先の記事でも書きましたように、色々あったこの3カ月。
自分の心の整頓のためもあるのですが
書き起こしていこうと思います。
まずは、お腹の子を亡くしてしまったことについて
書いていきます。
*流産に関する記事です。お読みになりたくない方は
回避をお願いいたします。
まずは、経緯。
スピリチュアルな事は、長くなるので別の記事にて。
私は、息子がいます。5歳です。
元々の病気もあり、妊娠しにくく息子もやっとの思いで
授かった子でした。
(不妊治療はしていませんでしたが、その他色々なことはやりました)
だからなのか、二人目もなかなか授からなかったのです。
(世には「二人目不妊」なんて言葉がありますが、一人産んでいるのに
不妊とは何なのでしょう・・・)
そして、7月に5年ぶりで第2子を授かったのです。
つわりがひどく、それでも毎日耐えて無理矢理食べて吐いての
ような日々を過ごしていました。
検診に行き、次の検診で予定日が分かり母子手帳を発行する
手続きをするといわれていました。
勿論その時は、心拍もあり、何の問題もないように
思っていました。
ですが、その予定日が分かると言われた検診にいくと
心拍が止まっていたのです。
なんの兆候もなく、つわりも続いていたというのに
子供は死んでしまっていたのです。
あの時の衝撃は、一生忘れることはないでしょう。
よく表現されることですが、突然何かで殴られたような
衝撃です。
現実が、何なのか分からない
一体何のことなのか、全く受け止めれない。
胎児死亡ですが、出血やお腹の張りもなく
ケイリュウ流産だったため、手術をすることになりました。
なにも追いついていないまま、手術の日取りを決めなければ
ならなかったのです。
この子を授かったと分かった、初めての検診のとき
息子が病院に一緒に来てくれていたのですが
流産が分かったこの日も、息子が一緒に来て
一緒にエコーをみていました。
今思えば、数ある検診の中で、息子が一緒に来たのは
最初と最後だけでした。
5歳の子には重荷だったでしょうか。。。
でも、ありのままを話すしかありません。
泣きながら、息子にしがみつき必死に伝えました。
赤ちゃんは死んでしまった
何で死んだかは分からない
誰も悪くない
○○(息子の名前)も悪くない
お父さんも悪くない
お母さんも悪くない
赤ちゃんも悪くない
でも死んでしまったんだよ
息子は泣きませんでした。
でも、心臓が動いていた時と、止まってしまった後のエコーの
写真を見比べて、「こっちは生きている」「こっちは死んじゃった」
と言っていました。
それから、1週間後の手術が決まり
手術までの1週間死んでしまった子をお腹の中に
抱えながら、仕事をしたり家事をしたり毎日を過ごしました。
流産が確定した後も、しばらくつわりの症状が続いていたので
神様もう勘弁して
と願いました。
徐々につわりの症状は治まりました。
(流産確定後3~4日後位だったと思います)
不安定の日々の中、手術に挑みました。
手術後は、無事におわったととにかく安心したとことを
覚えています。
それからしばらく、体調不良が続きました。
頭痛、足のむくみと痛み、冷え、不眠
丁度お盆休みと重なったので、安静にしていました。
たぶん1ヶ月くらい(術後最初の生理が来るくらい)までは、
体調が悪い日が続いていました。
ようやく3カ月、今ではすっかり元の体調に戻ったように
思います。
ただ、体調は戻ったとしても、心にはぽっかり穴があいたまま
かもしれません。
今までの人生の中で、これほどまでにショックなことは
なかったかもしれません。私は幸せな人生を
歩んできていました。
もちろんそれなりには、色々あった人生ですが
やはり、お腹の中のことですが自分の子を失うというのは
私にとって、一番耐えがたいことだったのです。
それは、後々のセラピーの中で気づいたことです。
経緯としてはこのような感じ。抜粋して書きましたが
この出来事により、私の中は分離した状態になりました。
スピリチュアルでは、今世、過去世など含め「統合」と
いうことを行ってきたのですが、その反対の分離。
自分の感情がバラバラで、不安定な状態。
それを、また統合するように、少しずつ休憩入れつつ
セラピーを行っています。
まだまだ不安定ですが
まずは、このように経緯をブログにかけるようになったこと。
それも、セラピーの一つだと思っています。
しばしこのような記事が続くかも知れませんが、
お付き合いくださいませ
自分の心の整頓のためもあるのですが
書き起こしていこうと思います。
まずは、お腹の子を亡くしてしまったことについて
書いていきます。
*流産に関する記事です。お読みになりたくない方は
回避をお願いいたします。
まずは、経緯。
スピリチュアルな事は、長くなるので別の記事にて。
私は、息子がいます。5歳です。
元々の病気もあり、妊娠しにくく息子もやっとの思いで
授かった子でした。
(不妊治療はしていませんでしたが、その他色々なことはやりました)
だからなのか、二人目もなかなか授からなかったのです。
(世には「二人目不妊」なんて言葉がありますが、一人産んでいるのに
不妊とは何なのでしょう・・・)
そして、7月に5年ぶりで第2子を授かったのです。
つわりがひどく、それでも毎日耐えて無理矢理食べて吐いての
ような日々を過ごしていました。
検診に行き、次の検診で予定日が分かり母子手帳を発行する
手続きをするといわれていました。
勿論その時は、心拍もあり、何の問題もないように
思っていました。
ですが、その予定日が分かると言われた検診にいくと
心拍が止まっていたのです。
なんの兆候もなく、つわりも続いていたというのに
子供は死んでしまっていたのです。
あの時の衝撃は、一生忘れることはないでしょう。
よく表現されることですが、突然何かで殴られたような
衝撃です。
現実が、何なのか分からない
一体何のことなのか、全く受け止めれない。
胎児死亡ですが、出血やお腹の張りもなく
ケイリュウ流産だったため、手術をすることになりました。
なにも追いついていないまま、手術の日取りを決めなければ
ならなかったのです。
この子を授かったと分かった、初めての検診のとき
息子が病院に一緒に来てくれていたのですが
流産が分かったこの日も、息子が一緒に来て
一緒にエコーをみていました。
今思えば、数ある検診の中で、息子が一緒に来たのは
最初と最後だけでした。
5歳の子には重荷だったでしょうか。。。
でも、ありのままを話すしかありません。
泣きながら、息子にしがみつき必死に伝えました。
赤ちゃんは死んでしまった
何で死んだかは分からない
誰も悪くない
○○(息子の名前)も悪くない
お父さんも悪くない
お母さんも悪くない
赤ちゃんも悪くない
でも死んでしまったんだよ
息子は泣きませんでした。
でも、心臓が動いていた時と、止まってしまった後のエコーの
写真を見比べて、「こっちは生きている」「こっちは死んじゃった」
と言っていました。
それから、1週間後の手術が決まり
手術までの1週間死んでしまった子をお腹の中に
抱えながら、仕事をしたり家事をしたり毎日を過ごしました。
流産が確定した後も、しばらくつわりの症状が続いていたので
神様もう勘弁して
と願いました。
徐々につわりの症状は治まりました。
(流産確定後3~4日後位だったと思います)
不安定の日々の中、手術に挑みました。
手術後は、無事におわったととにかく安心したとことを
覚えています。
それからしばらく、体調不良が続きました。
頭痛、足のむくみと痛み、冷え、不眠
丁度お盆休みと重なったので、安静にしていました。
たぶん1ヶ月くらい(術後最初の生理が来るくらい)までは、
体調が悪い日が続いていました。
ようやく3カ月、今ではすっかり元の体調に戻ったように
思います。
ただ、体調は戻ったとしても、心にはぽっかり穴があいたまま
かもしれません。
今までの人生の中で、これほどまでにショックなことは
なかったかもしれません。私は幸せな人生を
歩んできていました。
もちろんそれなりには、色々あった人生ですが
やはり、お腹の中のことですが自分の子を失うというのは
私にとって、一番耐えがたいことだったのです。
それは、後々のセラピーの中で気づいたことです。
経緯としてはこのような感じ。抜粋して書きましたが
この出来事により、私の中は分離した状態になりました。
スピリチュアルでは、今世、過去世など含め「統合」と
いうことを行ってきたのですが、その反対の分離。
自分の感情がバラバラで、不安定な状態。
それを、また統合するように、少しずつ休憩入れつつ
セラピーを行っています。
まだまだ不安定ですが
まずは、このように経緯をブログにかけるようになったこと。
それも、セラピーの一つだと思っています。
しばしこのような記事が続くかも知れませんが、
お付き合いくださいませ
です。