こんばんは。
今、渦中の出来事であるつわりについて。

周りの友人は、つわり全然なかったという人もいるのですが、
私は、つわりがひどいのです。

私の場合、吐きづわりです。
つらいです。

息子を妊娠したときは、初めてでよく分からなかったと
いうこともあり、食べれず、無理に食べても吐く、一日中ほとんど
吐いている状態でしたが、
昨年夏の流産のときを含めて、つわりもこれで、3回目
ですので、何とか食べれると、数時間は気分がよくなる
ようになりました。
吐く回数も随分少なくなりました。

さて、つわりについては何故そうなるのか、
明確に解明されてないようですが、スピリチュアルの目線で
見ると、お母さんと赤ちゃんのエネルギーギャップから
くるという見方があるようです。

胎児に入る魂は、波動が高いので、お母さんは波動を高くする
ように。と書いてある本もありましたが、私がなるほどと
思ったのは、お母さんと赤ちゃんのエネルギーの性質が
違うという説です。

確かに私と息子は、全く違い、また今世で初めて親子に
なっているので、魂も初対面。
身体に入ってきた魂のエネルギーに対応できず、つわりと
いう形がでたのかもしれませんね。

つわりのなかった友人は、確かに似た雰囲気をもつ
親子かもしれません。
一人目と二人目でつわりの違いがある人もいるしね。

ということは、今まさにお腹にいる魂は、私と違うエネルギーの
持ち主なのでしょうか?
逆に彼に(お腹の魂に)エネルギーを合わせれば、つわりは
楽になるのか?
と、気持ち悪いながら考えております。

何度か話しかけてみるのですが、どうも言葉が通じない…
ということで、ライトランゲージ、宇宙語でしばらく
コミュニケーションをとっておりました。
エネルギー合わせは、うまくいかない。もちろんつわりは
治まらない。
そして、やっと今日、彼と少し意思の疎通がはかれました。
なんとも不思議なエネルギーの持ち主で、正体はまだ分かりません。
彼は大人の口調で話しています。
口数が少なく必要なことのみ話します。

今日分かったことは、何故彼が、私のもとへ来たか?

それは、私を愛する人に導かれてきたということ。

彼よりも、その人が、彼が私の子供になることを
強く望んでいたということ。

私を愛する人とは…

夏に流産した、あの子のことだろうと思ったのです。
他にも天使、マスターなどの働きかけもあるそうですが。

そうか、呼んできてくれたんだね。
ありがとう。

少し、つわりが楽になったかな??
不思議と、こういうことを書いている今は、気持ち悪く
ないんです。

お腹の魂は、一体誰なのか❗
少しずつ距離を縮めて行けたらなと思います。

乱文で読みづらかったらすみません。
読んでいただきありがとうございます(^o^)



お久し振りの更新で、失礼いたしました。
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。

11月頃から、急激に仕事が忙しくなり
12月頃から、立て続けに体調不良になり
大変な日々でした。

因みにまだまだ忙しさ継続中ですが、
スローペースでブログを再開できれば、と思います。
今年もよろしくお願いいたします。

昨年夏に、流産してから、早5ヶ月。
悲しい辛い思いのなかで、多くの事を学んだ出来事でした。

そして、今、再び命を授かりました。
今は8週目くらい。
心拍は確認できました。
ですが、やはり不安があります。
ある日、なんの前触れもなく、止まったお腹の命。
あの、衝撃は忘れられません。



でも、それでも逃げることなんてできない。
ただ、どうか生きて
そう願うしかできない。
今は、それしかできません。

そしてつわりも耐えるしかない❗

では、また時間を見つけては、更新していきます。

おはようございます。
今日もいいお天気晴れ
10月ってこんなにも暑かったっけ??
というような、毎日です。
ですが、朝晩は秋らしい冷え込み。
周りでは、風邪をひいているかたもチラホラ。
体調には、十分お気を付けくださいませ。


では、いつものようにここのところの出来事についての記事を。。。


流産の手術後、体調不良を抱えながらもお盆休み明けから
仕事をしていました。
ここで、私はどうやって自分を建て直そうか。
考えていました。

人間には、肉体以外のさまざまな側面があります。
肉体
感情
精神


この中でも比較的、精神や魂、スピリチュアリティの部分は
今回のことも、どのようなことだったのかを比較的早く
結論付けました。
ただ、この部分ではわたっていても
感情(心)の部分、肉体は傷ついたまま、置いてけぼり状態です。
分離がおきました。

そこで、まず行ったのは、とにかく肉体を癒すことでした。
身体を温めること。
岩盤浴などにも通いました(出血が治まった後です)
また、ハーブサプリメントを飲みました。
今回私がお世話になったのは、ニードジャパンの
「セントジョンズワート」です。

以前より、ホルモンバランスが乱れやすく、生理不順でしたので
今回のことは、ショックもあるし、バランスも乱れるだろうと
ふんで、1日3回(朝昼晩)毎日飲みました。

その甲斐あってなのか、術後1ヶ月後に生理がきて
そのまた1ヶ月後に、生理が来て、身体を元の状態に
戻すことができたと思います。

次は感情(心)。
これは、今行っている最中です。
こうしてブログを書くこともその一つです。

手術のときや、身体を何とかしようと思っている時は
以外にも心は大丈夫だったのです。
ですが、そこが終わったら、ふとどうしようもならないような
感情が出てきました。
今もまだそんなところがあります。


先に書いた、人間の側面の中で、
スピリチュアリティや精神は比較的早く
心、肉体は遅いといわれます。

スピリチュアルなことばかりに目を向けている場合は
肉体や感情面が追い付かず、分離が置き
結果、自分が保てなくなるという話もよく聞きます。

すべてそろって私という人間です。

ですから、スピリチュアルな面を知っているがために
先にそこに救いを求めたのは、少々失敗だったかな。
と最近になって思っていました。
(でも、そうしないと向き合えなかったのも事実ですが)

いずれにせよ順番はどうであれ、癒しはどの側面においても
必要で、余すことなく癒す必要があるということが
分かりました。

もうしばし、傷ついた心と向き合っていく期間です。
お読みいただきありがとうございました。
おはようございます。

引き続き、流産に関する記事を書きます。
お読みになれない方は、こちらで回避をお願いします。

















前回書いたように手術は無事終わり、その後はお盆休みでしたので
ゆっくり休んでいました。
体調は、あまりよくなくずっと寝ていました。
その時は、まずは手術が終わったということと
体調不良で、そこを改善することが最優先と
考えていました。
1カ月くらいでだいたい元の体調に戻りました。

ですが、心は・・・
案外、手術が終わってしばらくたってからの方が
ぶり返しのように、つらくなってきました。

確か、流産から2ヶ月後くらいだったと思います。
ふとした時に、どうにもならない感情が湧き出て
でも、それを無理矢理抑え込んで、日々を過ごしていました。
だれにも胸の内を話さず、いつも通り家事、育児、仕事
をしていました。

そんないっぱいいっぱいの感情の中、
仕事の休憩時間に読む本を自宅の本棚から物色して
いました。

ふと手にした本は、「光の翼」ロナ・ハーマン。
そして、なんとなくページをぱっと開いたら・・・

忘れもしない136ページ
こんなことが書いてあったのです。




幼い子供を失った人へ
あなた方の子供たちは喜びを与えるためにやってきたのです。
あなたが直面する必要があった重要なレッスンを教えるために
やってきたのです。

彼らの死は無駄ではありません。
いつの日かそれが完璧な計画であったとあなたは知るでしょう。
(文章の一部を抜粋しています)


こちらは、生と死についての新たな自覚という章に書かれている
一文です。

この本は、すでに読み終えていたのですが、それまでは
通り過ぎるように読んでいただけでしょう。
今は、この言葉、ミカエルからのメッセージが
こんなにも心に響きます。

いつか、なぜこうならなければならなかったのか
その理由を知るときが、来るのでしょうか。

来るとミカエルは言っているのです。

それは、これからの私の生き方にもかかってくる
そう思っています。

本日は時間がありませんので、また次回
お読みいただきありがとうございました。
おはようございます。

前回より引き続き、ここ3カ月ほどに起こった出来事を
中心に書いていきます。

*この記事は、流産に関することが書いてあります。
読みたくないなと思った方はここで回避をお願いします。














今回は、手術当日について
手術の日は、2日の候補日から選択できました。
仕事の都合、またその後お盆休みに入れるという
タイミングを考え、8月7日(金)に手術の日を
決めました。

8月7日。その日は私の住む豊川市では、70年前
大変痛ましく、恐ろしいことが起こった日です。

「豊川海軍工廠」が爆撃された日

戦後70年ということもあって、その日はイベントなどが
行われていました。

戦時中、私の祖父は海軍工廠に行っていました。
当時中学生くらいの年齢。
爆撃時、休憩の交替を友人に言われ、交替した直後
爆撃され、その友人は帰らぬ人となり、祖父は生き残った
そうです。
その凄まじい体験は、生涯語ることなく祖父は53歳で
他界しましたが、祖父の兄からその体験を私の母が聞き、
母が私に教えてくれました。

何の因果か、私の手術日は8月7日。
祖父がそこで生き残らなければ、私は生まれてはいなかった
命のつながりについて、考えさせられる日になりそうです。


もうひとつ、つながりを感じるようなことが。

以前より、8の数字について書いてきました。
新しい始まり、8次元色々なメッセージがやってきましたが
友人より、こんな話を聞きました。

2015年8月8日は、2015年→2+0+1+5=8のため
888と8が並ぶ日。
2015年8月8日に、新しい始まりがある。といったようなことです。
(正確には覚えていないのですが)

それを聴いてから8月8日に、またはそれまでに何があるんだろう
なんて思っていました。

まさかこんなことが起こるとは・・・

条件で決めた手術日ですが、必然ともとれるこの日。
手術に臨んだのです。

正直にいえば、胎児死亡と宣告されても
まだお腹の中にいるうちは、実感があまりわかなく
実はまだ生きているのではないかといった
わずかな希望を持っていましたが、
手術前の診断で確定し、手術する運びとなりました。
最後に、エコーを見せてもらって、
心臓は止まってしまっていたけど、とっても可愛かった。。。

手術前に、精神安定剤かな?を注射され頭がボーとしていました。
その間、ずっと願っていました。

大天使アズラエル
どうか、この子を優しく、天国へ導いてください。
お願いします。
お願いします。


手術後、この子の肉体が私のもとへ戻ることはありません。
でも、どうか優しく、送り出してくれますように。

そして魂を導いてください。

何度も、手術が始まる直前
麻酔がかかるまで
祈っていました。

得意な人がいるかは、分かりませんが、
私は、麻酔がとっても苦手
ブラックアウトしなくて、変な幻覚を視るのです。

今回は、ドアをずっと開けて何かを探している
幻覚でした。

手術が終わり、麻酔がとけきってないままストレッチャーで
運ばれ、気持ち悪くなり吐き続けました。
前日からの絶食絶水のため、胃液を吐きました。

そんな中でも、なぜか不思議な感覚にとらわれていました。

麻酔のせいもあるかも知れませんが
その時、私は、たくさんの愛に包まれている感覚だったのです。

とにかく凄く、幸せな、味わったことのないような愛に包まれて
いて、神様の愛かな
なんて朦朧とする頭で、考えていました。

きっと、アズラエルが迎えに来てくれて、最後にあの子は
私にめいっぱいの愛情を伝えてくれて、
抱きしめてくれていたんじゃないか
そんなふうに思いました。


手術が無事に終わり、8月7日が終わり

そこから、私の新しい始まりです。
さてまだ今その始まりが何なのか、探している途中では
ありますが、このブログを書きながら
整理しながら、謎解きをしていきたいと思います。

では、また書きます。
お読みいただき、有難うございました。