こんにちは。
今日は、暑いですね。
少しこの頃涼しくなってきていたので、のびそうです。
今回は、手加減ということを書きます。
虐めといっても、私も苛められましたし、虐めた経験もあります。
ですので、その卑劣さも、残酷さも、そして、虐めた側の言い訳も
解るような気がします。
すべてを解るのは、難しいかもれませんが、
少しずつ、学習しています。
さて、手加減ですが。
昔は、痛めつけるといっても、
身体的にも、精神的にも、手加減をしていました。
追い込み過ぎないとか。
一人を集中しすぎないとか。
誰が言うわけでもなかったように思います。
でも、そのグループ内や、クラス内、学校内で、
虐めという行為が、生命を脅かすような
そんな問題になりきらなかったと思います。
学校の先生も、
手加減をしなかったら、
即問題解決に入ってくれたと思います。
また、周りの人も、虐めがないという立場ではなく、
成長過程には、そういった行為をする可能性が
高いと思っていたように思います。
当時、今から三十年前くらいの教師に聞くと、
やはり危機意識は持っていたようです。
昔から加害者側は言い訳し、
さも被害者が悪いかのように言ったりしていました。
その言葉を鵜呑みにせず、
実際に、先生や親などが、
その姿勢を常にもっていたからでしょう。