奨学金を使っての進学を周囲は勧めたが彼は就職を選択した。

「親父やお袋の疲れきった顔を見てたら、俺が何とか支えてやらなくてはとあの時は思いつめていたからな」
 それに、と夫は続けた。
「どうしても行きたいという気持ちがなかったのかなー。皆が行くから、先生や家でも妙に期待されていて、出来たら東大へなんて結構プレシャーも重くって、ホントに自分が何を勉強したいのか見えなくなってて、逃げたのかもしれないな」
「お父さん達はきっとあなたにずっと申し訳ないって思ってたんじゃないかしら。初めてお会いした時“この子には辛い思いをさせたから”って仰っていたもの」
「それが僕のずるいところかも知れない。口では気にすることなんてないって言いながら、皆の期待に応える自信がなくって進学をやめたなんてひとことも言わなかったから」
 亡き父母のことを思ってか夫の顔はとても哀しげに見えた。

「ほんとはお金を貯めて進学するつもりだったのだけど、親父の体も本調子じゃなかったし、仕事も大変で受験勉強どころじゃなかったんだ。それより何よりあの頃は出会った君に夢中だったしね。だから別に大学行かなかったこと後悔してる訳じゃないんだ。親父やお袋がまさかあんなに早く逝くとは思わなかったけど、結婚してお嫁さんも見せてやれたしね」
  
 美沙の心がチクンと痛んだ。
(だけど孫の顔を見せてあげることはできなかった)
 子どもが出来なかったのではなかった。
 あの出来事の後、美沙の意思で妊娠を拒絶したのだった。