日常の繰り返しを、
生き物の核のような果てしない螺旋のように
あるいは無機質なもののように
時を経ても粛々と行う強さが
どれだけ大切なことか
転ばずに淡々と同じことを同じように繰り返すことの難しさを知り、実行することが、
何よりも大切な自然界の営みのように、
繰り返し繰り返し繰り返し
いつしか深い年輪となり確かな存在となる、
ただそれだけなのだ。
しかし、齢50にして、
ただそれだけを、行うことの如何に困難かを、
ようやく理解したところなのである。