ。
だがここに現代の希薄な公共心・公徳心を感じる。
法律で規制し罰を与えなければ行わないという社会も考えものだが、
自由だからと言って、人の事を考えないのも、また成熟した社会とは思えない。
神を恐れることを知らない生活からは、人間本来の行動規範が失われる。
だから人としての生き方から外れてくる。
それが聖書が教える「的外れ(ハマルティア)」、私たちの罪だ。
聖書は教える。「主を恐れる事は知識の初めである」(箴言1:7)
「初め」とは優先順番のことではない。
「何よりも大切なこととして」という意味だ。
人として納得できる人生を歩むためには、何をするにしても、
主を恐れることを除いてはありえない。
主を恐れる人は、限りない祝福を受ける。

