全面禁煙化は中小企業や飲食店には厳しい
たばこ税は国と地方をあわせ2兆円規模で安定した財源でもある

2010年3月24日

 職場や飲食店の屋内原則禁煙化を義務づける動きが進んでいる。新聞では全面禁煙ともとれる見出しがつけられているけれどもミスリードだ。厚生労働省の有識者検討会でも指摘されたように、中小企業や飲食店の経営に配慮する必要がある。
「職場の禁煙 法制化へ」という見出しはミスリードだ


 2月7日付の朝日新聞は、「職場の禁煙 法制化へ 厚労省 飲食店にも規制」という見出しで次のように報じた。

「他人のたばこの煙を吸わされる『受動喫煙』から労働者を守るため、厚生労働省が職場の原則禁煙化に乗り出す。事業者に受動喫煙を防ぐよう義務づける労働安全衛生法の改正案を、早ければ来年の通常国会にも出す方針だ。

 法改正が実現すれば、通常の事務所や工場では、仕事をする空間で喫煙できなくなる。ただ、男性の喫煙率が3割を超え、建物をすべて禁煙にするのは非現実的だという意見も多く、当面は喫煙室設置を認めることになりそうだ」

 見出しに「職場の禁煙 法制化へ」とだけ打つのは、あたかも全面禁煙が実施されるようであり、ミスリードだ。記事本文では書かれているように、厚生労働省の検討会は全面禁煙とは言っていない。

分煙を進めることが現実的ではないか

 2010年4月をめどに取りまとめられる、厚労省の「職場における受動喫煙防止対策に関する検討会」報告書の骨子案には、次のように書かれている。

「顧客が喫煙する職場(サービス業)も一般事業所と同様の措置は必要だが、顧客に対して禁煙等とすることを一律に事業者に求めることは困難」

 2009年3月に取りまとめられた「受動喫煙防止対策のあり方に関する検討会」報告書でも、中小企業や飲食店などに対する配慮が盛り込まれている。

「中小規模の事業所が多数を占める飲食店や旅館等では、自発的な受動喫煙防止措置と営業を両立させることが困難な場合があることに加え、利用者に公共的な空間という意識が薄いため、受動喫煙防止対策の実効性が確保し難い状況にある。しかしながら、このような状況になっても、受動喫煙をできる限り避けたいという利用者が増えてきていることを十分考慮し、喫煙席と禁煙席の割合の表示や、喫煙場所をわかりやすく表示する等の適切な受動喫煙防止措置を講ずることにより、意図せずしてたばこの煙に曝露されることから人々を保護する必要がある」

 事業者に過度な負担をかける全面禁煙ではなく、分煙を進めることが現実的だと言っているのだ。分煙でも、排煙設備や分煙設備の投資が必要になるので、中小事業者にとっては大きなコストである。

 かりに全面禁煙となれば、飲食店の売り上げに直接響く。喫煙する客をつなぎとめるためには、屋外テラスのような飲食スペースをつくらなければならない。多額のリノベーション費用が必要となる。

欧米諸国の飲食店やビール会社は全面禁煙で売り上げが減少

 すでに全面禁煙が実施されている海外では、飲食店の売り上げが実際に減少している。

 イギリスでは、2007年7月から屋内全面禁煙が実施された。それにともない、飲食店は多額のリノベーション費用を負担した。そこまでのコストをかけたにもかかわらず、全面禁煙の結果、パブの売り上げは7.3%も減少している。

 とくに、屋外の飲食スペースをつくるだけの余裕がないパブは打撃を受けた。5000軒のパブが廃業に追い込まれるおそれもある。

 このほかにも、全面禁煙実施によって、アメリカ・カリフォルニア州の267都市にあるレストランでは、売り上げが4%減少した。ドイツのホテルレストランでは、15%の店で売り上げが半減。フィンランドでも、パブやレストランでの売り上げが3分の1減少し、15%のレストランで雇用が減らされた。

 アイルランドでは、2004年1月に屋内喫煙の全面禁止を施行した。その結果、アイルランドのパブライセンスの交付総数は、2004年の9964 件から、2005年には9237件、2006年には8800件と、減少を続けている。パブライセンスが減ったということは、営業しているパブの数が減ったということである。

 また、アイルランドでの全面禁煙は、ビールの売り上げにも影響した。喫煙する客が自宅でお酒を飲むようになったためだ。飲食店で飲むよりも、自宅で飲む方が酒量は減る。あるビール会社は、5%もビール販売量が低下した。

たばこ税の税収減は地方自治体の財政に大きな影響を与える

 海外で全面禁煙による弊害がすでに出ていることをふまえて、検討会では一律的な全面禁煙ではなく、分煙による現実的な対応をとっている。4月から施行される神奈川県の受動喫煙防止条例でも、小規模飲食店の禁煙・分煙は努力義務に緩和された。

 僕のオフィスの近所を見ても、ランチの時間帯は喫煙可能な飲食店の方が繁盛している。会社で吸える機会が減っているから、ランチくらいは飲食店でゆっくり吸いたい人が多いのだ。全面禁煙は、飲食店にとって死活問題となる。

 一方で、全面禁煙は、たばこ税の税収減をもたらすおそれもある。

 たばこ税税収は、国が1兆円、地方が1兆円、合計2兆円規模だ。東京都だけでも、都と区市町村あわせて1200億円となっている。2兆円のたばこ税税収の重要性を忘れてはいけない。

 小さな町や村では、たばこ税税収の重要性がとくに大きい。東京都でも、たとえば奥多摩町で2600万円、檜原村で600万円のたばこ税税収がある。これだけの税収がなくなったら、財政への影響は甚大である。

 法人税は好況時には10兆円の税収があるけれども、世界不況で5兆円に税収が減った。企業が赤字になると税収が減る法人税にくらべて、たばこ税は安定した税収だ。分煙したうえで、喫煙者にたばこを吸ってもらえれば、安定した税収が得られるのだから、こんなにありがたい話はない。

 安易に全面禁止の流れをつくろうとする人たちは、中小企業や飲食店の経営問題、たばこ税税収の重要性をわかっているのだろうか。
猪瀬直樹(いのせ・なおき)http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20100323/217044/?bptv