大統領選挙の結果について、日系人がへそを曲げないように、リップサービスしているのでしょう。


 日本政府にも良い顔をしたいようです。


 強制収容の話になると、442連隊の活躍を日本人の優秀さの表れ等という話に持っていこうとする輩がたくさんいます。アメリカに対する忠誠心を『血を流すこと』で証明する必要があった、日系アメリカ人の心中は、日本国人には解らないでしょう。アメリカに対する忠誠心、人種差別に対する反発心、日系2世は複雑な思いで戦っていたのです。


 世界ではいまだ人種差別が根強いということを日本人は知りましょうね。

 
 アメリカの大学のMBAコースに行っていた商社マンいわく、公的な場では人種差別はないけれども、放課後の集まりは、白は白・黒は黒・黄は黄で集まって、人種間の交流はなかったとか。それでもシナ人・コリアンはなんとかアメリカで職を得ようと必死だったそうです。


 日本人はドイツ人と早く国に帰りたいと公的な場で雑談していたとか。


 日本人は、果たして、今後、日本に帰りたいと思うだろうか。


 今回の地震と津波による被害対策で有効な手を打てない、日本の政党や中央官庁やに対する信頼は、無くなった。刹那的な犯罪が増えているのも、日本という存在に対して持っていた何らかの愛着が無くなってきた喪失感が原因かもしれない。


 既存政党の枠組みでは、希望は見いだせない。左翼・自称市民運動家は駄目だということもはっきりした。彼らは、反原発で大はしゃぎしているようだが、なぜか被災地ではなく、安全な場所でデモ行進をしては拡声器を使って騒音をまき散らしている。彼らにとってはバカンと極左弁護士が政権にいてくれると助かるのだろう。

 
 
  
戦時下の日系人連行を謝罪=米収容所引き渡し「不法な拘束」-ペルー大統領
 【サンパウロ時事】南米ペルーのガルシア大統領は14日、太平洋戦争中に起きたペルー在住の日系人に対する排斥行為を「日本人、日系人に対する人権と尊厳の重大な侵害だった。許しを請う」と謝罪した。ペルーの日系人の人口は世界で3番目に多い推計約9万人。
 1941年12月の真珠湾攻撃後、当時のペルー政府は米国からの要請に応じ、国内の日系人数千人を拘束し、米国の強制収容所に引き渡した。大統領は「恣意(しい)的かつ不法な拘束だった」とした上で、「住宅や商店が襲撃され、土地も占拠されたが、ペルー政府は謝罪してこなかった」と釈明した。 
 ペルーと日本は5月に経済連携協定(EPA)に署名したばかり。ガルシア氏がこの時期に戦時下の排日行為に言及したのは、トレド前政権下でのフジモリ元大統領に対する追及に伴い悪化した対日関係の改善を果たし、任期切れ間近となった自らの実績を誇示する狙いもあるとみられる。(2011/06/15-09:29)






私の父はノーノーボーイだった―日系人強制収容に抵抗した父の記録/川手 晴雄

¥2,415
Amazon.co.jp

日本の兵隊を撃つことはできない―日系人強制収容の裏面史/デイ 多佳子

¥2,625
Amazon.co.jp

オーストラリア日系人強制収容の記録―知られざる太平洋戦争/永田 由利子

¥1,890
Amazon.co.jp

アメリカ在住日系人強制収容の悲劇 (世界人権問題叢書)/大谷 康夫

¥2,835
Amazon.co.jp

東洋おじさんのカメラ―写真家・宮武東洋と戦時下の在米日系人たち/すずき じゅんいち

¥1,785
Amazon.co.jp