志村建世のブログhttp://pub.ne.jp/shimura/
    

    無人機攻撃への憎悪
[ 世界・国際 ]

 「マスコミに載らない海外記事」さんからのトラックバックなどで以前から気になっていたのだが、アメリカ軍がバキスタンやアフガニスタンで行っている無人機によるピンポイントの攻撃が、遠く離れているアメリカ本土で操作されているというのは本当のようだ。
 無人機というと多くの人は模型飛行機のようなものを想像するかもしれないが、有名なプレデター偵察機は、セスナほどの大きさでミサイルも搭載できる。これがタリバンなどテロリストの監視と殺害に使われるのだが、現地の飛行場から離陸すると、あとの操縦は、ラスベガスに近い空軍基地に置かれているトレーラーの中の操縦士によって行われているというのだ。
 基地には現地からのあらゆる情報が集められていて、監視すべき家や車、人などが選別されている。偵察機は低速飛行しながらそれらをカメラで追跡して、好機があればミサイル攻撃するのだ。モニター画面を見ながらコントローラーを操作する操縦士の仕事は、限りなくゲームに近いものになる。勤務を終えた兵士は、定時に帰宅して、一休みしてから子供の宿題を見てやることもできるのだ。これは攻撃する側にとっては、理想的な兵器だろう。
 一方これを攻撃される側から見たらどうか。私はB29の空襲を受けたときの、人々の怒りを覚えている。隣家のおばさんは「物干し竿で叩き落としてやりたい」と言ったし、私にも石を投げつけたいぐらいの敵意はあった。体当りする日本の戦闘機には切ない声援を送ったものだ。しかし相手が無人機だったら、差し違えても敵兵を殺すことができない。誤爆されても、犯人が地球の裏側にいるのでは、捕らえて裁判にかけることは絶望的に不可能だ。 
 遠隔地からの攻撃という意味では長距離ミサイルと同等かもしれないが、ピンポイントの狙撃であるだけに、かえって彼我の力の差の残酷さが強調されるように思われる。アメリカ本土の兵士にとってはゲーム同然の軽さで、狙われる方は生命を失うのだ。ゲームという英語には「楽しみとしての狩猟による獲物」の意味もある。まさに人間がゲームの獲物になる。
 これは悪質な非人道的兵器ではないのか。放置すれば無人戦車、無人潜水艦と、止めどなく拡散するだろう。パキスタンを訪れたクリントン国務長官は「無人機攻撃はテロではないのか」と詰問されたそうだが、非人道は非人道をエスカレートさせる。反撃できない屈辱は「アメリカ人を殺す機会さえあれば誰でも構わぬ」といった、底なしの憎悪を煽ることにならないだろうか。