「悟さん」
 美沙はおどけたような口調で夫に呼びかけた。
「はい、なんでしょう美沙さん」
 悟もニヤッと笑いながら美沙の顔を見返した。
「私と出合って結婚したこと後悔してますか」
「後悔?とんでもない!四十二年前君と出会えたのが人生最大の幸せだったと今でも思ってますよ。それまで一目惚れなんて信じて無かったけれど君に初めて会ったとき絶対この人と結婚するぞって決めたんだからね」
「二人の人生、そんな悪くは無かったって思ってくれてますか」
「二人が一緒に歩いてこられた、それだけでも最高だよ。どんな道を歩いたって山あり谷あり、喜びや苦しみの種類が違うだけで、これでよかったかどうかなんて答えは無いと思うよ。結局今が幸せならいいんじゃないのかな」
「今、幸せですか?」
「君は?」
「ずるい!私が聞いているのよ」
「僕は君を幸せにしてあげられたかどうか、それだけが心配なんだ。僕一人が幸せだったら申し訳ないからね」
「私の所為で新しい家族が持てなかったのよ。恨んでないの」
「僕と君、親父とお袋、それが新しい家族さ。それで十分じゃないか。若い頃苦労ばっかりだった親父とお袋たちが、穏やかな老後を送れたのは親孝行の真似事だけでも出来たかなって思っている」
「私はあなたに出会えて幸せ、イエ救われたのかもしれない。長いトンネルからやっと出られるような気がする」
「焦ることはないさ。まだ時間はたっぷりあるから」